不在着信 19:39 お姉ちゃん
『あ────。えっと……………ごめん』
それだけだった。
19時39分の不在着信。その留守電メッセージには、姉のか細い声で、ただそれだけが吹き込まれていた。
「どういう意味……?」
普通に考えれば、一昨日の喧嘩について言っているのだと分かる。
ただ、私の思考は既に普通から少し逸脱していた。
5件も連続した不在着信。
落ちていた姉のキーホルダー。
さっき姉にかけた電話は繋がらなかった。
この状況下において、楽観はできそうにない。
私の知らない場所で何かが起こっているかもしれないという不安は、一昨日から抱えていた私の懊悩を容易く塗り潰した。
喧嘩なんて、本当に些細なものだ。
姉への誕生日プレゼントを買うために密かに始めたアルバイト──それが原因。
心配性な姉は一昨日、私がこのところ毎日黙って家を数時間空けている事について言及してきた。
でも私は「お姉ちゃんへのプレゼントを買うためにバイトをしてるから」とは素直に言えず(というかサプライズにするつもりなのだから言わず)、姉に対して「お姉ちゃんには関係ないじゃん」と、その場しのぎにしては少々辛辣な言葉を返してしまった。
それから昨日は丸一日口を利かず、今日に至る。
これが姉妹喧嘩の概要。たったそれだけ。
ただもしも一昨日の喧嘩が遠因でよくない事が起こっている、或いは起ころうとしているのなら、私の心境が穏やかでいられるはずもない。
姉が吹き込んだ短すぎるまでのメッセージ。その言葉の裏に潜む色んな意味を推測しようと、私の思考は躍起になっていた。
◇
帰路の途中、小さな公園の側を通る。日中は小さな子供達が遊具の周りではしゃぎまわっていて賑やかだが、5時を告げる鐘の音が鳴ってかなりの時間が経過した今となっては、がらんと抜け殻のような印象を受ける場所だ。
その変わり様は私の不安を掻き立てるのには十分で、不安を筆頭とする負の感情が無際限に膨らんでいく。
さっき電話、どうして繋がらなかったんだろう。
悶々とする思考が答えを導き出す事はないが、疑問はまずその一点に収束していた。
出なかったのか、それとも出られなかったのか。せめてそれがわかるだけでもいい。
前者ならば、きっとまだ私に腹を立てているんだろうと納得できる。その場合は、先程雑貨屋で買った誕生日プレゼントを渡して、誠心誠意謝ろう。
でももしも後者だったら。その理由に私は到底辿り着けそうにない。可能性を考えればキリがないのだ。なんでもない理由から、想像するのも悍ましい理由まで、私の思考は熱暴走を起こすまで止まらないだろう。
公園内にある街灯は全てを照らし出してはくれない。ほとんどが闇で、その全貌は掴めないまま。
夜の公園が怖く感じる理由がなんとなく理解できた気がする。要は“わからない”からだ。その姿が見えないから、いくらでも嫌な妄想を当てはめる事が出来てしまう。
遠くからそこに目を凝らすだけの私は、だからこんなにも悩んでいるのだ。
と、その時、暗闇の奥から視線を感じた……気がした。神経が過敏になっているのかもしれない。怖い映画を観た後に、なんでもない布切れが幽霊に見えたりするように、先入観は認知さえも狂わせる。
冷静になれ。
すると、急にコール音が鳴った。着信だ。
もしかしたら、折り返しで電話をくれたのかもしれない。
そんな淡い希望に縋るように、私はスマホの画面をチェックした。
しかし────、
「非通知……?」
相手を報せる画面には非通知の文字。
通話の開始ボタンを押すのに当然逡巡する。
しかしコール音は続く。続く。続く。
私は意を決して、電話に出た。
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