孤龍の碑~29~
龍悠は青籍の期待に応えてくれた。彼女は僭越ではあったが父である龍玄を解き、炎城への増援が決定させた。兵士数は五百名であったが、兵糧を初めとした物資は大量に送ってもらった。これは青籍が望んだとおりの内容であった。
『兵士数が多ければ徒に兵糧を消費してしまう。だから兵士数は少なくて結構ですから、物資を多く送ってください』
青籍は龍悠への手紙にそう認めていた。それに対して龍悠は援軍に返信を託していた。
『極国軍が進発したという情報を得た龍頭では上へ下への大騒ぎでした。極国軍の大多数がそちらに向かっても動揺は収まらず、朝議では青籍に惜しみない援軍を出せと満場一致で決したようです。また禁軍の再編成も最優先事項として進んでいます』
龍悠は予断を交えず、できる限り詳細に龍頭の様子を書き記していた。
『宮殿での動揺を他所に、民衆達は比較的穏やかです。青籍が軍にいる限り大丈夫だという雰囲気になっています』
民衆に動揺がないことはありがたかった。ここで民衆に動揺があれば、住民による暴動もあり得た。末文には、
『この戦いが終わってあなたが龍頭に帰ってくる日を心待ちにしています』
とあって、青籍の心に温かみが宿った。青籍からすると束の間の安らぎであった。
そして援軍と物資をすべて収容した翌日、地平線の彼方に極国軍が姿を現した。
炎城に到着した極国軍が息を飲んだのは、その外観が彼らが占拠していた時よりも大きく変わっていたことであった。炎城の南方、極国軍の正面に出城が作られていた。
出城といっても土を盛り、木で柵や壁を作っただけで、青籍が軍に復帰して炎城に入ってから作らせてきた簡易的な出城であった。極国軍の将兵の中にはその粗末さに失笑するものもいたが、目の前にした呉忠は違う感想を得ていた。
『これは容易ならん……』
粗末な出城であるとはいえ、それは殻に閉じこもるような篭城はしないという青籍の意思の表れのようであった。
「流石は譜天が評価するだけのことはあるな」
単に攻城兵器を使って気長に攻めるわけにはいかなかった。そのような悠長な作戦をしているうちに出城からの攻撃を受けてしまう。先に出城を落とそうとすると、炎城の城壁から矢の雨を浴びることとなるし、攻め落としたとしても極国軍が得られるのは土で作られた高台だけであった。
「それでも出城から攻め落とすしかないだろう。諸将を集めよ」
呉忠はひとまず各部隊の将を本陣に呼び寄せることにした。召集された諸将は石宇徳、烏慶、赤犀、伶病という極国軍の中でも歴戦の勇将であった。
「まずは皆に問う。青籍が守る炎城をどのように攻めるべきか?」
呉忠はまず諸将の意見を聞いた。呉忠自身、何度も戦場に出て野戦、攻城戦ともども経験を積んでおり、その戦ぶりは譜天も評価していた。それでも自分の作戦案を言わずに諸将に意見を出させようとしたのは、呉忠の国主としての資質をよく表していた。
「いくら青籍といえでも所詮は小勢でありましょう。私に先陣をお任せください!」
まず声を上げたのは石宇徳であった。極国軍きっての猛将らしい言葉であった。
「左様です。出城とはいえ、奴らは進んで城壁から出てきたわけです。囲んで叩いてしまいましょう」
烏慶が石宇徳に同調した。呉忠は表情を変えず、赤犀と伶病を見た。
「二人はどうか?先ごろまで炎城を守っていた者としての意見を聞きたい」
赤犀と伶病が互いに顔を見合わせて、代表するように伶病が答えた。
「我らが炎城を失陥したのは敵が秘密の抜け道を知っていたからです。それほど炎城に熟知している青籍がわざわざ出城を設けてきたというのは、彼に何かしらの作戦があると思われます。ここは慎重になるべきかと……」
伶病から出てきたのは慎重論であった。積極論と慎重論。均衡が取れた将軍達の発言に呉忠は満足しながらも、どちらでいくか決断を下さねばならなかった。
「作戦があるにしても、攻めてみなければ、その全容を知り得ない。石宇徳に先陣を命じる。思うように攻めてみよ」
呉忠が命じると、石宇徳は嬉しそうに快諾の返事をした。
翌朝、石宇徳は勇んで炎城の出城に攻めかかった。出城は極国軍に向かう方を頂点にして三角形をしている。底辺になるほうが炎城の方を向いているので、石宇徳は斜めになった二面を東西から攻めることになる。
「時間をかけては徒に兵を損じる。二方向から攻めよ!」
石宇徳は横並びになり、一斉に出城に軍を突撃させた。出城から弓兵が鏃を覗かせたその時であった。出城に取り付かんとしていた石宇徳の部隊が大きな地割れのような音とともに地表から消えたのである。
「な、何が起こった!」
自らも飛び出さんとしていた石宇徳は、思わず馬の手綱を引っ張った。なんてことはない。出城の前に一直線に掘られた落とし穴があり、そこに石宇徳の部隊がこぞっと落下したのである。
「今だ!撃て!」
出城に籠もっている龍国軍の将は、援軍を率いてやってきた馬征といった。丞相である馬求と同じ馬姓であるが、馬求とは遠縁であり、交流がほとんどなかった。政治よりも戦場に出ているのを好む性質であった。
馬征の号令で放たれた矢は、落とし穴に落ちた兵士達に容赦なく降り注いだ。
「いかん!こちらも矢を放って援護しろ!」
石宇徳は、弓兵を前に出して出城に向かって矢を射掛けた。それがけん制となり、出城からの攻撃が一時的に衰えた。その間、落とし穴から兵士達が這い出てきたが、極国軍への被害は甚大であった。石宇徳は退却を命じるほか無く、出城からは歓声と勝どきの声があがった。
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