15 苗の植えつけ作業【根木颯太郎】

 平成から令和へ。

 時代をまたぐ十日間の超大型連休が明け、仕事の勘をようやく取り戻しつつある金曜日。

 香菜たちゼア・ズ・ア・ウェイ農作業Bチームは、半月ぶりに会社借り上げの菜園を訪れていた。


「天地返しと畝立てをし、堆肥を混ぜて半月が経ちました。気温や地温も上がり、土壌中の微生物の活動も盛んになっていると思いますので、今日はいよいよ野菜の苗を定植します。先日決めていただいた作付け計画を元に、本日定植する野菜を選んできました」


 四人の前に苗を並べた越川が、一番端の苗を持ち上げた。


「まずこちらがナスの苗です。ナスは養水分を多く必要とする野菜です。ですから、定植する畝は保水性を確保できるように低めにします。先日畝立てをした際に畝の高さを一律15センチにしてあるので、ナスの畝は表層を5センチほど削り、隣のトマトの畝に削った土をのせてください」


「その分トマトの畝が高くなりますけど、それでいいんですか?」


 根木の確認に越川が頷き、今度はミニトマトの苗を手に取る。


「トマトは同じナス科ですが、反対に乾燥を好むんです。土が乾きやすいよう、こちらは高めの畝にするのがいいんですよ」


「同じナス科と言っても、好む環境は随分違うんですね」


 今度は香菜が感心しきりといった様子で発言した。


「その違いは、実は原産地の気候によると言われているんです。ナスはインド東部が原産地。高温多湿の場所で生きていた野菜です。一方のトマトは南米のアンデス高原辺りが原産とされています。強い日差しが降り注ぐ乾燥した気候で育ってきた野菜ですから、日光が大好きで乾燥気味の土壌を好むんです。ちなみに、同じナス科のピーマンも中南米が原産ですが、こちらは両者の中間的な気候を好みますね。過湿も乾燥もあまり得意ではありませんので、畝の高さはそのままで大丈夫です」


 へえ、と声を漏らしながら、根木と香菜、そして那須田はナス科の三種類の苗をまじまじと見比べた。


 紫色の茎がいかにもなナス、葉っぱがギザギザしたトマト、アーモンド形の葉の緑が鮮やかで美しいピーマン。

 それぞれの苗に小さな花が一つ二つ咲いているが、ナスは紫、トマトは黄色、ピーマンは白と、色も形も異なる。

 これらの苗がどんな姿に育ち、どんな風に実をつけるのかと思いを馳せると、ワクワクした気持ちが自然と高まっていく。


「今日はさらにキュウリの苗も用意しました。同じウリ科のスイカは来週種まきをしていただく予定ですが、それはアフリカの砂漠原産のスイカが暑さに強く、夏の暑く乾燥した時期に甘く大きな実をつけることができるからです。一方のキュウリはヒマラヤ南山麓原産で、暑さはあまり得意ではありません。ですから、春先から保温しながら育苗し、暑さが本格化する前にできるだけ多くの実をつけてもらおうという目論見です」


 同じ科の野菜でも、生まれ育った故郷が違えば性格も随分と異なるらしい。


 畝の表面に敷いてあった雑草をどかし、鍬でナスの畝の表面を削って高さを調整し、削った土をトマトの畝に盛って形を整える。

 そこまでの作業が済んだ頃合いを見計らって、越川が納屋から2メートルほどもある棒を束にして運んできた。


「越川センセ、それは?」


「これはトマトの畝に立てる支柱です。トマトは背が高くなりますから、この支柱に茎を添わせ、折れないように誘引していくんです」


 支柱の束をトマトの畝の脇に置くと、そのうちの二本を手に持ち、越川が講義を再開した。


「支柱の立て方を説明します。それぞれの苗に一本ずつ、こうして垂直に立てる方法もありますが、これだと強風でトマトもろとも倒れる可能性があります。近年は夏場でも台風がいくつも襲来したりしますし、なるべく頑強にしたい。というわけで、こうして二本の支柱を斜めに刺し、上端に近い位置で交差させる “合掌式” に組みます」


