4 プラン
環園に、有名盗賊、王宮護衛隊。
先程まで、黒樹に襲われて応戦していた。
たった一人の少年だ。見た目通りなら、セイリュウと変わらないだろう年頃の、ただの少年だ。
しかし、彼にここにいる全員が翻弄され、手のひらで転がされた。完全に、遊ばれた。
まともに勝負させてもらえたのは、セイリュウただ一人。ほかは、その場に入れてもらうことすらできない、または、そこにいても動くことができない状況だった。
たった一人の少年を相手に。
要が、大きくため息をついた。
「マジでなんなの、あいつは」
環園のテラスに、要と遥、茜壱と鼓光がいた。セイリュウは、部屋にいる。
テラスにいるのは、黒樹の襲撃中、結界の外にいた四人だ。
鼓光は、天を仰いだ。
「俺たちを結界で足止めし、中で環と楓の動きを止めて、その上でセイリュウに圧勝?なかなかタフだな」
「あぁ、俺たちは全員で対抗したのに、最後のあの顔……」
茜壱が信じられないという様子でそう言うと、鼓光が頷く。
「腹たつくらいに余裕だったな」
コーヒーと紅茶の香りが、遠くから届いた。
遥が、それを感じて室内へ目を向けた。
「詳しく解説してもらおう、あいつに」
全員が、遥の視線の先を見る。
環が脚の付いたお盆にコーヒーを四つ、その後ろから楓が、おなじように脚の付いたお盆に紅茶を二つ乗せて現れた。
四人の中央に、二つの脚付きのお盆が置かれる。
「セイリュウは、まだ起きない?」
要が、ミルクを足しながら聞いた。
「起きないですね。まぁ、あの少年と戦う前に僕の相手もしてるので、しばらくはかかるでしょうね」
環の言葉を聞いて、気の毒だという顔で楓以外の四人がセイリュウの部屋の方を振り返った。
「環を操るとか、怖いもの知らずもいいとこだな」
鼓光が言う。
「セイリュウもいい線いってたと思いますよ。王宮護衛隊に鍛えられているだけありますね」
「加減できてよかったな」
「言われてみれば……加減できたわけではないですが、セイリュウが全力で対抗すればできる程度、ということだったわけですね」
環があの状況を言葉にすると、全員が考え込むように黙り込んだ。
セイリュウと同じ年頃に見えるあの少年が、なにを考えているのか。何を目的に、セイリュウに固執するのか。
狙ってきているのに、そもそも本気なのか、先程のことを考えるとどうもあやしい。
「同居人の見解は?」
鼓光の視線は一人静かにしている楓に注がれている。
それに合わせるように、皆の視線が楓の向いた。
「……俺に聞かれても」
「答えられないはなし」
「鼓光、俺にきびしくなーい?」
「俺は、常に厳しいの。見解は?」
楓は、覚悟を決めて口を開いた。
「アイツは、たぶん、独りになりたがってる。俺から逃げたがってる。なんか知らないけど、アイツを怒らせたみたい」
それだけは、確実に言える事実。
ただ、原因はなにか、その問いに対する正解はわからない。
「アイツは、感情がフラットじゃなくなると、俺に背を向ける。今が、まさにそうなんだ」
「煽るからでしょう?」
困った弟だ、とでも言いたげな顔をして、環が言う。
環は、今回の襲撃の話をしている。
楓は、今まで一連の流れを思い起こしていた。そうすると、最初のこの計画の起因は何だったのか。いや、本当に自分への感情で起きたことなのか、と。
「珍しいよな」
要が言う。
「楓が、逃げる相手を追いかけるとか」
「それで起きてる諸々の歪をこっちに投げんな」
迷惑だと遥がため息をつく。
「はぁ?!俺が原因って決まってませんー!」
「もともとの理由はともかく、話を聞く限りお前は一因だろ」
「俺、まだ追いかけてる側よ?歩み寄る最中で、俺といることの楽しさを教えてる途中なの」
つまり、むこうが有利な状況だと、楓は思っていた。それだけ聞けば、少年側が有利だと誰もが思うだろう。
