孤龍の碑~34~

 敗軍の将となった青籍達であったが、龍頭における龍玄達同様に、待遇は非常に寛容であった。武装解除こそさせられたものの、縄をかけられることもなければ、獄につながれることもなかった。ただ行動の自由だけはやや制限された。部屋から一歩でも外に出ると、監視役の兵士が付いて回った。


 「これはあれだな。従者が増えたと思えばありがたいことだ」


 趙奏允は強がって笑ったが、この状況を一番よしとしていないのはこの老将であった。


 「大人しくしていれば危害を加えることもないでしょう。他の将兵も落ち着いてくれている」


 青籍が安堵したのは、他の将兵達が今回の降伏を不服に思い、抗戦の姿勢を見せないことであった。多少の悔しさを滲ませる者もいたが、素直に武装解除に応じてくれた。長きに渡る篭城戦のため体力的にも精神的にも疲れ果てた彼らかすると、戦わずに降伏した龍頭の連中の腰抜けさに冷や水を浴びせられた感じがして戦意が喪失してしまったのである。


 「それは青将軍の徳というものでしょう」


 突然背後から声をかけられた。振り向くと極国軍の将、烏慶が立っていた。彼は炎城の武装解除と占領政策を任されていた。


 「烏将軍。これはどうも。何か御用ですかな?」


 青籍は、ここ数日の事ながら極国軍きっての猛将に親しみを感じていた。武人として勇ましい反面、占領した軍隊の部隊長としては極めて優秀であった。彼は自軍に対して敗者となった龍国軍の将兵達に対する侮辱行為を一切禁じ、労役を課すようなこともしなかった。彼自身、勝者として驕った態度を見せることもなく、寧ろ烏慶自身が青籍の従者のように振舞うこともあった。


 「我らが主が青将軍にお会いしたいと申しております。ぜひご同行願いたいのですが」


 「極公が……」


 そういえば降伏して五日経つが極公呉忠の姿を見ていなかった。青籍からすれば合わぬ道理はなかったし、呉忠がどのような人物か興味もあった。青籍は呉忠と会うことを即座に快諾した。


 対面するのは青籍ひとり。烏慶に案内され通された部屋にはすでに呉忠の姿があった。青籍はここで始めて敵の国主と対面した。年の頃なら青籍と同じぐらいであろうか。いかにも人の上に立つ風格を備えた凛々しい男性であった。


 『それに引き換え自分は……』


 一介の武人でしかない。しかも敗軍の将である。敵対関係にあるとはいえ相手は国主。臣下の如き礼をとらねばならぬと思っていると、呉忠は敬礼をしてきた。自らも武人として青籍を迎えたということである。


 『やられたな……』


 こういうことができるのは人としての器の大きさを示しているのだろう。青籍も敬礼を返した。


 「貴公には一度会いたいと思っていた。こうして対面でいて嬉しいぞ」


 「恐縮です」


 まぁ座りたまえ、と促されたので青籍は着座した。


 「貴公には父の代から煮え湯を飲まされてきた。まぁ、それはお互い様ということにしておこう。それにしてももっと無骨な男かと思っていたぞ。しかし、そういう所こそ貴公の武人としての恐ろしさかもしれんな」


 呉忠は気さくに振舞っていた。こういう鷹揚さも呉忠の懐の深さを表していた。


 「私は所詮敗軍の将です。そう立派なものではありません」


 「謙遜か?勝敗は兵法家の常だ。少しの違いで私のほうが青将軍に敗者として対面していたかもしれんのだ。そう自分のことを悪く言うことはあるまい」


 「敵の国主からそう言われるのは、武人の誉れと言うものです」


 実際、青籍は悪い気はしなかった。霊鳴での生活から将軍へと復帰してこの方、呉忠に賞賛されて始めて報われたような気がした。


 「貴国の国主である龍玄からは将軍を筆頭に炎城の全将兵の助命の申し出が出ている。勿論、そのつもりでいる。敵とはいえ、我らは勇者を遇する道を知っているつもりだ」


 「畏れ入ります」


 「それで、だ。貴公はこれからどうするつもりだ。龍国軍に残るもよいが、どうだ、我が軍に来ないか?現在よりもよい待遇で迎えるぞ」


 思うもよらぬ言葉であった。それだけ呉忠が青籍のことをかっているのはありがたかったが、この後の身の振り方はすでに決めていた。


 「それだけ私のことを評価してくださっているのは嬉しいのですが、私も武人としての多少の恥を知っているます。将軍までになって二君に仕えるつもりはありません。それに私は軍籍から離れるつもりです」


 「ほう。大いなる才能がありながらそれを活かす道にはいかないと?年齢は私とそれほど変わらないだろう。それで隠遁生活を送ると?」


 「世を捨てるつもりはありません。ですが、武人としての私の人生はここで終わったと思えるのです」


 ふむ、と呉忠は残念そうに眉をしかめた。


 「武人としての功名に未練が無いと言うのなら、それも人生か。羨ましい気もするな。よかろう。貴公の意思を尊重しよう。しかし、このまま貴公を帰してしまうのは極国国主としての名折れだ。望むことがあれば、何なりと言うがいい。私にできることなら叶えてやるぞ」


 「では僭越ながら二つのことをお願いしたいのです」


 「欲張りだな。言ってみろ」


 「ひとつは霊鳴という地に住むことをお許しいただきたいのです。もうひとつは、ある女性と添い遂げたいと思っています。ただそれには様々な人の許可をもらわねばならないので、ぜひとも呉忠様の骨折りを頼みたいのです」


 多くを語らずとも、青籍が誰と添い遂げたいと思っているのか呉忠は察したらしい。満面の笑みで笑いながら、何度も大きく頷いた。


 「多くの兵を進退させて敵を倒してきた将軍でも、女性の進退ひとつには敵の力を借りねばならないか。よかろう。大いに骨を折ってやろう。それはいいが、その女性の心中を確認したことはあるのか?」


 呉忠にそう言われると、青籍は思わずあっと声を上げてしまった。それを見て呉忠は再び大いに笑った。

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