茹だるような暑い夏の日のことだった
暑い。
夏特有の寝苦しさで目を覚ます。……目を覚ました、と思う。俺の感覚が正しければ。
アラームなんてとっくに鳴り終わって、うんともすんとも言わなくなったスマホを手に取る。ロック画面を見て日付と時刻を確認する。
見たことのある日付。
――ここで確認する限りでは、どうやら昨日言われたことは本当らしい。いや、昨日っていうのは変か。
「……まじかぁ」
申し訳程度にお腹にかかっていたタオルケットを払い、ベッドから立ち上がる。
正直信じられなかったし、信じたくない気持ちもいまだにある。同じ一日を何度も繰り返してるとか、それなんてファンタジー? SF? って感じだし。まさか俺がそんなことにいつの間にか巻き込まれてるとか思わないじゃん。
なんて思いながら、俺は半ば夢であってくれと念じながら、押入れの戸を開いた。
その中には、想像した通りの人物が転がっていて――
「んー! んー!」
「……なんというか、なんだろう。とりあえず……お疲れ様?」
以前見たのと同様に、手足を拘束されて猿轡を噛まされたソフィーが転がされていた。
「ありがとうございます」
「ループするたびに縛られてるとか大変だな」
「まあ、こっちの世界に来た時の状態に戻される、と考えられるのですから、仕方ないことです。好き好んで縛られたいわけではないので、正直勘弁してほしい気持ちはありますが」
「ループしてるってんなら、仕方ないな。俺にはどうすることもできん」
「ええ、いえ。大丈夫です。拘束を解いていただいているだけで十分助かっております」
冷たいお茶なんてものを二人分用意して、テーブルを挟んで座っている。押入れを開けた後、クーラーをガンガンにつけているから、部屋の中は涼しくなった。
「ていうか、今まだ朝なんだけど、ソフィーって朝からずっとあそこに縛られてたわけ?」
「いえ、本当ならあなたが帰ってくる少し前にゲートが開いて、あそこの空間に出てくるのですが……。実際にこれまでの数十回のループは、私はあなたが帰ってくる直前からスタートしていました」
「けど、今回は朝から俺の部屋に転がっていた、と。なんで?」
前回以前と今回で、スタート地点が変わっている。ソフィーの話によれば、だが。もしかしたら俺も気づいていないだけでスタート地点が変わっているのかもしれない。前回まではベッドからスタートとかじゃなくて、例えば、そう――これから行く部室で、忍とオセロをしているところからスタートしてた、とか。
まあ、確かめようもないからわかんないんだけど。
「詳しくは分かりませんが、この世界の住人であるあなたがループを認識したことによって、ループの始点が統一されたのかもしれません。もともとこの世界の住人だったあなたを基準にして」
「だからゲートから出てくる時間帯がズレて、朝からいることになった?」
「おそらく。私も魔術の専門家ではないので詳しいことは分かりませんが」
ループするのに始点がバラバラだったらやりにくいから、統一してあげましょうってか? 親切なんだかわかんない呪いだな。
「――で、もう一度確認するけど」
俺はそこで一度話を切り替える。
昨日? 前回? も聞いたことだが、改めてソフィーに確認する。
「このループからの脱出方法がわかんないって、マジなの?」
俺の問いに、ソフィーも真剣な顔で頷く。
「本当です。世界が変われば解けると思っての行動でしたが……結果的に巻き込んでしまいました」
謝罪いたします、と言って頭を下げるソフィー。正直言ってまだ実感が湧いてないし、事の重大さもいまいち把握できていないというか。まだ現実味を感じられていないことで謝罪されてもな、って感じはするけど。
「例えばさ、俺みたいな呪いのかかっていない人間が、ループから外れた行動をしたりしたら解けるとかは?」
「昨日……いえ、前回ですか。前回あなたはいつもと違う行動をしましたが、現状はループしたまま……それでは解けないのでしょう」
「確かに。でも条件は多少なりとも変わったわけでしょ? そこに何かヒントとかあればなーって」
「ヒントというと、例えば?」