テラスの柵に軽く腰かけて話を聞いていた環は、静かに微笑んで口を開いた。
「かくれんぼは、オニに見つからないように隠れるわけですが、見つけてもらうこともまた、隠れる側の本心です」
「…………かくれんぼ?」
要が小首をかしげて環を振り返った。
茜壱は環の言葉の意味を考えて、眉間にシワを寄せた。
「隠れる側の、つまり、あの少年の本心」
茜壱は、そう言ってから、少年・黒樹の行動と、それとは正反対となる目的に至り、それが本当だった場合を考えて、信じられない思いで目をわずかに見開いた。
「単純に考えると……それ、なんの、ために……?」
黒樹の狙いはセイリュウの命――――ということは、「隠れる側の本心」は、自分の命。
「自分の命を……ってことか?」
ありえないと言うように鼓光が環を振り仰ぐ。
環は、静かに言葉を紡いた。
「あの少年と会ったときに、なにか感じませんでした?」
答えたのは遥だった。
「あれは、ヒトじゃない」
「お前も、そう思うか」
遥の言葉を肯定するように、鼓光が言う。
わからないという顔で説明を求める視線を、要が遥に向けていた。
「少なくとも、ただのヒトじゃない。セイリュウと同種、それか似た力を持った存在で、たぶん、自分の存在を、自分で快く思ってない」
要の顔に真剣な色が差す。
遥が、黒樹との二回の遭遇で感じ取ったのは、自分と同じ匂い。この命に意味を感じられなかった、悲しい過去を思い起こさせる空気を纏っている。
「でも!」
要が声を上げる。
少しだけ重くなった空気を晴らす、明るい声だった。
「アイツもお前も、それからセイリュウも、俺たちに会えた。だから、なんとかできる。な?環!」
環が微笑みながら答える。
「そうですね。これだけの人材が集まっていてなんとかならないわけがありません」
「アバウトな結論出すなよ、まったく……」
鼓光は結局なにも解決していない現状に、ためいきをついた。
「対策立てるぞ。まずは、現状の確認だ」
黒樹という少年は、どこにいるのか見当はつかない。セイリュウを狙って現れるのを待つしかない。
狙ってくると言っても、直接狙うだけとは限らない。周りの人間を巻き込むこともあり、その人物の過去も把握している。
魔術、武術の両方をつかうことができ、腕は、相当のもの。
セイリュウ一人では、まず太刀打ちできない。
そのセイリュウは、黒樹という少年に先程の戦いでなにかを奪われていて、そして、まだ目覚めない。
「あの少年VS俺たちで、あいつの圧勝」
鼓光が言う。楓は、これまでを思い出していた。
「圧勝……か」
鼓光の言葉を繰り返す。相手は一人、こちらは複数、黒樹のほうが一枚上手。
「(足りないものは何だ?)」
剣技に優れた者がいて、魔術を知るものがいて、知恵のある者がいる。
「(あいつにとっての、想定外は……)」
どうなることが黒樹にとってのゴールで、理想なのか。黒樹は、それに全力で向かっているはずなのだ。それを、崩したい。
「…………良太、か……!」
呟いた結論は、今ここにいる誰にも理解できるものではなかった。それが誰かわかっている人物は、まだ眠っている。
「りょ……?誰だって?」
眉根を寄せる鼓光に、楓は、数ヶ月前を思い出していた。彼を表す言葉はなんだろう、と。
「俺みたいなやつ」
その答えに、全員が嫌そうな顔をした。
「そんなやつがいるのか、この世の中に……」
鼓光が言い、
「楓が二人……」
要が言い、
「嘘だろ……」
遥が信じられないという顔をし、
「会いたいものですねぇ」
興味深いと、環が微笑む。
それに茜壱がため息を吐いた。
「それは……なかなか貴重だな……。リョータという者がどうした?」
「表情がさ、変わったんだよ。あいつがいたときに。基本、黒樹は無表情だから。でもあいつがわかりやすく感情を顔に出したの。もしかしたら、あいつの存在は、想定外?なのかもって」
