episode13

「俺が?生徒会に?」


 唐突にな事に疑問や動揺が悠人に走る。


「ああ。ちょうど見ての通り……席が三つほど空いていてね。副会長を一名、庶務が二名、一年から取ろうと思っていたんだ」


 悠人はその庶務の席に勧誘されていた。

 だが、それは余りに異例の事である。なぜなら、悠人はCクラス。普通に考えるならば能力面でも上回ってるであろうAクラスの生徒を取るはずだからだ。

 事実、悠人を庶務の席に着く事を反対する人物もいた。


「待ってください!会長!私は反対です!Cクラスの生徒を生徒会に入れるなど!」


 ピンク色のツインテールを激しく揺らしながら席を立ち猛抗議してるのは四皇帝学院三年の生徒会副会長の茅ヶ崎蘭だ。

 先程から悠人にやたらと突っかかる彼女は以前から悠人にも面識があった。入学式の司会を務めていた女生徒も他でも無い蘭だったのである。


「茅ヶ崎先輩の言う事も一理ありますが……会長が何故その生徒をここまで強く支持するのかにも興味がありますね」


 突如横から口を挟んできたのは奥の席で腰をかけていた青年だ。

 彼は自らの眼鏡をくいっと右手で持ち上げながら興味深そうに悠人を見る。


 彼の名は海老名徹。

 四皇帝学院二年で生徒会副会長である。


「そうは思わないか?藤沢」


「うーん……私は正直あんまりー。誰でもいいかなって思ってるし」


 呼ばれた少女は興味なさげに横髪を指先にぐるぐると巻きつけながら呟く。


 彼女は藤沢千穂。

 何処か眠たげな目付きで煌めく金髪が特徴的で一見不真面目そうだがその実、四皇帝学院二年の生徒会の一員で書記を担っている。


「相変わらず何事にも無関心だな……それよりも僕は会長の真意が知りたいが」


 海老名も千穂がそう言う性格であると分かっている為、すぐに話題を転換させて視線を悠人達がいる方へ戻した。


「たしかに蘭達には説明していなかったな……良いだろう。竜胆も疑問に思っているようだし理由を説明しようと思う」


 四皇帝はそう言いながら足を組む。


「まず一つが竜胆はCクラスに居るが正式にはCクラスでは無い」


「それは実力はCクラス以上ある、と言う事ですか?」


「いや、無論私もそう睨んでいるが……竜胆がこの学院に入学出来たのはどうやら学院側からの推薦があったかららしい」


「推薦、ですか?それはまた随分と特殊ですね……今までそんな形で入学した生徒はいませんからね」


「うむ、そこからがそもそも疑問だが竜胆は知っているのか?」


 生徒会長と海老名副会長の問答が一度区切られ、悠人に視線が向けられる。

 悠人は首を横に振って知らない風を装った。


「いえ、俺は何も知りませんよ。そもそもこの学院の事を未だよく分かってないので」


 嘘では無い。本来であれば悠人は学院に通う事もなかった。

 それを姫百合朱莉という少女の監視の為に軍の上層部と学院の方がうまく手を回して悠人を推薦、という形で入学させたのだ。

 当然その事を悠人も知ってはいるが、その時の内容までは詳しくは知らないので、ここでの悠人の回答はあながち間違いでは無いのである。


「そうか。だが、先程も言ったように、竜胆は恐らくCクラス程度では無い」


「何故、そこまで言い切れるのですか?」


「これを見てくれ」


 四皇帝は生徒証を操作して空中に画面を投影させる。


「これは……生徒の異能数値を記録したものですか?」


 映し出されていたのは昨日の決闘の際に記録されている厚木と悠人の異能数値。

 厚木の方は規定数値を大幅に超えており明らかなレッドゾーンだ。


「厚木と言う生徒の異能はとても強力ですね……入学して間もないのに既に二年のBクラス程度はありそうですね」


