一方的な会話による日常からの転落

い、いつの間にか、6月24日が過ぎていました!


おっくれてるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 と水前寺に言われてしまいそうですが、

 6月25日の更新をいたします。



 会話はキャッチボールだと言われます。

 相手の言っていることに反応する形でお互いに話を進めていくのが普通の会話だからでしょう。

 相手の言っていることを受け止め、それに対する返事をする。それは、互いの感情を受け止め合う行為であり、会話はただの情報交換の意味を越え、安心感や信頼感、時には愛情や愛着を生み出すようになります。

 とすれば、あえてキャッチボールの原則を崩すことで、「普通ではない会話」を演出でき、不安感、不信感、恐怖感、嫌悪感などの負の感情を生じさせることができるのではないでしょうか。


 ここでは、「イリヤの空UFOの夏その1」より、椎名真由美の一方的な質問により、浅羽の日常が非日常に転落するシーンを扱います。

 





 そして、最初の質問はこうだった。

①「今日は何月何日?」

 ②いきなりすぎて答えられなかった。椎名真由美の凝視ぎょうしが浅羽の焦りに拍車をかける。不意打ちなんてズルい、そんなことを思っているうちに時間は一秒ずつ逃げていく。

「あ、その、だから今日は、そう、二学期最初の日だからつまり、九月の一日」

 十秒もかかってやっとそう答えた。

 ③息つく間もないタイミングで次の質問が飛んできた。

「何か持病はある?」

「え。あ、ないです。ありません」

「じゃあ、いつも飲んでる薬とかはないのね?」

「ええと、ビタミンCとかたまに。粉の。親父おやじがそういうの好きで」

④「Cって、アスコルビン酸?」

「あー、えっと、詳しくはわかんないですけど」

⑤「17足す26はいくつ?」

 また油断していたので、今度は二十秒くらいかかってしまった。

「――さん、じゃなくてよんじゅう。43? あ、あの、もう一回最初からやり直しとか、」

「何かアレルギーはある?」

「へ? いや、ない、と思います」

⑥「校長先生の名前を答えて」

「、村山むらやま莞爾かんじ

 今度はどうにか即答できた。得意になっている間もなく、

「気分が悪くなったとき、ひどいめまいがしなかった?」

「えっと、はい」

「顔や手足が冷たくなったりは?」

「しました。今は平気ですけど」

 そして。


⑦「六月二十四日は何の日?」


 これはきっと、相手の神経か何かの具合を調べるテストなのだと思う。

 どれが本命の質問なのかをわからなくするために、ダミーの質問がどっさり混ざっているのだろう。それとも、質問には本命もダミーもなくて、何でもいいから次々とテーマを与えて考えさせることがねらいなのかもしれない。質問に何と答えたかは実はどうでもよくて、そのときにどんな反応を見せたかが重要なのかも。知らず知らずのうちに手がふるえるとか目玉がきょろきょろ泳ぐとか。

 だけど、

 それにしても、

「――それ、その質問って、絶対に六月二十四日じゃなきゃいけないんですか?」

 答えではなく、質問が返ってきた。

「気分が悪くなったとき、動悸どうきが早くなったりとかは?」

「――それは、なかったと思います」

⑧「球形プラズマ、蜃気楼しんきろう、観測気球。あなたが写真に撮るとしたらどれ?」

「――あの、」

⑨「マンテル。チャイルズ=ウイッティド。その次は?」

 聞き覚えがある。答えが頭の中から転がり出てくる。UFO目撃もくげき史上における三大事件。マンテル大尉墜落ついらく、チャイルズ=ウイッティド目撃、

 だから三番目は、ゴーマン空中戦。

「気分が悪くなったとき、目の前が真っ白になったり、ちかちかする光が見えたりした?」

「――いえ」

⑩「さっきからずっとあなたの後ろにいるのはだれ?」

 身動きもできない。

⑪「幻覚や幻聴げんちょうは? 自分の手の指が七本あるように思えたり、誰かがあなたの臓器を抜き取る相談をしている声が聞こえたりはしなかった? 螺旋らせんアダムスキー脊髄せきずい受信体、って言葉に聞きおぼえがある気はする?」

 保健室の外で、セミが鳴いている。

 ――何なんだ、この人。


           秋山瑞人(2001)『イリヤの空UFOの夏 その1』p97


 まず、全体を通してわかるのは、椎名真由美の一方的で不意打ち的な質問をうけることによって、浅羽が心理的にプレッシャーを感じているということです。

 会話はある種のエネルギーの発散行為であり、自分の好きなことを話している際には活力が生まれますが、誰かから問いただされて考えた末に何かを口にしなければならない場合には、大変なストレスになります。

 教室で、好きにおしゃべりをするのは楽しくても、教師から指名をされて答えるのは苦しい、というのはよくあることです。

 ここでは、その苦しさを逆手にとって、浅羽=読者の気分を息苦しくさせています。

 順番に見ていきましょう。

 当初の椎名真由美の質問は、浅羽だけでなく、読者もまた、読みながら一瞬止まって考えてしまう質問ばかりです。

 ①「今日は何月何日?」

 ⑤「17足す26はいくつ?」

 ⑥「校長先生の名前を答えて」

 これらの質問を目にしたとき、作中のことだとはわかっていても、思わず自分のことに引き当てて、今日の日付や校長先生の名前を考えてしまってはいないでしょうか。また、2桁の足し算も、思わず答えを考えてしまってはいないでしょうか。そうした、読者と主人公のシンクロによって感情移入が生まれ、一方的に質問をされる苦しさが共有されることになります。


 そして、「いきなりすぎて」「息つく間もないタイミング」「得意になっている間もなく、」 と全体を通して、椎名真由美の会話は間髪入れずに続いていきます。

 

 こうして不安と不審の下地を作った後に、

 

 ⑦「六月二十四日は何の日?」

 

 日常から非日常への転換となるようなキーワードが投げ込まれます。以降の椎名真由美の発言は、マンテル、チャイルズ=ウイッティド、球形プラズマ、蜃気楼しんきろう、観測気球、幻覚、幻聴げんちょう螺旋らせんアダムスキー脊髄せきずい受信体など、あからさまに水前寺との会話やUFO特番でしか聞いたことがなかったような怪しげな単語で満たされていきます。

 そして、前日から起こっている伊里野を巡る不可解なできごとと相まって、浅羽の不安は頂点に達し、浅羽との体験を共有する読者にも、言いしれぬ不気味さを感じさせることができます。


 ちなみに、

 6月24日は、全世界的にUFOの日です。

 知らなかった人は、イリヤの空UFOの夏全4巻を買いに、今すぐ書店に走りましょう。

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