孤龍の碑~38~

 十二月十五日未明。複数の武装した集団が龍頭のあちらこちらへと散っていった。そのうちの一隊が宮殿に忍び込んだ。その一隊は公族や主要閣僚しか知らぬ隠し通路を通って龍玄の寝室に侵入した。


 極国に降伏して以来、眠れぬ夜を過ごしていた龍玄は、この時もまだ起きており、寝台に潜り込みながら書見をしていた。そのため侵入者の存在にはすぐに気がついた。


 「信か……」


 龍玄は龍信が来ることを予期していたかのように落ち着き払っていた。


 「お久しぶりです、父上。敵に降伏して生きながらえて国主にしがみついているご気分はいかがですか?」


 「ふむ。これは敵に率先して降伏しようとしていた男の言葉とは思えんな」


 龍玄は煩わしそうに本を閉じた。


 「あれは擬態ですよ。一時的に降伏して敵を油断させておいて反撃するためです」


 「それが真実であればよいがな。だが、そのような高等なまねが自分にはできると思っているのなら身の程知らずというものだ。誰に踊らされている?馬求か?それとも虞洪か?」


 「俺の意思だ!」


 龍信は龍玄に剣先を突きつけた。龍信についてきた兵士達の顔色がさっと青ざめた。


 「俺が国主となる。あんたには退場してもらう」


 「好きにするがいい。但し、国主となるのであれば、やらねばならぬことがある」


 「やらねばならぬことだと?」


 「付いて来い」


 寝台から出た龍玄は、龍信を引き連れて宮殿の地下へと向かった。地下へと降りる階段から細い通路を進むと鉄扉があった。


 「ここは……」


 「お前も龍家の者なら分かるであろう」


 懐から鍵を取り出した龍玄が鉄扉を開けた。重々しい扉を押すと、狭い空間の真ん中に槍が床に刺さっていた。龍信の身長と同じぐらいの大きさがあり、切っ先を天に向けていた。錆付いていてこれが本当に神器なのかと龍信は疑わしく思った。


 「これが飛龍の槍か」


 「左様。我が龍国に伝わる神器だ。国主となるの者はこれに認められねばならない。国主に相応しいと神器が認めれば、抜くことができる」


 「あんたもやったのか?」


 龍信の問いに龍玄は首を振った。


 「やらなんだ」


 「では、何故俺にやらす!嫌がらせか!」


 「そうではない。お前が国主の座を望んだからだ。望んだのあれば、それが相応しいかどうか示すべきだろう。幸い証人は事欠かない」


 龍玄の視線が部屋の待つ兵士達に注がれた。彼らは神器を目の前にして明らかに緊張していた。


 「ふん!俺も龍家の人間だ」


 龍信は飛龍の槍の掴んだ。脚を開いてぐっと踏ん張って力を込めて引き抜こうとしたが、槍をぴくりとも動かなかった。


 「ば、馬鹿な!こんなはずがない!」


 龍信はさらに力を入れて引き抜こうとするが、結果は同じであった。


 「情け無い話だ。最近即位したという泉公は真主として神器を鞘から抜いてみせたという。翼公も静公も神器に認められて国主となった。我らが国はそうではないらしい」


 龍玄は自らも引き抜こうと槍に触れたが、やはりびくともしなかった。龍玄もまた国主として認められなかったということである。


 「見たであろう。余もまた国主として相応しくないということだ。すでに龍家から国主の座は去ったのだ。我らにとってこの槍は神器ではなく単なる」


 碑に過ぎない、と龍玄が言った。


 「馬鹿なことを言うな!龍家あっての龍国だ!こいつは世迷言を言っている!」


 「世迷言を言っているのはお前だ。大人しくここを去れ。そうすれば人として人生を全うできるだろう」


 「黙れ!」


 龍信は剣を抜くと、龍玄を一太刀斬りつけた。龍玄は一言も発することができず、血飛沫をあげながら倒れた。


 「お、俺が今から国主だ!分かったか!」


 龍信は一部始終を見守っていた兵士達に宣言した。当然ながら意を唱える者はいなかった。




 龍頭に侵入したのは馬求一派の者達であった。彼らは龍信を旗頭として、龍頭から極国を追い出すために蜂起したのであった。龍信が牢から脱獄した時点でこのようになると予期していた石宇徳であったが、こうまで短期間で攻め込んでるとは思わなかった。


 『馬求とやらを侮っていたわ!』


 慌てて鎧を身につけて寝室を飛び出した石宇徳は情報を集めさせた。龍頭に駐屯する極国軍の兵数は多くはない。そのほとんどが開奉にいるので石宇徳は、すぐに龍頭を放棄することを考えていた。


 「全員で脱出するぞ。各隊は開奉を目指せ。」


 石宇徳の命令に従い、龍頭に各所に駐屯していた極国軍各部隊は市街戦を繰り返しながらそれぞれ脱出して開奉へと向かった。しかし石宇徳がいる兵舎は完全に包囲されていた。


 「ほう。この宇徳を殺すには少々数が少ないのではないか?」


 露台から包囲する敵数を確認した石宇徳は満足そうであった。


 「よいか!この石宇徳より先に死ぬことは許さん!我ら極国軍の強さを存分に見せつけやるのだ」


 兵舎にいたのは石宇徳直属の精鋭ばかりであった。彼らは兵舎の門を開けると包囲する敵に突撃していった。まさか開門して突撃してくると思っていなかった馬求一派の兵士達は瞬く間に突き崩された。


 「敵ながら不甲斐ないことよ。よし、包囲している敵を悉く屠るぞ」


 猛将と知られる石宇徳はやや冷静さを失っていた。このまま脱出すればよかったのだが、武人としての本能が彼を余計な死地へと導いた。


 包囲する馬求一派の第二陣をも粉砕した石宇徳は、さらなる敵を求めようと移動していると、市街地の狭い路地へと迷い込んでしまった。そこには多数の弓兵が潜んでいた。


 「敵将だ!射かけろ!」


 屋根に身を隠していた弓兵が矢の雨を降らした。石宇徳は槍を振り回して防ごうとしたが無駄であった。石宇徳の巨躯に無数の矢が突き刺さり、ずしりと音を立てて地面に落ちた。極国軍きっての猛将が再び馬上の人となることはなかった。

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