12 どんな野菜を育てよう? 【根木颯太郎】
「根木さん、体調がすぐれないようなら奥の座敷で横になりますか? 今布団を敷きますから」
「いえ、本当にもう大丈夫です。ご心配おかけしてすみませんでした」
別室に布団を用意するつもりだったのだろう、越川が心配そうな面持ちで座敷を出て行こうとするのを、根木は慌てて引き留めた。
(さっきのは一体なんだったんだ……)
他の四人がいくつかの苗を手に取りながら話をしている傍らで、根木は胡座をかいて考え込む。
先程急に襲ってきた倦怠感と悪寒はすぐに軽快したものの、その直前の記憶を手繰り寄せようとすると、頭の中に
そう、まるで昨晩見た夢を思い出そうとする時のように──
トマトが嫌いだという香菜に向かって、自分が何かを言ったことは記憶している。
しかも、なぜだか声を裏返して女言葉を使っていたような気がする。
けれども、どんなことを口走ったのかはまるで覚えていないし、なぜ女言葉を使ったのかもさっぱりわからない。
夢の中の自分が普段なら考えられないような突拍子もない言動をするように、あの時は自分ではない別の誰かが自分を動かしていた。
その後、夢から覚めて急に意識が鮮明になったと同時に、全身の力が抜けて気分が悪くなってしまった。
日差しが強いとはいえ、まだ四月でそこまで暑いわけではないし、普段からジム通いしている自分はそこまでヤワじゃないはずだ。
こんなことは初めてなのに、皆の前でとんだ醜態を見せてしまった。
先程の自分の言動を那須田や香菜にからかわれたら、どう言い訳しよう……。
そんなことを考えていた根木に、香菜が一枚の紙を差し出した。
「作付計画を立てる前に、まずはみんなが育ててみたい野菜を挙げてみようって話になったの。アンケート取るから、根木君が希望する野菜の横に自分の名前を書いてみて」
香菜から紙を受け取り、そこに書かれたリストを眺める。
越川の方で種苗を用意した夏野菜の品種が縦に並んで書かれており、その横に書き込まれた “オ” “ナ” “ノ” のカタカナ三文字が、尾倉、那須田、野田の各人の栽培希望の意志を表していた。
根木以外の三人が一致して栽培を希望しているのは、トウモロコシとエダマメ、それからスイカ。
「トウモロコシはそれほど手間のかかる野菜ではありませんが、無農薬栽培ではアワノメイガの幼虫による食害が大きなネックになります。被害を軽減させる手段がないこともありませんが、那須田さんの苦手なイモムシ系の幼虫に遭遇する可能性が高いことは覚悟してください。同じように、エダマメも虫による被害に遭いやすい作物ですが、こちらにつきやすいのはコガネムシやカメムシですね。また、スイカは弦が長く伸びますから、栽培に広い面積が必要になります。スイカを栽培するときには二つ分の畝を使う計画としてください」
越川の補足説明に頷きつつ、根木は考える。
虫はそれほど苦手ではないが、限られた面積の中で一つの作物に広いスペースを割くのは得策ではないだろう。
確かにスイカは魅力的な作物ではあるが、今回は見送るべきか……。
「ただし、オクラを栽培するのであれば、スイカの弦が伸びていくスペースにオクラの種をまくことができます。今のところ、オクラを希望している方は那須田さんと野田さんのお二人ですが、そういった組み合わせを考慮すればより多くの種類を育てることができますよ」
「でも」
と、香菜が差し挟む。
「オクラは収穫適期が短くて、私達みたいに週一ペースで畑に行くのでは厳しいんじゃないですか? 小さい頃、祖母が育てていたオクラの収穫を手伝ったことがありますけど、採り遅れるとあっという間に大きくなりすぎて、硬くて食べられなくなってました」
「確かに、オクラは開花から四~五日経った長さ七~八センチの実が収穫適期です。スーパーなどでよく目にする角張ったオクラは採り遅れると実が硬くなってしまいますが、島オクラと呼ばれる断面の丸いオクラであれば、多少採り遅れて十五センチくらいまで大きくなっても美味しく食べられます。また、株を密植気味に育てると生育がゆっくりになるので、実が大きくなりすぎる前に採りやすくなりますよ」
「へえ……。それならスイカを栽培するのもありかもな」
根木がスイカとオクラの横に “ネ” の字を書き込むと、ついと香菜が体を乗り出し、根木の横から紙を覗き込んだ。
「それならやっぱり私もオクラ希望するから、横に “オ” って書き足してもらえる?」
「あ、ああ」
髪をアップにした香菜のうなじが、すぐ眼下にくる。
紙面を見ようとしているのに、目線はそこに縫い止められたかのように動かせなくなり、一気に上がった体温を気取られまいと、根木は思わず身じろぎした。
「根木サンは他にどんな野菜を希望してるんですかぁ?」
普段は天然ぽく振る舞っている割にこういう雰囲気には妙に
右側から紙を覗き込む香菜と、胡座をかいた根木の左膝にさりげなく手を置く苺子。
「ちょ、二人ともそんなに覗き込んできたら、俺が見えないんだけど」
動揺した根木は慌てて後ずさり、紙面の野菜リストに意識を集中するべく居住まいを正した。
トウモロコシ、エダマメ、スイカ、オクラに続き、先ほど話していたミニトマトとバジルの混植コンビにも “ネ” の字を書き込む。
さて、その次の野菜は──
「ゴーヤか……」
「ゴーヤやキュウリはスイカと同じウリ科ですが、ネットを使ってツルを垂直に這わせるのでスペースは一畝で足りますよ。カボチャはスイカと同じく横に這うツルなので、やはり二畝分使います」
「ゴーヤはおばあちゃんも作ってて、毎年沢山採れてたなぁ。食べきれなくて、ご近所にお裾分けしてたくらい」
「ゴーヤはチャンプルー以外にも、佃煮にしたり、スパムと一緒にかき揚げにしても美味しいのよね」
「ゴーヤは苦くてあたしは嫌いですぅ」
ゴーヤの栽培を希望しているのは、香菜と那須田の二人だ。
根木はゴーヤが苦手ではないが、やはりその名が自社の社長、神崎剛也を連想させる。
神崎社長には勿論敬意を抱いているけれど、香菜がゴーヤの栽培を希望しているのは何だか面白くない。
ゴーヤとカボチャはスルーして、ピーマンと落花生の混植、ナス、キュウリに希望の意を書き込むと、根木は座卓の上にその紙を差し出した。
「なるほど。全員ご希望なのがトウモロコシ、エダマメ、スイカとオクラの混植。四人中三人がご希望なのがトマトとバジルの混植に、ピーマンと落花生の混植、それからナスとキュウリとサツマイモです。これでちょうど九つの畝を使いますから、決定ということでいいでしょうか?」
越川が多数決で上位にある野菜の名を丸で囲いながらまとめていく。
異論がないことを確認し、
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