孤龍の碑~30~

 極国軍の炎城攻撃から二週間経過した。極国軍は未だ出城を落とすことができず、完全に攻めあぐねていた。青籍にとっては既定の作戦通りはあったが、安堵はしていなかった。


 『篭城はもって半年……』 


 そう考えている青籍からすると、いつまでも篭城の状態を続けておくにはいかなかった。早々に龍国軍の再編を行い、炎城を囲む極国軍を背後から強襲しなければ、青籍達は炎城で果てるしかなかった。


 『もしくは粘りに粘って極国軍を撤退されるしかない』


 炎城が救われるもうひとつの方法は、長い攻城戦で極国軍に消耗を強いて撤退させることである。だが、これについては望みが薄いものと考えていた。何故なら極国軍は国主自らが将帥として出てきている以上は容易には退かないであろうし、青籍達もこの二週間で敵に打撃を与えられたわけではなかった。


 「緒戦の落とし穴でそれなりの損害は与えましたが、まぁ、それなりという表現が関の山でしょう」


 袁干は常に彼我の損失を分析していた。その分析があるからこそ、青籍は細かに情勢を把握し、戦略を立てることができた。


 「馬征はよくやっているが、そろそろ限界ではあろう。儂が交代してやろうか?」


 傷の癒えてきた趙奏允は鋭気を溜め込み溌剌としていた。青籍が許可すれば勇んで出城に向かったであろう。


 「趙将軍の見せ場はまだまだですよ。それに馬征もここで交代させては拗ねるでしょう」


 馬征は青籍よりもひとつ年下で、炎城救援に赴くにあたり右少将に任命されたばかりであった。本来ならば青籍のような目覚しい活躍をしない限り、将官になれる年齢ではなかったのだが、彼が馬一族の人間であることと、龍国軍の人材不足のためではあった。


 馬征はそのような経緯で将官になりはしたが、現場での指揮はまずくなく、寧ろこれほどの戦闘指揮ができる人材がいたのかと青籍を驚かせたほどであった。


 「龍頭の様子はどうなっている?龍悠様から文は来ているのであろう」


 趙奏允が尋ねた。青籍は頷いて龍悠からの書状を趙奏允に渡した。


 「主上自らが音頭を取って再編を急いでいるようです。来月にも三千の兵を進発させるとしています」


 「主上自ら……。ようやく尻に火がついたことは喜ばしいが、それにしても……」


 趙奏允は書状を青籍につき返した。


 「青籍、何だこの色気のない手紙は?お互いを気遣う言葉や愛の言葉はないのか?戦は上手いが、その辺のことはまだまだだな」


 趙奏允に指摘され、青籍は顔を赤らめた。確かに龍悠とのやり取りは、報告的な文言ばかりで、お互いを意識しあう男女のものではなかった。


 『姫様か……』


 戦場にいるとどうしても私的に思いを寄せる女性の存在を忘れがちになってしまう。次に認める書状には龍悠を気遣う一言でも入れてみようかと思った。




 極国軍の猛攻は続いた。それに対して出城に籠もる馬征は、極国軍を出城に引き付けて守ることに専念し、その間に炎城から抜け出た趙奏允が極国軍の背後を脅かすような攻撃を繰り返していた。


 「敵は炎城から外に脱出する抜け道があるらしい。だが、それを探索するのは時間と労力の無駄だ。後方を警戒させろ」


 呉忠はそう命じながら、自らも部隊を率いて後方警戒にあたった。過去の攻撃から龍国軍が出没しそうな場所を複数想定し、そこで待ち伏せをするという手法を取った。外れることもあれば的中することもあり、趙奏允も待ち伏せを見つけた時は攻撃をせずに戻ってくることもしばしばあった。その成果もあって趙奏允の強襲攻撃が上手くいかないようになり、出城への負荷が増大していった。


 そして極国軍の攻撃から約一ヶ月。ついに出城が陥落した。といっても青籍の命令で馬征が引き上げたの過ぎず、その際に馬征は極国軍に使用されないように出城の主要な施設をすべて破壊しており、極国軍からすると単なる土を盛られた高台を得ただけであった。


 「鮮やかなものだな。我らは一ヶ月かけて猛攻を仕掛けたが、炎城の城壁には傷ひとつつけられず、わずかにあの土饅頭を得ただけだ。しかも出城となり得るものはすべて破壊されていて使い物にもならない。青籍の戦術は見事と言う外ない」


 呉忠は手放しに敵将である青籍を賞賛した。一方で青籍も呉忠について、


 「呉忠は譜天のような奇想さや華麗さはないが、その攻め方は手堅い。敵に回しては一番厄介な相手だ」


 青籍からすると呉忠のように堅実に攻めてくる敵将は一番やり難い。もしこれが譜天ならば裏の読み合いをして対処すればいいが、呉忠の攻めは正攻法である。裏を読むことができず、青籍も正攻法をもって炎城を守るしかなかった。

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