孤龍の碑~31~
極国軍はいよいよ城壁への攻撃を開始した。櫓や門扉を破る大木などの攻城兵器を多数用意しており、それを駆使して炎城に向かってきた。
「ここでも正攻法できたか……」
見張り台に上った青籍はより近くになった敵軍の姿を見て首をひねった。青籍の懸念はただひとつであった。
『正攻法過ぎる』
これまでの戦いを見てきて、呉忠の戦いぶりが堅実なのは間違いなかった。数で圧倒する極国軍が正攻法で攻めるのは決して愚策ではない。それでも呉忠の攻め方は愚直すぎた。
「何か裏があるとお思いですか?」
青籍の独り言を聞いて尋ねたのは袁干であった。
「それが分からんから困っている。譜天の姿がまるで見えないのがどうにも引っかかる……」
それは譜天の姿が直接見えないということではなく、戦のあり方の中に譜天の面影を見ることができないのである。
「呉忠が国主として国軍の支持を得るために譜天の影響を排しようとしているというのは考えすぎでしょうか?」
「国主としての呉忠の器は知らない。呉忠がそのような狭量であるならば、我らは勝てる。ただ、兵士と共に戦場にあろうとする男がそのような狭量であるとは思えない。それに裏があるとするならば、きっと小手先の技ではなく、きっと壮大なものだろう」
それが何なのか、青籍には想像もつかなかった。
義王朝五四六年七月に入り、炎城での篭城は二ヶ月になろうとしていた。将兵の意気はまだまだ軒昂であり、死傷者を含めた損害も軽微であった。
『住民を疎開していて正解だった』
青籍は今更になってそのことを感じ取っていた。炎城での篭城戦が始まる直前、青籍は炎城に住んでいた非戦闘員を集団で疎開させていた。その中には将兵の家族もいるのだが、彼らを抱えて戦うのは得策ではないと判断したのだった。
理由のひとつは食料の問題である。食料は豊富に備蓄はしていたが、住民が存在しているとやはり消耗が激しくなる。もうひとつは住民がいると、どうしても彼らのことも考えて戦っていかなければならない。凄惨な篭城戦が想定される以上、正直なところ住民の存在に構ってはいられなかった。極力、自分の頭脳が回転させる要因をすり減らして起きたかったのだ。その点でいえば、青籍の思惑通りとなっていた。
「想定していたよりも順調に進捗しているが、篭城戦というのはどうもやり難いな」
それでも先のことを考えると不安ではあった。青籍はその不安を率直に袁干にもらした。
馬征に守らせた出城が一ヶ月近くもったのは、よい意味での誤算であった。だが、いつ終わるとも知れない戦いをしているというのは、心労だけが重なってきた。
「確かに将軍は野で敵を撃破するのがお似合いです。しかし朗報もあります。新編成された禁軍五千が南下を開始したではありませんか」
当初、三千とされていた援軍は五千になっていた。これは現在の龍国軍が一個の軍集団として編成できる最大の数であり、これが龍頭を出ると組織的に動ける軍集団は龍頭には存在しなくなる。それほどの危機感を龍頭の面々は募らせているのだろう。
「これで上手く敵軍の後背を襲撃してくれれば……」
そうなれば炎城は救われる。数的には極国軍の優位であるが、長期にわたる包囲で極国軍は疲弊している。前後を挟まれた状態になると、極国軍は包囲を解いて撤収するであろう。青籍が考えるところでは、それが一番現実的な未来であった。
だが、次に范尚からもたらされた報せは、極国軍によって国都龍頭が陥落させられたという恐るべきものであった。
「何かの間違いではないのか!」
青籍は思わず范尚に声を荒げてしまった。極国軍のほとんどは炎城を包囲しているはずである。仮に別働隊がいたとして、龍国内に放っている間者が龍頭を陥落させるほどの兵力を見落とすとは到底思えなかった。
「落ち着け、青籍。お前が騒ぐと兵に気取られる」
老齢の趙奏允が青籍を窘めた。兵はまだ龍頭陥落の情報を知らない。青籍が大声を出せば、まだ知らぬ兵士達にも知るところになり、炎城に瞬く間に厭戦気分が広がってしまう。そのことに気付かされた青籍は、はっとして声を潜めた。
「詳細は教えてくれ」
「突如として敵が開奉に現れました。どうやら海路を使ったようです」
「海路……」
青籍は愕然とした。海路で敵が攻めてくるとはまるで考えていなかった。偵察網に引っかからないはずである。
「してやられたわけか。敵は国主を囮にして我らを引きつけ、国都を襲ったということか」
まさに趙奏允のいうとおりであっった。極国軍にとって最大の敵は青籍である。その青籍を国主に攻めさせれば、それが主力であると思うであろう。しかし、実はそうではなく、呉忠は青籍を封じ込め、龍国の注目を集めるための囮だったのである。
「それで公室の皆様は無事なのか?」
「それが……」
范尚が龍頭陥落の顛末を語り始めた。
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