不在着信 20:10 住吉先輩

『誕生日おめでとう』





 ぶつっ……。


「……え?それだけ?」


 それだけ。

 “大切なこと”とは、“誕生日おめでとう”という言葉。

 それだけだった。

 そんなこと、今はどうでもいいのに!!


                 ◇

 走る途中、誰ともすれ違う事はなかった。街は怖いくらいに静かだ。

 結局私は誰にも会わず、〈雨漏り〉に到着した。

「すみません!」

「いらっしゃい。お、愛花じゃないか」

 薄暗い店内は閑散としていた。たった一人、レジ横にある椅子に座った住吉先輩が、焦った様子の私を見て目を丸くしている。「どうしたんだ?」と問いかけてくる先輩に、私は詰め寄った。

「先輩、助けてください」

 そして今おかれている状況について、私はそのすべて先輩に話した。相談した。

 住吉先輩なら、助けになってくれるはずだ。

 しかし──、


「ふっ──」


 私が示すスマホの画面を見ながら、先輩は笑った。穏やかに笑った。


「繋がらない電話、公園で感じた視線、非通知のメッセージ。……うん、なかなか面白い状況だな」

「面白くないですよ!」


 私が狼狽えると、住吉先輩は苦笑する。


「すまない。面白い……ではないな。微笑ましい、といったところか」

「言い直したところで、全然この状況には当てはまってないと思いますけど」

「いいや、当てはまっているよ。私は一応、魅春から事情を全て聞かされているからな」

「事情……?」

「ああ、事情だ」

「なんですか、それ?」

「詳しくは話せない」

「どうして」


 先輩は、私の頭を優しく撫でた。


「でも、これだけは教えてやれる。この状況は、決して悪いものではないよ。むしろ幸せな──、ハッピーなものだ」

「はい……?それ、どういう意味なんですか?」


 全く、なにもわからない。先輩の言っていることの意味が、なに一つ。

 私の問いに答えず、先輩は黙って店の奥へと消えていった。

 暫くして戻ってくると、私に小さな紙袋を手渡してくれる。

「愛花。これを持っていってくれ」

「これは……?」

「ケーキだ」

「ケーキ?え、どうしてですか」

「どうしてって、」


 住吉先輩は、またも微笑んだ。


「誕生日だろう?お前の──、の」


 そして独り言のように言った。


「あいつに、おめでとうと言いそびれてしまったな……。あとで電話でもしておくか」


                 ◇

 私は走り続けた。家までの道のりを、ただひたすらに走った。

「もう意味わかんないっ!!!」

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