そう言って首を傾けるソフィー。美少女がやると絵になるな。
「例えば、そうだな……俺以外にもループを認識した奴が増えることで、また条件が変わったりとか?」
「ループの始点や終点、過程などが変化する、というわけですか」
「俺が認識したことで変わったわけでしょ? 可能性はあると思うんだけど」
まあ、ループを認識できる奴が増やせるかどうかって問題もあるんだけど。正直俺がなんで認識できたのかなんてわからんし。俺は別に俺が特別な人間だなんて思ってはいないけど、だからと言ってじゃあ他の人間がポンポン俺と同じように認識できるのか? って言われたらそれは分からないとしか言いようがない。
「実際にあなたという例があるので、可能性はありますが……」
「だろ? まあ問題は、どうやって認識させるかってことと、そもそも認識できるのか? ってところだと思うんだけど」
「それはできるのではないかと思います」
「その心は?」
「心? ……あなたも感じていた
思わずその心は? なんて言ってみたが、まあ当然通じることはなかった。
ていうか、あの違和感か。確かにソフィーの言う通りだな。今から思い返してみれば、生活の中で違和感を覚える場面はたくさんあった気がする。
ただ、違和感を感じている、なんていうのははた目にはわからないことがこの問題を難しくしているところかな。
「探すの大変そうだな」
「そうですね。ただ、手掛かりがないわけではありません」
「手掛かり?」
「はい」
手掛かりなんてあるのか? 表情とかじゃわかりにくいし、何かあるのか?
ソフィーはお茶を一口飲んでから、話し始めた。
「あなたも経験があると思いますが、同じようなことを繰り返している、と感じる違和感を覚える瞬間があります。その瞬間に、少し違うことをしてみよう、と行動を変える。つまり、ループの中で少しづつ言動が変わってきている人は、もしかしたら違和感を持っている人かもしれない、ということです」
「あー……俺も違和感に従って押入れ開けたわけだしなぁ」
確かに、そうかもしれない。同じことを繰り返しているはずの一日で、違う行動をとる人間は、何かしらそこに思うことがあるからだろう。まあ確定しているわけではないけど、何かしらの参考にはなるだろう。いきなり「お前なんか違和感感じてない?」とか聞くのは完全に頭おかしいしな。
「じゃあ、とりあえずいつもと同じ行動しながら、いつもと違う行動をしている奴を探してみる……ってことか?」
「そうですね。まあ、まだるっこしいことが嫌でしたら、適当なお知り合いの方を私のところに連れて来ていただければ全て説明は致しますが」
「なんじゃそりゃ。結局どっちがいいんだ?」
そりゃ俺からしたら手始めに忍やら久留実やらをソフィーのところに連れてきた方が簡単なんだが。それでいいのならそうさせてもらいたいというか。
「あなたの負担にならないようになさってください。一日同じ行動をしてみるのも、全く違うことをしてみるのも、ループを抜け出す何かしらのきっかけになるかもしれませんし……」
そう言ってソフィーは目を伏せた。
「何より、やはり無関係だったあなたを巻き込んでしまったことを謝罪させてください。先を見通すことができないままこの世界に移動してしまった私の責任です」
なんとも声をかけられない。
さっきも思ったが、やっぱりまだ実感が湧かないからな。こんな話をしてはいるが、ぶっちゃけ何とかなると思っている。何の根拠もないが、まあ、そういう楽観的な性格なのだ。
「何かをしなきゃいけないのは結局変わらないんだしさ。何とかなるように考えていこう」
「……ありがとうございます」
かすれるような声で感謝の言葉を口にしたソフィーの顔は、やっぱり申し訳なさそうな表情だった。
こうして、ループを認識した俺と、異世界の王女ソフィーとのループ脱出作戦が始まったのだった。
押入れを開けたら王女が縛られて転がされていたんだが Yuki@召喚獣 @Yuki2453
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