 越川の指示で二人一組となり、一人が支柱を手で支えている間にもう一人が交差部分を麻紐で固定する。


 五十センチ間隔で五組の合掌式支柱を畝に立てると、交差部分に一本の支柱を横に渡して補強した。


「では、これから苗の植えつけ作業に入ります。今日定植する苗は全て株間50センチとします。畝の上に等間隔にポリポットを置いていってください」


 那須田がナス、根木がミニトマト、香菜がピーマン、苺子がキュウリの植えつけ担当となり、それぞれの畝に苗の入ったポリポットを置いていく。


「ポリポットを置いた箇所に、移植ゴテで穴を掘ります。ポリポットがすっぽり収まるくらいの大きさに掘ってくださいね」


 全員が一つ穴を掘ったところで、越川がナスの苗のポットを持ち上げた。


「苗をポリポットから出す際には、根を傷めないように丁寧に扱います。こうして苗の根元を人差し指と中指で挟んで、逆さまにひっくり返します。空いている方の手でポットの底をつまみながらそっと持ち上げて、苗を土ごと抜いてください」


 越川が逆さまにした苗から手際よくポリポットを外すと、根の回った土が形をほとんど崩すことなく姿を見せた。


「キュウリやナス、ピーマンは根になるべく多くの酸素を供給するために、ポットの土が畝より1センチほど高くなるくらいに浅く植えます。ポリポットの土と畝の土の間に隙間ができると根を伸ばせなくなりますから、苗の根元をしっかりと押さえて畝の土と密着させてください」


 越川が実際にナスの苗を植えつけながら説明する。

 那須田、香菜(そして恐らく苺子も)はその実演を見て学び、苗の植えつけを始めた。


 自分の担当するミニトマトは植え方が違うということなのだろうか。

 根木がポリポットを手にしたまま立っていると、越川が歩み寄ってきた。


「根木さんの担当するミニトマトは、“寝かせ植え” にしましょう」


「寝かせ植え? 苗を寝かせるんですか?」


「はい。実はトマトの本来の姿というのは地這いなんですよ。茎からも根を出しますから、寝かせて植えることで根の量が増えて生育が良くなるんです」


 越川に教わりながら、ポリポットから出した苗の下の方の葉を二~三節かき取り、畝に横たえる。

 根鉢が埋まるくらいの深さに横長の穴を掘り、上の方の葉が地表から出るよう、苗の下半分ほどを土に埋めてしっかりと手で鎮圧する。


「ええ~! ミニトマトはそんなに茎を埋めちゃうんですかぁ」


 キュウリの植えつけを担当しているはずの苺子が、根木の植えつけ作業を冷やかしに来た。


「トマトの場合は寝かせて植えた方が生育がいいんだってさ」


「へぇ~。あたしもやってみたい! 根木サンのお手伝いします♪」


「野田さんはキュウリの植えつけやるんじゃないの? 」


「せっかく根木サンと菜園に来てるんだから、一緒に作業したいですもんっ! キュウリの植えつけも後で一緒にやりましょうよ~」


 そう言って根木のすぐ隣にしゃがみ込んだ苺子が、穴に横たえた苗の上に土をのせ始めた。


 苺子がつけている甘ったるい香水が、根木の鼻腔を刺激する。

 場違いな誘惑に顔をしかめた根木だったが、突然眩暈めまいとともに強烈な睡魔が襲ってきて、意識が彼方へ吹き飛ばされるような感覚がした。


 そして────


『ああ……。これでようやく大地のパワーを思う存分吸収できる。今年はここが私のホームになるのね。ここに根を張る仲間のみんな、よろしくね!』


 すっくと立ち上がり菜園を見渡した根木は、両手を大きく広げて満面の笑みを見せた。

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