22 野菜の個性を踏まえた種まきをしよう【那須田与一×権田原正和】
「では講義の続きを行います。大豆、つまり枝豆の種のまき方ですが、こちらは競い合った方が育ちが良くなりますので、一つの穴に三粒をまとめてまきます」
「大豆って、おへそがありますよね? その向きは気にした方がいいんでしょうか?」
越川同様に講義モードに速やかに戻った香菜が手を上げて質問すると、 苺子とテントウムシ探しに興じていた権田原がすかさず答えた。
「大豆もそのへそから根っこが出てくるが、まく種の数も多いし、いちいち気にしなくても大丈夫だよ。生長を揃えたけりゃ、間引きである程度調整できるしな」
「なるほど」
「昔から農家では大豆を田んぼの
「権田原さんの仰るとおり、枝豆は畦のような場所でもよく育つんです。今回はトウモロコシとの混植にするので、枝豆は畝肩に30センチ間隔で種をまいていきましょう」
「ゴンちゃんっ! テントウムシがアブラムシを食べてますよぉー!」
講義の輪に入っていた権田原を苺子が呼びつける。
そんな脳天気な彼女を窘めるかと思いきや、権田原は「わかった! 今行く!」といそいそと苺子の元へ駆けつけ、二人でしゃがみ込んでテントウムシの捕食を熱心に観察している。
その光景を見るにつけ、根木の中でも権田原と那須田が全くの別人であることを認めざるを得なくなっていた。
そんな二人をニコニコと見届けた越川が次に見せたのはトウモロコシの種だった。
「へえ……。トウモロコシの粒って、乾燥させると随分しわしわになるんですね」
率直な感想を述べる根木。
「トウモロコシの種にも向きがあって、根が出てくるのは尖ってる方、つまり芯にくっついていた部分なんです」
「でも、こんなにしわくちゃになってると、どこが尖ってる部分なのかわかりませんね」
「そうなんですよ。ですから今日は二日ほど吸水させて僅かに発根してきた種を用意してあります。それをまけば向きがそろいますし、向きをそろえれば発芽もその後の成長も揃いやすくなります。こちらの乾燥した種は、来週にまく分として確保してあるものです」
越川の説明に、根木と香菜は首を傾げた。
同じ作物ならば、一度に種をまいた方が成長が揃っていいのではないか。
日にちをずらして種をまく理由は何なのだろう。
二人の表情に現れた疑問を汲んで、越川が説明を続けた。
「トウモロコシの播種をずらして行うのは、実は彼らの受粉のタイミングに関係するんです。トウモロコシには株のてっぺんに出てくる
「種まき一つとっても、野菜ごとにポイントは様々なんですね」
そうコメントしながら律儀にメモを取る香菜だが、越川の提供する情報量が多いため書くのが追いつかない。
焦ってペンを走らせる香菜に、根木が耳打ちした。
「全部書ききらなくても大丈夫。今日は会社からボイスレコーダー持ってきてるから、後で尾倉さんに音声データ渡すよ」
根木が今日ボイレコを借りてきたのは、元々は自分の様子がおかしくなった時、検証材料として音声データが使えると思ったからだった。
しかし、懸命にメモを取る香菜を隣で見ていて、彼女のためにも役に立つのではないかと考えたのだ。
仕事面での協力的な態度をアピールできるという下心を滲ませて伝えたのだが、てっきり感謝してくれると思っていた香菜のメガネの奥の視線は冷ややかだ。
「根木君、もしかして大学の講義もボイレコ使ってたクチ? その場でメモを取るから真剣に話を聞くし、浮かんだ疑問をその場で質問できるんじゃない。アナログと言われようが、これが私のやり方だから音声データなんか要らないわ」
「な……なんだよ、その言い方。尾倉さんがアリとキリギリスのアリで、俺がキリギリスだとでも言うの? 文明の利器を上手く使えば、仕事の効率も上がるだろ?」
「効率重視の根木君から見れば、私の仕事のやり方はさぞ要領悪く見えるでしょうね」
「そうは言ってないだろ!? 俺は尾倉さんの残業が多いのを心配して、少しでも負担が軽くなればって──」
「なんで私の残業時間を根木君に心配されなきゃいけないの? 心配してくれるんなら、音声データの提供よりもミーティングでのいちゃもんを減らしてほしいわ」
「いちゃもんって何だよ! あれは営業部門としての立場から、売れるセミナーにするための提案や修正要求をしてるだけだろ!? どうしてそうひねくれた捉え方をするんだよ!」
「どうせ私はひねくれた面倒くさいアナログ女ですよ」
「ああそうだな。メガネを取った時はあんなに素直で可愛いのに」
「……えっ?」
カッとなって、可愛いと思っている本心を漏らしてしまった根木。
香菜がその言葉に反応したことでハッとして、かあっと顔が熱くなる。
そんな根木の表情に、香菜の顔まで赤く染まった。
「あの……、口論はそこまででよろしいでしょうか? 苺子さんと那須田さんはあんな状態ですし、種まき作業はお二方が頼りなので、そろそろ作業に移りたいんですが……」
「「あっ、す、すみませんっ!」」
遠慮がちに声をかけてきた越川に、二人はあたふたと謝罪して講習モードに切り替えた。
テントウムシ探しの次はモンシロチョウを捕まえ始めた苺子と権田原を尻目に、三人で黙々と種をまいていく。
「種をまいて土を被せたら、しっかりと鎮圧してください。尾倉さんは女性で身が軽いですから、足で踏んづけてもいいですよ」
「えっ? そんなに圧をかけて大丈夫なんですか?」
「ここのところ降雨量が少ないですし、種が吸水できるようにしないといけませんからね。鎮圧することで土壌中の水分が蒸発しにくくなりますし、毛細管現象というのが働いて、地中深くの水分が上がってきやすくなるんです」
越川のアドバイスで、香菜は畝の上を歩き、根木は長靴のかかとで踏み、種をまいた畝の表面をしっかり鎮圧する。
「さらに水分をキープするために、畝に敷いていた雑草を薄く被せておきましょう。大豆やトウモロコシは鳥の大好物ですから、草を被せることで種が食べられにくくもなるんです」
「なるほど、目隠しってことですね」
「それもありますが、人間が種をまいているところって、意外と鳥たちに見られているんですよ。目隠ししても、場所を覚えられて食べられてしまうことがあります。畝の上に広げていた雑草は乾燥してもつれあっていますから、鳥はそこで足を取られることを警戒します。干し草はいわば防鳥ネットの役割もするんです」
「へえ……。雑草の役割、また一つ勉強になりました」
こうして、本日の種まき作業は越川と根木、香菜の三人だけで終わらせた。
それでも予定時間内にきっちり終わったのと、権田原となった那須田と苺子を放置したことで、根木も香菜も疲労をあまり感じずにすんだのだった。
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