 その数値を見た海老名は違反した事を叱責するのではなく、寧ろ感心していた。

 とはいえ、悠人も厚木の能力は一定の評価を下している。このまま三年間学院で習熟していけば軍には余裕で入れるだろう。


「しかし、こっちはまた……随分と極端ですね」


 海老名は視線を少し右に移す。

 その先には悠人の異能数値が映し出されていた。


 厚木はかなり高い異能数値で明らかに学院で規制されている以上なのだが、それに対し悠人の方はグリーンライン。規定違反では無い。

 しかし、ただのグリーンラインでは無い。

 。つまり、ゼロだったのだ。


「まさか異能を使わずに異能者と戦ったのですか?それは流石にあり得ないでしょう」


 海老名は肩を竦め、否定する。


「確かに普通なら絶対にありえない……だが、そのなら?本当に生身で異能者と戦えるだけのポテンシャルを持っていれば?」


「それこそあり得ないですよ。いくら推薦者とはいえ異能を全く使わずに異能者と戦うなんて自殺願望があるとしか思えない……正気の沙汰では無いです」


「ふむ……まぁ、これだけでは分からないな。だから次にこれを見せる」


 四皇帝はボタンを操作して画面を変える。

 その時、今まで冷静だった海老名の顔も僅かに動揺の色が浮かぶ。


「これは……⁉︎」


「へー」


 映し出されていたのは先程と変わらない悠人の異能数値が映し出されたもの。

 しかし、大きく変わる点が一つある。

 それは先程のゼロという数値とは大きくかけ離れ、に跳ね上がっていたのだ。

 その数値は厚木の違反数値など矮小に見えるほど大きなものだった。


 その数値を見て、今まで興味なさげにしていた千穂が始めて面白そうにその画面を見やる。


「これはほんの一瞬、秒数にすれば一秒にも満たない時間に起きた記録だ。この数値だけ見れば厚木を大きく上回りそして……


「「「っ……⁉︎」」」


 そこにいる悠人以外の生徒全員の息を呑む音が聞こえる。

 それは衝撃的な事だった。現時点でこの四皇帝学院の最強は四皇帝奈凪であると誰もが知っている不変の事実である。

 その生徒会長が自分よりも強いと公言している。これにはさしもの生徒会役員達も驚かざるを得ない。


「……でも一瞬なんですよね?その数値は」


「ああ、一瞬だ。この時厚木が放った攻撃は明らかに喰らえば無事では済まない大技だった。だからその場に居合わせた私が相殺したのだが……私が異能を発動する前のほんの一瞬がこれだ」


 胸の前で腕組みをする四皇帝。

 視線は悠人の方を向いており、その目はまるで悠人を観察しているようなものだった。


「……ただの故障ですよ……こんな数値あり得るはずがないでしょう」


「まぁ、本人もいる事だしな。直接聞けば良いさ」


 その瞬間、全員の視線が悠人に集中した。


(これは……本当に面倒な事になったな……)


 悠人にはこの状況で二種類の選択肢がある。

 一つは今ここで何もかもを話してそのまま生徒会に入ること。

 だが、この案は論外。

 悠人は何一つ得をしない。更に面倒な事になるのが落ちだ。


 で、あるならば方法は一つ。


「買い被り過ぎですね。俺にはそんな力を持ち合わせてはいないです」


 しらばっくれてこの場をやり過ごす。

 それが最善の方法であると悠人は判断した。


「海老名会長の言う通り、生身で異能者相手にすることはまず無い。そもそもあの時俺は身体強化を使っていましたので」


「何?身体強化を?」


 海老名の問いに悠人は「はい」と頷く。


「なのでその異能数値が誤りである事は明白です。その一瞬の数値だって恐らく厚木と会長の異能の影響で出たエラーか何かでしょう」


「……」


(会長は未だ疑っているようだが、もう何を言っても無駄だ)