「そりゃぁ、お前が二人いたら、あの少年じゃなくても想定外だわ」
鼓光が呆れたような顔をした。
「それは、どこの誰なんだ?関係者か?」
茜壱が話を進める。
「セイリュウの、向こうの世界の友だち。魔術は使えないけど、戦闘中わりと頼りになる」
「剣術や武術に優れているのか?」
茜壱の中での良太のイメージが、護衛隊員の誰かになっている。
「いや、一般人。でも、役に立つ」
「一般人はダメだろう」
「そのためのお前らだろ?それに、たぶん、良太は役に立ちたいと思ってる。矢沢竜のな」
小さく笑う声が聞こえて、そちらへ顔を向ける。環が、よくわかったという顔で微笑んでいた。
「それは、確かにあなたに似ているかもしれませんね、楓」
環の言葉は、太鼓判になる。
鼓光が、それでは、と場をまとめる。
「一つ、セイリュウが目覚めるのと、体力の回復を待って、稽古をつける。魔術に絞って鍛える。二つ、EARTH界へ行き、リョータというやつの協力を得る。あの少年は、セイリュウがいれば勝手に現れるだろう。EARTH界へは、要と遥、楓、俺、そしてセイリュウで行く」
「待て。なぜ俺ではなく、鼓光が行くんだ」
「茜壱、お前は一番隊の隊長だろう。俺がいない王宮護衛隊をまとめる役割がある。二人で行くわけにいかない。まぁ、白狼と夜叉様に伺いを立ててからだがな」
「環はいいのか?」
「環は、ここの園がある。その代わりに、要と遥、お前らがついていけ」
要があからさまなむくれ顔をして、遥は小さくため息を吐いた。
「別に、言われなくてもついていくつもりだし」
「……いいのか?」
遥の瞳が、まっすぐに鼓光を捉える。
「なにがだ?」
「王宮護衛隊の役割を、超えてるだろう?」
王宮護衛隊は、王宮を、さらにはこの国を護るためのものだ。
「あいつを護ることは、この国を護ることになる」
楓は、向こうでのできごとと「彼ら」を思い出していた。
「あんまりぞろぞろ連れて行かないほうがいいと思うんだよなー……」
彼女は向こうでも、可愛がられていた。それを思うと、余計な争いを生むのではないか、と楓は考えていた。
そして、それは面倒くさいことだと、身に沁みて思う。
不意に、環が室内へと視線をやる。それに気づいて、楓もそちらへ顔を向けた。ちょうど、セイリュウが眠る部屋の方向だ。
「目を覚ましましたね」
誰にともなく環が言う。
その言葉の通り、すぐにセイリュウがテラスに姿を現した。
「防御、の魔術か……」
楓が呟いた。声でも物音でもなく、環はあの部屋にかけた防御魔術を、セイリュウが目を覚まして扉を開けると解けるように施していたから気づいたのだ。
「そこまで必要?」
「楓がそれを言いますか?襲ってきていたのは、あなたたちでしょう?」
皆がセイリュウに注目していた。
セイリュウの方は、ぼんやりした表情だった。まっすぐに、環のところへ歩いていく。
「体は大丈夫ですか?」
環の問いに、セイリュウは黙って頷いた。
「たぁちゃん、」
「なんでしょう?」
「なんでオレ、ここにいるんだっけ?たぁちゃんは、炎鬼の襲撃を受けたオレを手当してくれて……でもオレなんで、要たちに襲われたんだっけ?要たちと、知り合って……えっと……」
「セイリュウ……?」
「オレここで、なにしてるんだったっけ?」
環との会話が、彼女に起きている異常事態を知らせていた。
黒樹は、先程の戦いで彼女から何かを奪っていった。それがなにかわからないが、確実に記憶に支障が出ている。
体力の回復を待つとか、稽古をつける以前の問題が生じていた。
場所をリビングに移して、これからを話し合う。
「えーっと……状況を整理し直す!」
鼓光が言った。
