episode12

 次の日、悠人が学院へ登校し、教室に入ると、そこは異様な空気で包まれていた。

 教室にいるCクラスの生徒達はどこか落ち着かない様な雰囲気だった。

 悠人が自分の席に着くまで、Cクラスの生徒達は彼のことを目で追う。

 そして着席した後、揃ってがやがやと話し始めた、



「竜胆くん……昨日Aクラスの人と決闘で引き分けたらしいよ?」


「やっぱり本当……なのか?たしかにAクラスの奴とやったのに外傷は見られないし……」


(もう広まっているのか……)


 その原因は悠人にも察しがついていた。

 クラスがここまで盛り上がっているのは昨日の決闘の事である。

 悠人が厚木に引き分けた、正確には失格により続行不能なのだが、その結果を受け、Cクラスの生徒は皆悠人に興味や関心を示していたのだ。


 クラスメイトから向けられてる視線に気づかないふりをしながら窓の外を眺めていると隣の席に着席する音が聴こえる。


「すっかり有名人になったみたいじゃない?」


「あんまり持ち上げられても困るんだけどな……それより随分早く昨日のこと知れ渡ってるようだけど何故だ?」


「あー、えっとね。それは……」


 悠人の隣の席の女生徒、沙耶はどうにも煮え切らない様子だった。


 その直後、教室の扉が勢いよく開かれた。


「おーっす!おはようさん」


 フランクな挨拶をしながら教室を入る高身長の生徒の正体は悠人の友人でもある勝斗だった。

 彼はその性格から入学してすぐにクラスメイトの中心に立っている。

 普段こそ、悠人のそばに居るがそれ以外の時は割とクラスメイトと一緒に居ることも多いのだ。


 そんな勝斗を取り囲むようにクラスメイト達が寄ってくる。


「うぉっ⁉︎なんだ?」


「おい、新城!昨日の件……本当なのか?」


「昨日の件だぁ?」


「あれだよ。竜胆がAクラスと決闘した時の……」


で話してたじゃない!まるで自分のことのように」


「あぁ!それのことか!そうだぞ!悠人の奴凄かったぜ。Aクラスの奴を拳で吹っ飛ばしてたからよ」


「「「おぉ〜!」」」


 周りが感嘆の声を漏らす。

 何やら悠人の知らない場所で変な盛り上がりを見せていた。


「……なるほど。あれが原因か」


「えぇ……なんであんなに自慢げなのか分からないわ」


 悠人は勝斗のせいだとわかり、げんなりとした様子で呟く。

 しかし、勝斗が言っていた台詞の中に聞きなれない単語が出てきたことを思い出し、ハッと顔を上げる。


「なぁ、クラスチャットっていうのは?」


「あぁ、そういえば悠人君は入ってなかったのよね。私たちが付けてるこのブレスレットーーー生徒証の昨日の一つにね、遠距離からでもリアルタイムで会話が出来る昨日があるの……ここのボタンを押すと……」


