孤龍の碑~33~

 龍頭の宮殿に足を踏み入れた譜天は龍信達に引見した。譜天を迎えた龍信は帯剣していなかったものの、跪くことなく、立ったままであった。謹んで降伏しているという素振りはまるでなかった。


 その尊大さに譜天は眉ひとつ動かすことなく、配下に命じた。


 「太子龍信を拘禁せよ」


 極国軍兵が龍信とその取り巻き達を取り押さえた。


 「ぶ、無礼であろう!」


 龍信は組み伏せられながらも顔を上げて抗った。


 「無礼?罪人に無礼呼ばわりなどされたくないな」


 譜天は尊大に構え、軽蔑の視線を龍信に投げかけた。


 「罪人だと!」


 「そうではないか。国主であり父である龍玄に縄目の恥辱を与えた。これだけで万死に値するだろう」


 「反逆者が偉そうに!」


 「我らの主は呉忠様だ。こいつらを連れて行け」


 譜天は龍信達を連行し、宮殿の地下牢に入れた。一方で他の公族に手を出すことなく、行動の自由を許した。


 龍頭占領から二日後、魏靖朗が龍頭に到着した。戦後処理は魏靖朗の手に委ねられていたが、すでにある程度は呉忠と打ち合わせていた。


 魏靖朗は拘束を解かれた龍玄と対面した。


 「不自由なことはございませんか?何かあれば仰ってください」


 譜天もそうであったが、魏靖朗も低姿勢であった。征服者として居丈高に出られると思っていた龍玄は不思議そうに魏靖朗を見ていた。


 「さてさて。事ここに至って我らが龍頭を占領するという形になりましたが、我らは征服者ではありません。元をただせば我らも龍国の民でした」


 そうであったな、と龍玄は初めて魏靖朗に声を聞かせた。これが国主の声なのかと魏靖朗はなにやら不思議な感じがした。


 「先程も申し上げたとおり、我らは征服者でありません。龍国が中原より喪失するのは忍びないことです。そこで……」


 魏靖朗が示したのは実に寛大な降伏条件であった。まず龍玄をはじめ龍国公族全員の命を保障し、閣僚の命も全員保障する。そして領土については、龍頭を南限として北側を龍国の国土とし、それ以外は極国に割譲するというものであった。


 「それでよいのか……?」


 龍玄からすると信じられぬことであった。降伏した国家に示される降伏条件としていたは例を見ないほど寛容であった。


 「よいのです。我らは龍国を潰すつもりはありません。これにて両国が和解し、ひとつの半島に二つの国家がある。それでよろしいのではないでしょうか?」


 龍玄としては受け入れない道理はなかった。講和文書はすぐさま調印され、魏靖朗はにこやかに笑いながら続けた。


 「それと炎城の件です。炎城はまだ龍頭が降伏したことを知らぬでしょう。龍玄様より使いを出してください」


 「承知した。しかし、青将軍は国家のために戦った忠臣。ぜひ彼にも寛大な処分をお願いする」


 「勿論です。青将軍には随分と辛酸をなめましたが、まぁ、それはお互い様ということです。我らが主は武勇誉れ高い武人を殺すような真似は致しません」


 魏靖朗は終始穏やかであった。彼を知る人物ならば不気味に思っただろうが、龍玄は魏靖朗を完全に信頼するようになっていた。




 龍悠からの書状と范尚の報告によって龍頭陥落の経緯を知った青籍は、なにやら遠い国の物語を聞いているような気がした。怒りにも悲しみも沸かず、比較的冷静に事態を受け入れることができた。


 「なんたることだ。儂が生きている間に祖国が負けるとは……」


 趙奏允はいかにも悔しそうに拳を握っていた。


 「主上が降伏したとなれば、我らも矛を収めなければならないでしょう。しかし、どうして敵は龍頭陥落を我らに対して誇示してこなのでしょうか?」


 袁干も青籍と同様に冷静であった。袁干のいうとおり、龍頭陥落が事実であるとするならば、すでに炎城を囲む極国軍も知っているであろう。ならば極国軍がそのことを吹聴すれば、炎城の将兵は動揺し、陥落も容易くなると考えるはずである。


 「そういえば、今朝から極国軍の攻撃が停止している。敵はすでに龍頭陥落を知っていると見ていいな。それでいて敵からの動きが無いとなると、おそらくは龍頭から主上の使者が来て、戦闘停止を命じることになろう。その方が儂らも降伏しやすくなる」


 趙奏允の推測は正しいだろう。極国軍からの降伏勧告なら蹴って抗戦する選択肢もある。しかし、龍頭から龍玄の命令として戦闘停止を命じられれば、青籍達には降伏しか選択肢がなかった。


 「すべては敵の掌中にあったというわけか。救国の英雄だとは色々言われてきたが、私は何もできなかった……」


 今になって青籍に湧き上がってきた感情は虚しさであった。祖国のために戦い、奸臣の罠によって排斥され、また国のために戦ってきたのに、また青籍とは離れた所から発生した事象によって戦場を去らねばならない。しかも敗軍の将としてである。自分の人生とはなんであったかと虚無感に襲われるだけであった。


 その晩、極国軍に守られた龍玄の使者が龍頭の陥落と戦闘停止の命令を携えて炎城を訪れた。青籍は炎城の主将として戦闘停止命令を受け入れ、極国軍に降伏した。二ヶ月以上に渡る炎城篭城は思わぬ形で終焉を迎えることになった。

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