23 発芽や着果を確認するとテンションが上がります【根木颯太郎×トマティーヌ】
「いやぁっ! こんなのありえないわっ! アタシがこんなにムサいしゃべり方して、しかも脳内お花畑娘のことを “ いっちゃん” って呼んで仲良くしてるなんてっっっ!!」
種まき作業を終え、社用車に乗り込んだところで意識を取り戻した那須田は、根木のボイスレコーダーに記録されていた自分の声を聞くと、金切り声を上げて取り乱した。
「那須田さんがこの事実に拒否反応を示す気持ち、俺にはよーくわかります。こんな那須田さんを見た以上、俺も先週の自分に起こっていた現象を受け入れざるをえない状況に追い込まれてますから」
ハンドルを握る根木が大きなため息をついてからそう答える。
「那須田サンが信じるかどうかなんてどぉでもいぃんで、ゴンちゃんにその体を返してあげてくださいよぉ」
「馬鹿も休み休み言いなさいよっ! この筋肉美を誇る肉体は、紛れもなくアタシのものなんだからっ!」
ついさっきまで仲良くテントウムシを探し、モンシロチョウを追いかけていたとは思えない苺子と那須田。
二人の声を背後に聞きつつ助手席でスマホをいじっていた香菜が「あった!」と声をあげた。
「三年前の豪雨災害のニュースを検索してみたら、権田原さんの名前が見つかったわ。確かに、彼は増水した用水路に転落して亡くなったみたい」
「権田原正和は、やっぱり実在の人物だったんだな」
根木が観念したように呟くと、小さく頷いた香菜が紅縁メガネの端をついっと上げた。
「先週は根木君がトマトの精霊に、今日は那須田さんが幽霊に憑依された。あの畑には、憑依というオカルト現象を引き起こす何かがあるのかもしれないわね」
「ってことは、あたしや香菜センパイも、何かに憑依されるかもしれないってことですかぁ?」
「その可能性は大いにあり得るわね。他の区画で作業している別のグループにも同様の現象が起きていないか、聞き取り調査する必要があるわね」
「他のグループからも同じような話が出るようなら、神崎社長に直訴して菜園の借り上げを中止するか、場所を変更してもらうべきだな」
「そうね。アタシもジジイに憑依されるなんてまっぴらごめんだもの。このボイレコを証拠に出して、菜園の変更を求めましょ」
「えー、あたしは親友のゴンちゃんにまた会いたいんですけどぉ」
珍しく意見の一致した農作業Bグループ(苺子を除く)だったが、週明けに別の農作業グループの面々に聞き取り調査を行ったところ、Bグループのようなオカルト現象に遭遇したという証言はどこからも得られなかった。
根木が証拠として提出したボイスレコーダーの音声データも、多忙な神崎社長が内容を確認することはなく、代わりに聞いたという総務部長からは「こんな茶番を仕込むほど研修が嫌なのか」と四人で説教をくらう羽目になったのだった。
*
そんなこんなで、結局次の金曜日も、ゼアズ・ア・ファームに渋々向かうことになった四人。
今日も前触れもなく誰かが何かに憑依されるかもしれないと思うと、行きの車内にどんよりと重い空気が漂う。
そんな四人を待っていたのは、オカルト現象もどこ吹く風といった越川のいつも通りの穏やかな笑顔であった。
「こんにちは! ……って、皆さんお疲れの様子ですね。そんな時こそ、野菜や土に触れることでリフレッシュしていきましょう! ほら、見てください」
越川が、先週種まきをしたスイカの畝へ向かうと、満面の笑みを四人に向けた。
「先週まいた種から芽が出てきましたよ! ぜひ他の畝も見てみてください」
その言葉に、四人も畑に入って種まきした場所をのぞいてみる。
「わぁっ! トウモロコシと枝豆も芽が出てきてますぅ!」
「オクラは全部じゃないけど、半分くらい芽が出てきてるわ!」
「バジルも双葉が出てきてます! ……あっ!」
バジルの混植相手であるミニトマトに目を向けた根木が声を上げた。
「ミニトマトに小さな実がついてる!」
それを聞いて、他の三人も目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「えっ、どこどこ!?」
「ほら、ここ」
「こないだ咲いていた一番花に実がついたのね」
「その実の先にも花が咲いてますねぇ」
「上の段のついた花も咲いているわ。苺子ちゃん、トマティーヌに教わったとおり、優しくトントンって揺らしてね」
香菜のアドバイスを受けた苺子が人差し指を出して、黄色い小さな花びらをちょんちょんと揺らす。
何の気なしにその光景を見ていた根木だったが——
その時は訪れた。
『そうそう、その調子よ。あなたもやればできるじゃない』
突然女言葉になった根木に、皆の視線が集まる。
「もしかして……トマティーヌ!?」
『もしかしなくても私よ。一番花の実がついたのが嬉しくて、思わず出てきちゃった♡』
テヘペロッと小さく舌を出し、根木、もといトマティーヌが茶目っ気を見せる。
今日の犠牲者は根木であったか、と、那須田と香菜、苺子の三人は、はるか彼方に意識を飛ばした根木に同情した。
と同時に、自分が憑依を免れたことに、心から安堵したのであった。
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