 沙耶がブレスレットに搭載されているボタンを一秒ほど長押ししたかと思うと、ブレスレットから透明の画面が空中に反映される。


 それを悠人は覗き込むようにしてみると、確かに今もなお、そこで会話が繰り広げられていた。

「成る程……COMENTコメントのようなものか」


「コメ……なに?」


「いや、何でもない」


 うわ言のように呟いたつもりだったがどうやら沙耶の耳には届いていたらしい。

 悠人の言ったCOMENTとは軍のごく一部で使用されている通信機よ名称である。

 悠人も任務中何度か使ったことがあったので、ついそれと比べていたようだ。

 あまり一般人に漏らすようなものでもないので悠人は何でもないと首を横にふる。

 沙耶も特に掘り返すようなことはしてこなかった。


 〜〜〜


 放課後。

 件の決闘騒ぎも落ち着きはじめていたが、それでも悠人は慣れない状況に戸惑い、やや疲弊していた。


「おつかれのようですね?悠人さん」


 廊下をげんなりとした様子で歩く悠人の隣で労いの言葉をかけるのは同じクラスの香織だ。


「あぁ……肉体的疲労じゃ無いんだが……何故だか疲れたよ」


 あの決闘の話しを悠人に直接訪ねてきた者は今日だけで数を数えるのも億劫なほどいた。

 そこにはBクラスの生徒、中にはAクラスの生徒までもが悠人の所に直接乗り込んできたのだ。

 悠人はいつもよりもやや遅いペースで廊下を歩いているとふと!あることに気がつき足を止める。


「……そう言えば、今日は厚木はきていないようだな」


「……そう、みたい。昨日のことがあって学院に来づらいとか?」


「……」


 Aクラスの生徒が直接悠人の所にきた原因の一つは恐らくこれだろう。

 厚木が学院に登校していないのでは話しを聞こうにも聞けない。


「所で……今日は何処に行くの?今から帰り、というわけではなさそうだけど……」


「ああ……それなら、これ」


 悠人は左手につけるブレスレットーーーもとい生徒証を香織に見せる。

 すると、生徒証から空中にウィンドウが表示された。

 そこには悠人宛のメールの内容が記されていた。


「《放課後、生徒会室に来るように》って悠人さん!生徒会長から呼び出しですか!」


 香織にしては珍しい、本当に驚いた顔で悠人を見た。


「まぁ、な……十中八九昨日の事だと思うけど……」


「それぐらいしか接点ないですしね」


「本当に注目されるのは困るんだけどな……」


 悠人の思いも虚しく、現実ではそうはいかないのだった。


「えと……頑張って下さいね」


「あぁ……」


 何処か人ごとのような香織の見送りに答えながら悠人は生徒会室へと向かったのだった。


 〜〜〜


「失礼します」


 扉を二回叩き、向こうの返事も待たずに悠人は生徒会室の扉を間髪いれずに開く。

 多少無礼、だと思うだろうが、悠人にとって、生徒会室は本来来るはずのなかった場所、向こうからの急な呼び出しなので礼節を重んじる必要はないという判断である。


「竜胆です。呼ばれたので来ました」


 悠人の視線の先には事務用デスクが六つ、それぞれ三つづつ並べられており奥の席と真ん中の悠人から見て右に一人の計三人が座っていた。残りのデスクは使われていないのか、なにも置かれていない綺麗な状態だった。


 そしてそのさらに奥にもう一つ卓が置かれている。

 その卓は事務用などではなく、悠人の目から見ても豪華と言えるような立派なものだった。

 その卓につくのはやはりというべきか、この学院の生徒会長である四皇帝奈凪その人だった。


「……貴方……いきなり扉を開けるなんて無礼だと思わないのですか?ここは貴方の教室では無く生徒会室なのですよ?」


 悠人が生徒会長に話しを聞こうと一歩踏み出そうとした瞬間、目の前から悠人を咎めるような言葉が飛んでくる。


 見ると、叱責したのは真ん中の席の右にいるピンクの髪をツインテールにまとめた女生徒が悠人を睨みつけていた。


「呼んだのはそっちだ。俺はそれに従ったに過ぎない」


 それに対し悠人は微塵も反省した色も見せない。

 元より今回の件は悠人にとってべつに此処に赴く理由は無かった。

 この場に足を踏み入れたことが悠人にとって最大の譲歩といえるだろう。


「貴方ねぇ……!」


 しかし、この女生徒は当然そんな悠人の思いを知る訳もなく、悠人の態度に怒りを露わにする。

 そんな時、ようやく目的の人物が声を上げた。


「まぁまぁ、今回の件はこっちの急な呼び出しだったんだ。少し多めに見てもいいんじゃないか?蘭」


「会長!ですが……!」


「蘭」


「……⁉︎分かりました……」


 なおも食い下がろうとする蘭と呼ばれた少女に四皇帝は今度は短く彼女の名前を言う。

 すると、その有無を言わさない覇気に渋々と引き下がった。


「すまなかった。急な呼び出しをしてしまって」


「いえ、それより俺を呼び出した用件を聞きたいんですが」


「ふっ……せっかちだな。少しゆっくりしてっても構わないのだが?」


「この後にも一応予定があるので」


「そうか。なら仕方がないな……取り敢えずそこの空いてる席に座ってくれ。この部屋には生憎と持て成せる席がそこしか無くてな」


「構わないです。失礼します」


 悠人は特に迷うそぶりも見せずに空いてる左の席に座る。その向かいに生徒会長である四皇帝が座った。


「さて……早速本題に入ろうか。君に来てもらったのは他でもない、頼みがあったからだ」


「頼み、ですか?」


「ああ……単刀直入に言う……生徒会に入らないか?」

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