「まず、俺達がしなくてはいけないことは、セイリュウに対黒樹の力をつけること。黒樹と一対一の状況になったとしても、対処できるようにする。そして、黒樹がしてきた攻撃を分析する。そのための協力者が、楓の言ってた良太だ。同時に、黒樹を探す。これは楓にもやってもらう」
ここまでが、テラスで話していた内容だ。
「そして、これからセイリュウの記憶を整理する。何を覚えていて、何を忘れているのか。黒樹が何をしたのかを知るためだ。あいつの目的は何なのか」
全員の視線が、ソファで環の隣に座っていたセイリュウに集まる。
あからさまに戸惑うセイリュウは、本当に何が起きているのかわからないという様子だった。
「セイリュウ、」
隣から環が優しく語りかける。
「さっきまで黒樹という少年と戦っていたことは、覚えていますか?」
「こくじゅ……」
「どこまで覚えてるんでしょうか……?セイリュウ、今わかってることを教えてください」
「たぁちゃんのことはわかる。あとは、要と遥、と……」
セイリュウは、鼓光と茜壱、そして楓を見た。眉間にシワを寄せて。
「そことそことそこは……知ってる……気が、する」
「セイリュウはここに来た目的を、覚えていますか?」
「目的……夜叉と、会うこと。あと……あれ?あ!そうだ!黒い髪をした奴を探してて」
「その黒髪の子がさっきまでいたことは?覚えてますか?」
「…………え?!」
驚いているセイリュウに、周りが驚く。
「夜叉と会ったことは覚えてますか?」
「あ……それは……覚えてる」
セイリュウの顔に浮かぶ笑みを見て、環は彼女の内で起こっていることに、考えを巡らせた。
「黒樹のことはおぼえてない」
鼓光がその言葉を受けて続けた。
「でも、夜叉様のことは覚えてる。あと、俺たちのことも曖昧だ」
「部分的に記憶が抜け落ちてる感じでしょうか」
「共通点は、何だ?」
覚えていることと、忘れていることに共通点なんてあるのか、とセイリュウ以外の全員が考え込み、リビングに沈黙が広がる。
それを静かに破ったのは、遥だった。
「セイリュウ、だろ?」
わけがわからないという要のわかりやすい表情を向けられて、遥は小さくため息をついて説明する。
「コイツ、たまに匂いが違うことがあった」
信じられないとでも言いたげに、要が遥を見る。
「なに、その嗅覚……」
「それ、わかる気がします」
環は、普段のセイリュウを思い浮かべて答えた。
環は、アンスとも面識がある。セイリュウについては彼から話を聞いた。
しかし、セイリュウについては、すべてを話してくれていたわけではないのかもしれないと、今考えていた。あのときの、向こうの世界での光景を思い出す。
「まったく違うということではなく、とても似ている別人を見ているような」
「別人格、ということか?」
茜壱が尋ねた。茜壱は違いを感じられるほど、セイリュウと接していない。
「別人格……」
遥が言葉を繰り返して呟く。その言葉と自分が感じたセイリュウの中のもう一人が合致するかどうか、静かに考えていた。
その間に、環がそれを肯定する。
「別人格、そうですね。そんな感じです」
鼓光は首を傾げている。
「つまり、あの少年はセイリュウの別人格を封じたのか?なんのために?」
「……邪魔だからねーの?」
要が一つの仮説を立てる。
「セイリュウを狙うのに、邪魔だから封じた。そのほうが、あいつの勝率が上がるから、手を一つ封じたんじゃね?」
要は何気なく言うが、それは、これまでの話を総合すると、こちら側に、そしてセイリュウにとって嬉しい結果をもたらさない。
鼓光が表情を固くする。
「明日から、セイリュウに稽古をつける。主に、魔術の力のコントロールだ」
The glitter 久下ハル @H-haru
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