漂泊の翼~34~

 剛雛は即日、護衛兵として働くことになった。許斗の南方にある衛所に詰めることになり、陳逸という男が上司についた。


 「羽氏との戦争を終わったが、まだ世の中は乱れそうだな。しっかり励んで出世しろよ」


 陳逸は剛雛より数年年上であろう。上役風を吹かせたいのか、背伸びしながらも自分よりも背の高い剛雛の肩を叩いてきた。


 「また戦乱が起こるのですか?」


 「何だ?そんなことも知らないで応募してきたのか?」


 陳逸は呆れながらも、条西の陰謀によって楽宣施が逃亡し、楽慶が自害したことを語ってくれた。


 「それで楽乗様にも身の危険が迫るかもしれないということで、護衛兵を集めたのですか?」


 「そういうことだ。里周といえば近場だろうに……。よくそんな世情に疎くて生きていけたな」


 陳逸は笑いながらも、すぐに声を潜めた。


 「まぁ、俺もお前のことを笑えるような立場じゃない。里周よりも辺鄙な邑の出身だし、つい一ヶ月前に許斗に来て先の話を知っただけだからな」


 所詮は田舎者よ、と陳逸は今度は寂しく笑った。


 「田舎者同士仲良くしようぜ。一応俺のほうが上司らしいが、どう見てもお前の方が強そうだからな」


 陳逸は多少横柄なところはあるが、根は悪い男ではないらしい。剛雛は許斗での生活をなんとかやっていけそうな気がした。




 剛雛の仕事は、許斗南方の衛所に立って見張りをすることであった。一応の上司である陳逸と組んで、他の護衛兵達と一日四交代で見張りを行う。


 「一日中、往来を見張っていろとはね……。全員怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと言えば怪しくないよな……」


 すでにやる気のない陳逸は、衛所内部の椅子に腰掛けて大きな欠伸をしていた。剛雛は、衛所の門前に立ち、じっと往来の人々を観察していた。


 『人とは様々いるものだな……』


 剛雛は物珍しげにずっと往来の人々を眺めていた。当然ながら里周の人口は許斗のそれに及ばず、尚且つ人付きあいが少なかった剛雛からすれば、これほど多くの人を見るのは極めて新鮮であった。


 そのような日々が続いているうちに、剛雛は人を見る観察眼が磨いていった。もとより勘のよい男であり、わずかでも怪しい素振りをする人間のことが気になり始めていた。ここ二、三日見かけるようになった男で、商人のような成りをしているが、体躯は逞しく、そのくせ周囲を威圧するような雰囲気は持っていなかった。衛所の前を通過する時は寧ろ堂々としていて、少し離れると油断なく周囲を警戒するような素振りを見せていた。


 『普通の商人ならああいう動きはするまい』


 剛雛は早速、陳逸に相談した。


 「それほど怪しいか?」


 剛雛に言われて陳逸もその男を観察し始めたが、俺には普通の商人に見える、と首を傾げるだけであった。


 「まぁ、上役に相談してみるか」


 そう言った陳逸は上役がいる兵舎に出かけていたが、間を置かず帰ってきた。


 「そんな曖昧な印象で報告してくるな、だとさ。怪しいと思うならずっと監視しておけ。行動に出たら捕まえろというご沙汰だ」


 陳逸は気に入らないとばかりに拗ねた言い方をした。


 「確かに、私の思い過ごしかもしれませんが……」


 剛雛自身、陳逸が出かけている間、あるいは自分が過敏になりすぎていて、往来の人々をすべて怪しいという目で見ていたのではないか、と反省していたところであった。剛雛がそのことを正直に話すと、陳逸はひひっと笑った。


 「お前さんは悪くないさ。そもそも俺達みたいな護衛兵を増やしたのは、楽乗様を暗殺しようとする刺客から守るためだろう?怪しいのならさっさとしょっ引いてしまえばいいのにさ」


 上役殿は危機感がないんだよ、と陳逸はぼやいた。


 「楽乗様は本当に刺客に狙われているのでしょうか?」


 「俺が広鳳で陰謀の糸を操っている黒幕ならそうするね。楽乗様には何の落ち度もない。そのようなお方に退場していただくには、暗殺が一番手っ取り早いし確実だ」


 陰謀云々は剛雛には難しい話であった。だが、上役に危機感がないというのは同意できた。


 「本当に楽乗様が狙われているというのなら、刺客は一人ではないでしょう」


 「そりゃそうだろうな」


 「ですが、数十人ということはないでしょう。目立ってしまいます。多くて十数人という程度でしょうか。それだけの人数で楽乗様のお屋敷を襲うのは不可能でしょう」


 「ということは楽乗様が外に出られた時か……」


 と言って陳逸は、はっとしたように目を見開いた。


 「楽乗様は明後日、狩のため許斗を出られる。俺達もその護衛に借り出されることになっている。狙われてるとすれば、その時だ」


 陳逸はいつにない真面目な顔を青ざめさせていた。

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