修羅場

湯野正

修羅場

 全校生徒の前で公開告白というものをされたことがあるだろうか?

 僕はない。

 普通の人はないだろう。

 しかし、今目の前でそれは起こっていた。

「わたしだけのはじめくんになってください!」

 まさか学食に昼を食べに向かったら、こんな場面に遭遇するとは夢にも思わなかった。

 だが、だが、非常に、非常に残念なことに、僕には二人とも誰だかわからない。

 おそらく二年生であろうということしかわからない。

 折角目の前で行われているのに勿体ない、と悔しい思いをしていた僕の肩を誰かが叩いた。

「よお、一年」

「先輩!」

 その人は卓球部の先輩だった。

 先輩は部活に来たりこなかったりだし、髪は金色に染めてるし、なんというかチャラかったが、その性格となんとも言えない三枚目感故にか割と男子みんなに好かれていた。

 エロいので女子には嫌われていたが。

 そんな先輩は情報通としても有名だった。

 学園の女子について知らないことはないと豪語していたし、実際何を聞いても教えてくれた。

 この先輩ならきっと二人のことを知ってるはずだ。

「先輩、あの人のこと知ってますか?」

「知ってるも何も、二人とも友人だぜ?というか女子の方も知らないの?美少女ランキング上位の有名人だぜ?」

「すいません、そういうの疎くて…」

 男子の間でそういうのが出回っているのはもちろん知っていたが、残念ながら縁がなかったのだ。

 先輩は頭を掻くと、渋々のように見えてなんだかんだノリノリで教えてくれた。

「しょうがねぇなぁ?男子の方は新田創にったはじめ、特に特徴もないやつなんだがなーんか美少女にモテまくる男子の敵で俺の親友だ。こっちはどうでもいい。問題はこいつだ」

 親友、と言い切った割に本当にどうでも良さそうだった。

「こいつは桜春香さくらはるか、新田の幼馴染で家庭科部所属。なんというかほんわかした雰囲気のやつで、お嫁さんになってほしい女子ランキングのトップランカーだ。新田には毎日弁当作ってたからまあこうなるとは思ったが、実際になるとちょっとキツイもんがあるな」

「はじめくん、答えを聞かせて!」

 桜さんは頭を下げて新田さんの答えを待っている。

 一体どうなるんだろうか、僕のドキドキは最高潮に達してきていた。

 その時だった。

「待ちなさい!創は渡さないわ!」

 人混みをかき分けて、赤色の髪をツインテールにした気の強そうな女の人が現れた。

「あれは、柊透華ひいらぎとうか!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼女は柊透華、今年の初めに学園にきた転校生だ。柊財閥の令嬢で超お金持ち、普段はクールな女王様タイプだが、たまに微笑むとまるで天使。誰もがあいつの笑顔を独り占めしたいと妄想したはずだが、まさかあいつに取られてるとはなぁ…残念だぜ」

「私、あなたの為なら柊の名を捨てる覚悟もありますわ!」

 堂々とした柊さんは正に臨戦態勢だった。

 公開告白だけでもすごいのにまさかの三角関係で僕の頭は混乱の渦に飲まれかけていた。

 その時だった。

「チョット待つデース!ハジメはワタシのダーリンデース!」

 人混みをかき分けて、金色の髪をしたグラマラスな北欧系美少女が現れた。

「あれは、メアリー・ウィリアムス!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼女はイギリスから三年前に日本に来た正真正銘のヨーロッパ系美少女。その天真爛漫さと他の女子を圧倒する魅惑のボディー。一体どれだけの男子が魅了されちまったかわからねぇんだが、まさか魅了されてるのが彼女の方とは恐れ入ったぜ」

「ダーリンなら、スキにしていいデスよ?」

 誘惑するメアリーさんの瞳にはしかし熱い炎が燃えていた。

 正に一触即発という空気に僕の心まで鷲掴みにされそうだった。

 その時だった。

「新田にゴールするのはウチだよ!」

 人混みをかき分けて、ポニーテールのスポーティーな女の子が現れた。

「あれは、天王寺翼てんのうじつばさ!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼女は女子サッカー部の天才エースストライカー。その男子も女子も関係ないと言わんばかりの距離感は天然の小悪魔。あいつ俺のこと好きなんじゃないかと勘違いした男子も数多いたはずだが、まさか狙いはあいつとは」

