24 憑依現象は突然に【越川圭介×ダンゴロウ】
『先週の種まきもばっちり見てたわよ。芽が出たみんなは元気そうだし、地上に顔を覗かせてなくても、根が伸びてる子もいるわ。ただ、さすがに日照り続きで土が中の方まで乾いちゃってるせいで、上手く芽を伸ばせなくなっちゃった子もいるの。今日は種をまいた畝にたっぷり水をあげていってね』
さすがはトマトの精霊、トマティーヌ。
地中に潜っている種の状態まで把握している彼女の助言に従うため、香菜が苺子を連れて水場へと向かった。
残った那須田が、無駄に整えた眉をしかめてトマティーヌを睨みつける。
「アンタが出てきたのはどーせ越川センセにちょっかいを出すためなんでしょ。そうは問屋が卸したって、アタシが卸さないんだからっ」
『あら、あなた、先週は随分と男らしかったのに、今日はまたそのガタイに似合わないキャラに戻っちゃったのね。今日ゴンちゃんは川の向こうの田んぼまで見に行ってるみたいだから、呼んできてあげましょうか?』
「アンタ、権田原正和を知ってんの!?」
『ええ、もちろん知ってるわよ。私がこの場所に植えられてすぐに見回りに来てくれたのがゴンちゃんだったの。精霊と幽霊っていう違いがあっても、彼の野菜や田畑に対する愛情の深さに感動して、私達はすぐに仲良くなったのよ』
「じゃあ、何で権田原がよりによってアタシに憑いたのかも知ってるの? どうしてアタシ達のグループだけに、憑依なんてオカルト現象が起きるのよ!?」
『それは────』
「那須田さん、根木さん、お待たせしました!」
トマティーヌが口を開きかけたところで、納屋から道具を揃えてきた越川が歩み寄ってきた。
『きゃーんっ!! コッシー! 会いたかったわあっ♡』
根木の口から出た甲高い歓喜の声に一瞬怯んだ越川だが、状況をすぐに把握した様子でにこやかな笑みを浮かべた。
「その喋り方は、もしやトマティーヌさんですか? あなたがいてくれると心強いです! 今日は落花生の種まきの予定で……」
トマティーヌに駆け寄る越川。
しかし、ミニトマトの畝の横を通りかかった瞬間、「うっ」と小さな呻き声を漏らし、その場にうずくまってしまった。
『コッシー!?』
「ちょ、越川センセ!?」
慌てて駆け寄ったトマティーヌと那須田が、身を屈めて越川の表情をうかがう。
「なんだか様子がおかしいわね……」
那須田が首をひねった。
それもそのはず、越川はその場にうずくまったまま、畝に敷かれたひからびた雑草を突然ちぎり始めたのだ。
「お水持ってきました!……って、皆さんどうかしたんですか?」
ジョウロを抱えた香菜と苺子が戻ってきたが、蹲る越川とそれを見下ろす那須田と
「それが、越川センセの様子が急におかしくなっちゃって……」
「越川さんが? 越川さん、大丈夫ですか!?」
慌てた香菜が越川の肩を叩くが、彼は反応することなく、ひたすら草を細かくちぎっている。
そんな姿を見下ろしながら、トマティーヌが「はあっ」と大きなため息をついた。
『根木颯太郎の体を借りて、せっかくコッシーとイチャつこうと思ってたのに……彼、“ダンゴロウ” に憑かれちゃったみたいね』
「「「ダンゴロウッ!!?」」」
トマティーヌの発言に、那須田と香菜、苺子の三人に衝撃が走った。
「まっ、まさか、今度は越川センセが犠牲者に……!?」
「トマティーヌ、ダンゴロウっていうのは一体何者なの!?」
『ダンゴロウは、この菜園にいるダンゴムシ達の親分よ。ダンゴムシの寿命は三年から五年って言われてるけど、ダンゴロウは九年生きてる巨大ダンゴムシなの。あと一年生きながらえれば、ダンゴムシ界初の精霊になれるんじゃないかって言われてるのよ』
「ダンゴムシの親分が、越川サンに憑依したってことですかぁ?」
「でも、ダンゴロウは精霊でも幽霊でもない、生きてるダンゴムシなんですよね!? それが人間に憑依するなんてことはあるの?」
香菜の質問に、トマティーヌは虚空を見つめ、しばらくして再び口を開いた。
『私の推測だけれど……。九年もの歳月を生きながらえたダンゴロウは、ダンゴムシを超えた存在として、大地のパワーとの共鳴を大きくし始めているんだと思う。精霊ほどの共鳴力はないものの、大地のパワーが強い場所にダンゴロウがいる時に、たまたま彼と生命エネルギーの波長が合う
「大地のパワーが強い場所って?」
『私の宿るトマトの苗を中心として、半径三メートルくらいのエリアよ。精霊である私が大地に根を張ったことで、その場所に大地のエネルギーが集まりやすくなってるの』
トマティーヌの説明に、理解の早い香菜と那須田は青ざめた顔を見合わせた。
「それって、トマティーヌの苗の半径三メートル内で霊的な存在と波長の合う人間が居合わせたら、憑依現象が起こるってことですか!?」
「しかも、憑依されるのは毎回誰か一人って決まってるわけじゃないのね。実際今も根木チャンと越川センセが憑依されちゃってるわけだし、最悪の場合、もっと多くのメンバーが同時に憑依される可能性もあるのよね」
二人は改めてトマティーヌの苗の周辺を見渡した。
半径三メートルというと、ミニトマトの畝はもちろんのこと、ナスや落花生、ピーマン、スイカ、オクラの畝も範囲に入っている。
また、一番奥のトウモロコシの畝に行く際にも、そのエリアを避けては通れない。
「私や苺子ちゃんも、いつ憑依されてもおかしくないってことね……」
香菜の背筋がぞくりとした。
苺子の方を見ると、黙々と草をちぎる越川の隣にしゃがみこみ、面白そうにその仕草を真似している。
「苺子ちゃん、すぐにそこから離れて! あなたも憑依されちゃうかもしれないわ!」
トマティーヌの苗の傍にいる苺子に、香菜が慌てて声をかけた。
「えぇ? センパイ、何か言いましたぁ?」
草をちぎっていた苺子が立ち上がった瞬間──
彼女の体がぐらりと揺れた。
辛うじて体勢を整えた苺子。
しかし、顔を上げたその表情にいつもの無邪気さはなく、困惑した様子で辺りを見回すと、大人びた口調でこう呟いたのだった。
『ここは……野菜畑? 私、夢を見ているのかしら』
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