孤龍の碑~11~

 歴史的な会合が行われた翌晩。彼らは行動を起こした。譜天が密かに入手した鍵を使って武器庫を解放し、剣や槍、矛を呉延達に渡した。それだけではなく譜天以外にも兵士の姿があり、少ながらず呉延は不快に思った。


 『靖朗と譜天はかなり前から計画していたな』


 特に譜天はおそよ兵士らしくない言動をしながらも、恐ろしいことを企てていた。魏靖朗もそのようなことをおくびにも出さなかった。呉延は二人にまんまと乗せられたわけである。


 「我らは百名しかいない。一気に攻め込む」


 こうなればとことん付き合うまでだ、と覚悟した呉延は、自ら陣頭に立って進んだ。目指すは水路工事を監督している文官の宿舎であった。彼にとって不幸であったのは、文官であったことと、自らの地位を盾にして警備の兵士に対して非常に横柄であったことから、兵士達から恐ろしいほどに人気がなかった。譜天達に龍国軍の兵士までもが反乱に参加した理由のひとつはこの文官にあった。宿舎が賦役の労働者に襲撃されたと知ると、文官は寝巻きのまま飛び出し、わずかな供回りだけを連れて逃げ出してしまった。彼を警備すべき兵士達も、圧倒的な数と死を覚悟していた呉延達の勢いに押され戦うことなく逃げていった。こうして呉延達の反乱は呆気なく成功してしまった。


 朝になり、反乱が発生した事実が別の工事区画中に知れ渡ると、多くの労働者がこれに賛同し、呉延達の下にはせ参じてきた。その数は五百名に及び、呉延の筆頭とした反乱勢力は約六百名に達した。


 「おそらくは国都からすぐに軍隊が差し向けられるだろう。どうすればいい?」


 呉延は魏靖朗と譜天に問うた。かなり以前から反乱を計画していた二人であるから、今後の対策についても妙案を持っているだろう。


 「臥龍湖があり山に篭りましょう。あそこは天然の要害ですし、上手くやれば禁軍を徹底的に叩くことができます」


 答えたのは譜天であった。臥龍湖は山岳の只中にあった。その山岳に篭れば、少数でも多数と対抗でき得るだろう。


 「あそこは禁足地だろう?」


 「その禁足を破ったのは龍公自身だ。もし古の飛龍が龍国の守り神であるならば、我らに味方するはずだ」


 魏靖朗は断言した。もとより彼は守り神の存在など信じてはいないだろう。呉延は心強く思った。


 「では、そのようにしよう」


 呉延達は臥龍湖のある山に篭ることにした。




 一方、賦役に従事する民衆が反乱を起こしたと聞かされた龍岱は赫怒した。自分の壮大な事業を虫けら程度のしか思っていない民衆に邪魔をされたのだから無理もなかった。


 「国主に逆らう虫けらどもを根絶やしにしろ!」


 龍岱は右中将の白襄に命令した。白襄としてもたかだか六百名程度の庶人にいかほどのことができるかと高を括っていた。白襄はこれで戦果が挙げられると喜び、三千名の兵士を連れて龍頭を出発した。


 意気揚々と進軍した白襄軍であったが、反乱軍が篭る臥龍湖山に近づくにつれ、やや認識を改めた。堤防が決壊したことにより地面は至る所ぬかるんでおり、また高く土を盛られた堤防や深く掘られた水路が無造作に残されていた。


 「油断ならぬ地形だ。全方位に気を配れ」


 白襄は凡将ではなかった。一定の戦理を理解しており、野戦指揮官としての嗅覚にも優れいていた。しかし、白襄の不幸は、もはや戦争の天才としか言い様のない譜天という男が敵側にいたことであった。譜天は臥龍湖山に篭るだけではなく、少数の部隊を複数つくり、昼夜問わず地形を巧みに利用して遊撃を繰り返した。白襄軍はその都度戦闘態勢を取らざるを得ず、軍は疲弊していった。


 だが、譜天の本当の狙いは敵を疲れさせることではなかった。遊撃戦を利用することで白襄軍をある地点に誘導することが本当の狙いであった。勿論、白襄はその狙いにまるで気がつかず、譜天の手の内で完全に踊らされていた。


 白襄軍が現地に到着して三日。ようやく臥龍湖山近郊まで到達することができた。しかし、周辺は非常にぬかるんでおり騎馬を使うことがほとんどできなかった。しかも堤防の残骸がまだしっかりと残っており、白襄軍はそれらに囲まれていた。


 「油断ならぬ地形だ」


 経験を積んだ野戦指揮官なら警戒する場面であった。白襄も当然ながら自軍が戦術的に不利な地形に入ったことに気がついていた。だが、敵は目前にしており、数も圧倒的に少数。さらに敵は戦争の素人である。地形的な不利など考慮の外におくべきであった。


 「陣を整えよ。総攻撃をかける」


 白襄の命令はひどく常識的なものであった。

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