「ウチと一緒に天皇杯に行こうぜ!」

 天王寺さんのストレートながら突破力のある力強い言葉は正に天性の点取り屋だった。

 もはやあり得ざる出来事の連続に、僕は一周回って高まってきていた。

 その時だった。

「(慈愛に溢れた柔らかい音色)」

 人混みをかき分けて、フルートを吹いた小柄な女の子が現れた。

「あれは、西園寺詩さいおんじうたう!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼女は神に愛されたフルート奏者。生きとし生けるものを癒す人間マイナスイオン。彼女の奏でる音色に魂を救われた男子は星の数ほどいるはずだが、まさかその音色が一人に向けられていたとはな」

「(優しくも激しい愛を伝える音色)」

 西園寺さんのフルートはまるで天上の女神からの熱い愛の囁きを届けているようだった。

 とろけるようなメロディーに、僕は愛の奴隷になりそうだった。

 その時だった。

「ま、まってください!」

 人混みをかき分けて、どう見ても小学生にしか見えない子が現れた。

「あれは、結城晶ゆうきあきら!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼はあんな可愛い顔をしているが歴とした男。僕は男ですよと焦って訂正する姿は寧ろかわいさ百倍美少女。彼のせいで目覚めた男子もよりどりみどりだったが、まさかあいつが本当の自分に気づかせるとはな」

「わからないけど、お兄さんを取られたくないんです!」

 晶くんの一生懸命な振る舞いはもはや全人類の内なる母性を強制的に開花させる儀式だった。

 圧倒的な庇護欲の前に、僕は性別の壁を突き抜けそうだった。

 その時だった。

「Let's have fun.Let's groove.Let's dance,dance,dance」

 人混みをかき分けて、アフロヘアーの黒人男性が現れた。

「あれは、モーリー・ゲイ!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼はソウルの帝王。魅惑の美声が導くのはドリーム。彼のグルーブに終わらないパーリーナイトを夢見た男子は世界中にいただろうに、まさかあいつひとりのダンスフロアになろうだなんて」

「Get down.Come on.Get funk」

 モーリーさんのビートに弾むハートは正にソウルの滾るリズム。

 終わらないパーリーナイトに、僕のファンクはドリームに沈みそうだった。

 その時だった。

『どうして、私は来てしまったのでしょうか?』

 人混みをかき分けて、一台のパソコンが自走してきた。

「あれは、315TN99!」

「知っているんですか先輩!」

「ああ、彼女は天才プログラマーが残したデータから偶然生まれたAI。常に最効率を求める彼女が時折見せる謎の無駄。彼女の行動にAIにも心があると気付かされた男子は腐るほどいたってのに、まさかあいつが愛を与えていたとは」

『教えてください新田創。この暖かさは、温もりはなんのバグですか?』

 315TN99さんの胸に宿ったそれは0と1が生み出す虚構などではなく確かな愛だ。

 生命を超えた大いなる何かに抱かれ、僕は真理を得ようとしていた。

 その時だった。

「私も、混ぜてくださらない?」

 人混みをかき分けて、妙齢の蠱惑的な女性が現れた。

「あれは、おかん!?」

「知っているんですか先輩!」

「あ、あぁ、ああ、彼女は紛れもなく俺を生み育てた母。女手一つで俺をここまで成長させてくれたおふくろ。あんたから生まれた男が一人いるのに、まさかあいつにあの時あいつまさか家に呼んだけどあいつあいつあいつああああああぁぁぁああああ!!!!」

「先輩!先輩!」

 先輩の口から出たのは魂の絶叫シャウト

 自らの母が自らの親友にを見せる瞬間を目撃してしまい、先輩は叫び失神する以外になかったのだ。

 その後だった。

「大丈夫ですか!?」

 人混みをかき分けて、救急隊員が現れた。


 こうして、世紀の大修羅場はうやむやになった。

 しかし、これが始まりでしかなかったと僕たちが知るのは、そう遠いことではなかったのだ…。






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