3 思い出

 楓の考えていることは読みやすい。適当な人付き合いをしているくせに、心はまっすぐだ。家系なのか、それとも、家族に影響を受けたのか。

 ともかく、楓の考えていることは読みやすい。

 今頃、おそらくは、あの北の国にいて「黒樹を探す」と必死になっているのだろう。

 EARTH界では拠点を作って暮らしていたから、今回もそうしていると信じて疑ってないはずだ。

 しかし、黒樹は、その楓の習性を理解したうえで天界の家にいた。

 捜し物屋をしている店舗で、いつものように扉を正面にして椅子に座り、コーヒーを飲んでいる。

 もうどれくらいこうしていたのだろう――――ヒトの形になり、人の親切と優しさに嬉しくなったけれど、己の力の恐ろしさに気がついて、今、ここにいる。

 誰も傷つけたくない。独りでいたい。孤独を感じたくないから。

 EARTH界での戦いは、楓をあちら側にするためだ。

 水晶板は、楓が思ったとおりに北の国の主要人物たちに捕まっていることを映している。

「(それでいい。楓はそこにいたらいいよ)」

 たとえ自分と一緒にいたのだとしても自分の計画に協力していたとしても、楓なら受け入れてもらえる。

 扉の鈴はしんと静まり返っているのに、今にもそこから楓が姿を表しそうな気がして、黒樹はため息をついた。

 リビングにいればキッチンに立つ楓がいるし、寝室にいれば、同じ部屋に勝手に寝床を作る楓が浮かぶ。

 街に出れば、楓がよく行く店が目につく。新しい店舗を見れば、楓は知っているだろうかと考える。

 頭に残る楓の残像を消すように、コーヒーを口にしてため息を一つ。

「豆、変えようかな……」

 揺らぐ。

 結末は、ずっと前から決めていた。

 黒樹の、いつもは動かない表情が、少しだけ悲しみに歪む。それは、些細な変化。しかし――――。

「(楓なら、きっと…………)」

 未練を残す、そんな自分が黒樹は嫌いだった。全部を消し去るように、黒樹は大きく息を吸い込んで吐き出した。

 全部が最高のエンディングに向かって進んでいる――――黒樹は自分に言い聞かせるように心のなかで呟いた。



 黒樹と最初に出会ったのは、街中だった。

 恨みを買った女から逃げている最中、相手を撒くのに利用した。

 あのとき、触れて分かった――――孤独を抱えていること、ヒトではない何かであること。

 それから、捜し物屋をしている黒樹の住処を見つけて――――あれは、どれくらい前のことなのだろう。

 思い出で思考を埋め尽くしていて、楓は盛大にため息をついた。

 ここは、環園。

 リビングの丸テーブルだ。いつも環とセイリュウが朝食を摂っている場所。

 環はいない。キッチンでコーヒーを入れている。

「どこにいるんだよ…………」

 テーブルに突っ伏して、もう一度ため息をついた。

 黒樹の行動も思考も、読みにくい。

 何を考えて何をしようとしているのか。今は特に見当もつかない。

 それでも、今の彼が悲しみと孤独の中にいることだけはわかる。

「かくれんぼの相手は見つかりそうなんですか?」

 コーヒーとともに届いた声に楓は顔だけを上げて兄・環を見た。

「見つかんない……」

「よほど隠れるのがうまいんですね。あなたの手にかかって、見つからないなんて」

「…………環、言ったよな。かくれんぼは見つけてもらわないとつまらないって……」

「そうですね」

「じゃあ、コレ、かくれんぼじゃないのかもな」

「かくれんぼじゃないなら、何なんですか?」

「…………鬼ごっこ?」

「なら、あなたの得意分野じゃないですか」

「……そうかな」

「楓が彼なら、どこに逃げますか?」

「俺が……黒樹なら……」

 言われて、楓はまた思い出す。黒樹と過ごした日々を。

「アイツさぁ、文句言うくせに俺のこと追い出したりしないんだよな。コーヒー淹れろとか夕飯とか、あれを買ってこいだとか、一緒にいて悪くないんだよ。それに、寂しがり屋のくせに独りでいようとするんだ。だから、一緒にいる楽しさを感じてほしくて、最終的にそばにいるのが俺じゃなくても、誰かといる居心地の良さを、俺は、味わってほしかったんだ」

 テーブルに伏せたまま語る楓の話を、環は静かに聞いていた。

「アイツさ、あっさりした味のほうが好きなんだ。だから、アイスはたぶんソーダとか柑橘系とかそういうのが好きなんだと思うんだよな。実際、シャーベットのほうを好んで食べてるし。でも、たまたま俺が買った有名店のアイスがさ、チョコレート味で。たぶん、それからチョコレートのアイスを食べるんだよ。嬉しかったんだ、俺。もしかしたら、俺が買ったからなのかなとか、一緒に食べたからなのかなとか。独りでいようとするアイツが、俺のことは、受け入れてくれたのかなって」

 楓は、悲しげに笑っていた。

「運命だって思ってたのは、やっぱり、俺だけなのかな」

「運命なんて、出会ったヒトを大切にしたいと思って行動できるかどうか、じゃないですか?楓がそう思っているのなら、きっとそれは運命なんですよ。たぶん、その相手にとっても。……僕は、そう思います」

 兄の言葉を聞いて、顔を上げて目を丸くした。

「出逢ったヒト……」

 思い出すのは、初めて黒樹の捜し物屋に行ったときのやり取りだった。


―― あとはあんたが、ここで出逢った人を大切にしたいと思うかどうかだよ ――


 黒樹は、勝手に居着いた自分を追い出さなかった。

 アイスを食べてくれた。

 仕事中、水晶板の見える後ろに立つのを、黙って許してくれている。

 去る者追わず、来る者拒まずの精神が仇になったとき、ボヤきながらも助けてくれた。

「大切にしたいと思って……行動してる……」

 環は、嬉しそうに笑った。

「いい出逢いをしましたね、楓」

 





 





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る