 悠人はここに来て最後の一押しをする。


「なんなら。壊れてるかもしれないので」


「……分かった」


 そう言って悠人は左手首につける黒の生徒証を外して前に座る四皇帝に渡す。

 四皇帝は渡された生徒証をまじまじと見つめた。

 そしてある機能を試すために異能を少しだけ行使した。


「……確かに正常な異能数値は検出されない……故障していると見ていいだろう」


「では、この数値は誤りだという事でいいですね?」


「……そうだろうな」


 海老名は満足そうに四皇帝に問い、それを渋々と四皇帝は頷く。


 四皇帝が行ったのは、悠人の生徒証で異能数値を図る事。

 そして、結果は明らかにエラーと分かるような数値が映し出された。


「俺への疑念は晴れましたか?」


「あぁ……」


「なら会長に言われた生徒会に入るという件はお断りさせていただきます。他を当たった方がいいと思いますので」


 悠人はそう言って席を立つ。


「……今はそういう事にしておくとしよう……生徒証は後日、新しいものを渡す。手間かもしれないがもう一度ここに来てくれ」


「分かりました。では俺はこれで失礼します」


 頭を少し下げてから生徒会室を悠人は出て行った。


「やっぱりCクラスの生徒は所詮Cクラス、という事ですね」


「私は最初から反対していましたよ。昨日あれを見た時からただのエラーだと疑ってたので」


 悠人が出た後の生徒会室では海老名と蘭が作業をしながらそんな話しをする。

 どうやら蘭だけでなく海老名も悠人の生徒会入りは反対だったようだ。


「ま、でもかいちょーはまだ疑ってるみたいだけどねー」


 千穂が間延びした声でそんな事を言う。


「そうでしょ?かいちょー」


 全員の視線が一手に四皇帝に集まる。


「まぁな」


「会長……まだ疑ってるんですか?故障って既に分かってるじゃないですか」


「そうです。そんな事よりも一年から生徒会の候補者出しましょう」


「故障は故障なのだが……この壊れ方がどうにも腑に落ちなくてな」


「壊れ方、ですか……?」


「そもそも、生徒証が故障などのだがな」


 この学院で使われている生徒証は特殊なもので普通は壊れる事は無い。と言うより今まで故障した例などないのだ。


「まぁ、今はいいさ」


 四皇帝は手の中で悠人の生徒証を転がしながら呟く。


「いずれ分かる時が来る」


 〜〜〜


「ただいま」


「お帰り、悠人……左手に付けてないってことは上手く騙せたってことかな?」


 悠人が家に帰るや否や棗が出迎えて、悠人の左手首に生徒証が付いていない事に気づく。


「昨日帰って来るなり突然悠人が異能使ったのは流石にびっくりしたわ」


「必要な事だったからな」


 ジト目で睨む棗を見て悠人は苦笑いをする。どうやら棗は本当に驚いたらしい。なんせ昨日は異能を使った悠人の部屋に慌てた様子で入ってきたのだから。


 悠人の生徒証が壊れていた原因は他でも無い、悠人自らが壊したのだ。


 悠人は昨日、厚木との決闘の後、ある事を懸念していた。


 それは自分の異能の事である。


 クラスメイトは騙せているが、姫百合や生徒会長と言った強者にはどうしても隠し通すことは難しい。

 あの時悠人が一瞬だけ出した……それはそれほどのものだったのだ。

 当然感づかれる可能性も十分にある。何とかしてバレないようにする必要がある。

 そこで悠人は自身の付けてる生徒証に目をつけた。

 生徒証の機能に異能数値というものを計測する機能がある。

 その機能を通して万が一生徒会長がこれに気づくと後々面倒な事になると悠人は予想していた。


 事実、今日その事で生徒会で議題が上がっていた。


 それを阻止する為に悠人はどうにかその機能のみを使えなくする方法を考えた。

 その方法が測定器が計測できないほどの威力の異能を計測する事だった。

 つまり、悠人は自身の異能を意図的に行使して生徒証の計測の上限を越させる事で生徒証の異能計測機能を破壊したのだ。

 当然の話だが、生徒証を壊せるほどの異能数値を出せる生徒は学院に存在しない。

 そんなものがいれば即軍に入り、最前線で今頃闘ってるだろう。

 そして、現在日本の中でそれを可能とできる人間は二人しかいない。

 その一人が悠人である。


 と、まあ、こうして悠人は今回の件を乗り切っていたのだ。

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十の学院と略奪者(インターセプター) 悠希遥人 @pumpking618

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