20:40

                 ◇

 私が家に着いたのは、20時40分だった。

 10分という私の中での最速記録を叩き出したのは、私がに直帰したからだろう。

 家は真っ暗だった。外から中の様子を窺い知る事はできない。

 私は躊躇う事なく、ドアを勢いよく開けて中に入った。

 刹那、乾いた破裂音と共に、数人の気配が暗闇から出現した。

 反射的に目を瞑ってしまった私が恐る恐る目を開けると、玄関はいつのまにか明かりがついていて煌々と照らされている。

「………は?」

「「「はっぴーばーすでーーー!!!」」」

 私が頓狂な声を出すと、明るい唱和がそれを包み込む。玄関で私を出迎えた複数人の人物たちは手にクラッカーを構え、そこから飛び出したカラフルな紙吹雪が私の頭にのっていた。

 クラッカー集団の構成員は、魅春、お母さん、後輩ちゃん──、

「え、どうい──」

 どういう事?と続けるはずだった言葉は、目の前の光景に遮られる。

 目の前──私にクラッカーを向けた人達の中に、“本日の主役”と書かれた襷をかける、苦笑いの姉の姿があったからだ。

「お姉ちゃん!?え、なんで!?」

「まぁまぁ、うーちゃん落ち着いて」

 状況が把握できず戸惑う私に、魅春が声をかけてきた。ついでに、姉と同じ“本日の主役”の襷をかけられる。

「さ!サプライズも成功したところで!パーティー始めちゃいましょう!」

 極め付けは後輩ちゃんの快活な宣言だ。

 サプライズ?パーティー?

 その場にへたり込んだ私を、ノリノリでクラッカーを構えていたお母さんが起こしてくれた。

「さぁ、もう準備はできてるわよ」

「わけわかんない……」

 それからリビングで、楽しい楽しい誕生日パーティーが始まった。

                 ◇

 住吉先輩が私に持たせてくれたのは、先輩の手作りケーキだった。今はそれと、お母さんの手料理がテーブルに並んでいる。

 部屋の装飾は後輩ちゃんが手がけたらしい。私とういかが揃ってかけている襷みたいな愉快な色に、部屋は染められていた。

 初めこそ戸惑っていたういかだったが、みんなが作ってくれる暖かい空気のお陰で表情も緩んでいった。

 余裕を完全に取り戻したういかは、やがて留守番電話の話題を挙げた。同時に私も、ういかに対して電話が繋がらなかった事について言及した。


 お互いの話をまとめると。

 私たち姉妹は、小さな偶然やら小さないたずら、小さな気づかいに小さな嘘と──そういう色んな、小さな事情に翻弄されていたのだという事に気づいた。

 事の始まりは、私がかけた電話だったらしい。

 外出していた私は19時39分、妹に電話をかけた。一昨日の喧嘩について謝りたいと思ったからだ。

 けれど電話は繋がらなかった。

 理由は単純だった。妹は私に黙ってバイトをしていたらしい。仕事中だったから、出られなかったのだ。

 普段電話には必ず出る妹と、心配性の姉による杞憂が原因。

「……で、非通知の電話はお母さんだったと」

「ごめんね。驚かせ過ぎちゃった?」

 おもちゃの変声期を通して何やら呟いている母親に向かって、私達姉妹はクラッカーのもじゃもじゃを思い切り投げつける。

 どうやらサプライズパーティーを開催する上で、気分を盛り上げてくれようとしてくれていただけらしい。

 お母さんは19時47分──私達姉妹に、ほんのいたずらのつもりで電話をかけた。

 ………私だって、普段だったらあんなおもちゃの声に驚いたりしない。ちゃち過ぎるし……。

 これに関しては、状況とタイミングが悪かった。と言うほかないだろう。


 
この話を聞いて、魅春がポンと手を打った。

「あぁそういう事。それであーちゃんはあんな青い顔してたんだ」

 パーティーの買い出しの帰りに、魅春は公園付近で私を見つけたという。

 しかし、クラッカーなどのパーティーグッズを持っていた魅春は、サプライズパーティーの存在を隠し通す為に、私の様子を影から観察していたらしい。



 それから後輩ちゃんは、帰りが遅い姉妹むすめを心配したお母さんに頼まれて、私たちに二人に電話をしたという。“早めに帰ってこい”という旨を伝えるために。



 20時30分の電話が繋がらなかったのは、私とういかが同時に電話をかけたから。

 このようなアクシデントが起こってしまった事に、無理やり理由をつけるとするならば。

 ────双子だから。

 とかになるのだろうか。

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