11 少量多品目栽培とコンパニオンプランツ 【根木颯太郎×〇〇】
越川が積極的に取り入れている、日本の農家の昔ながらの暮らし方。
それこそがパーマカルチャーの一つのモデルであり、個人が各々の生活に持続可能な生産活動を取り入れていく上でのヒントになる。
目から鱗が落ちるような思いを抱きつつ、香菜達は越川に
居住地と耕作地の境界には納屋がある以外に塀や垣根などの仕切りはなく、生活と農業が一体となっていることが改めて窺える。
納屋の軒下にはカラフルなポリポットが並べられ、何種類もの野菜の苗たちがぴんとした葉を空へ向けて伸ばしていた。
「ここにあるのは、トマト、ナス、ピーマン、パプリカといったナス科の野菜や、カボチャ、キュウリ、ゴーヤ、ズッキーニ、スイカなどのウリ科の苗、それとアオイ科のオクラの苗です。これらの野菜は夏の収穫に間に合うように、春先から僕が種をまいて
「何を育てようか迷いますね!」
「皆さんには九つの畝を立てていただきましたね。基本的には一つの畝で一種類の野菜を育てることになります」
「例えば九つの畝ぜーんぶ使ってトウモロコシだけを育てるってのもアリなのかしら?」
「プロの農家さんのように一種類を沢山育てるのももちろんアリですが、パーマカルチャーの実践の一つとして野菜づくりをするのならやはり少量多品目栽培がいいでしょう。多品目を少量ずつ栽培することにはメリットが沢山あります。収穫時期が野菜ごとにずれるので、長期に渡り収穫の喜びを味わえますし、極端な気候や病虫害による収穫物のダメージを分散するというリスクヘッジの側面もあります。そして、様々な種類の野菜を育てることは様々な種類の野草が生えている自然環境により近づけることができ、無農薬で育てるために必要不可欠な畑の生態系のバランスを整えることにつながるんです」
「なるほど。じゃあ自分達が育てる野菜を九種類選べばいいんですね?」
「そうですね。あとは、コンパニオンプランツと言って、一緒に植えることでお互いの生育を助けたり、病虫害を防いだりする効果のある野菜の組み合わせがあるんです。それを利用すれば九種類以上の野菜を育てることができますよ。皆さんにこうして様々な種類の苗をお見せしたのは、育てる野菜のイメージをより具体的にした上で作付計画を立ててもらうためです。実際に苗を触ったり、匂いをかいだりして、触れ合ってみてください」
越川に促され、四人は苗の前にしゃがみ込んだ。
小さな苗達は鮮やかな緑の葉を広げ、太陽の光を受けてのびのびと育っている。
「わぁー、なんかかわいーですねぇ」
「越川さんがたっぷり愛情をかけて育てているのが、苗の様子からも伝わってくるわよね」
苺子と並んで苗を眺めていた香菜が、目の前のポットを一つ手に取った。
「このギザギザの葉っぱは何の苗ですか? こうして顔を近づけると、ハーブみたいな独特の香りがします」
「それはトマトですね。ここには大玉、中玉、ミニトマトの苗があって、僕は今年十種類のトマトを栽培する予定なんです」
「十種類!? トマトにそんなに沢山の品種があるんですか?」
「トマトは特に人気と需要の高い野菜ですから、非常に多くの品種が開発されてますし、実の色も赤や黄、オレンジ、紫などバリエーションに富んでいるんですよ」
「そう言えば、デパートで “トマトの宝石箱” って売られてるのを見たことあるわ! 彩りが良くてオシャレで、ギフトにぴったりだって思ったのよ」
「那須田さん、デパートの食品売り場なんて行くんすか?」
「あったりまえじゃない! こう見えて、アタシは美食家なのよ。料理も好きだから、自分で育てた野菜を食材にできるのが今からすっごく楽しみなの。何なら根木チャンと越川センセにも自慢の手料理を振る舞ってあげましょうか? あっ、尾倉ちゃんと花畑娘はダメよ! オンナには鍋にへばりついたカスだってあげないんだからっ」
「まあ、収穫物さえ均等に分けてもらえれば、那須田さんの手料理を食べられなくても別にいいですけど……」
女性陣から冷ややかな視線を注がれているにもかかわらず、一人ではしゃぐ那須田。
そんな
「様々な種類のあるトマトですが、栽培の難度としてはミニトマトがおすすめです。大玉だと露地栽培では裂果しやすいですし、実をつけることによる株の負担が大きい分、管理にコツがいりますから」
「トマトだと、さっきセンセが言ってたコンパニオンプランツとしてはどんな野菜があるのかしら?」
「苗を植え付ける時に根が絡み合うようにネギを一緒に植えると、トマトの
「それって自分が育てた食材でカプレーゼとかパスタとかマルゲリータが作れるってことよね! テンション上がるわぁ!」
「わぁ、おいしそーですねぇ!」
「言っとくけど、アンタにはミニトマトのヘタ一つだって食べさせないわよっ」
「ミニトマトだけでも品種が沢山あるなら、何種類か育てて食べ比べるのも面白いな」
「あ、あの……っ」
手持ちのメモ帳に、栽培第一候補として “ミニトマトとバジル” と書き留めようとした根木の横で、苗を地面に置いた香菜が細く声をあげた。
バツの悪そうな顔で立ち上がり、ずれた紅縁メガネをついっと上げる。
「実は私、野菜の中でトマトだけは苦手なの。特にミニトマトは、以前旅行した香港で子豚の丸焼きの目に真っ赤なミニトマトが嵌め込まれているのを見て以来、目にするのもダメで……」
「えぇっ!? 香菜センパイにそんな弱点があるんですかぁ?」
「見た目もダメって、それじゃあ栽培するのも嫌ってこと!?」
「苦手だけど、皆さんが育てたいんなら私一人で反対するわけにもいきませんし、トマトの手入れを免除してもらえれば、ひと畝くらいなら──」
『ちょっとあなた、トマトが苦手だなんて失礼しちゃうわね!』
突然割り込んできた奇妙な声に、ガチムチオネエの那須田が驚いて振り返った。
「え……っ!? 根木チャン??」
『トマトはね、種苗会社が毎年発表している “好きな野菜” ランキングで、大人も子どもも五年連続一位を記録している超人気野菜なのよ! 味だけじゃなくて栄養面でもリコピンが注目されてるし、まさに野菜界のアイドルなの!』
「ね、根木君……?」
脳天から出てくるような裏声で力説し出した根木の迫力に、普段は真っ向から言い返す香菜もたじろいでしまう。
『大地のパワーさえ得られれば、 精霊の力が最大限に発揮できる。その時にはあなたをトマトの虜にしてあげるから、覚悟しなさいっ』
香菜をビシッと指差し、眦を吊り上げてそう言い切った根木だったが、その直後に全身の力を抜き取られたかのように急にその場にへたり込んだ。
「ちょ、根木君、大丈夫!?」
「……なんか、気分悪い……」
「尾倉チャンにトマトを全否定されたからって、ムキになりすぎて頭の血管でも切れたんじゃないの? 」
「根木サンまでオネエ言葉になっちゃうなんてやだぁー!」
「アンタはさり気なくアタシを全否定したわねコノヤロー」
「今日は四月の割に気温が高くて日差しもきついですからね。根木さんの体調も思わしくないようですし、座敷に戻って作付計画を立てましょう」
越川が根木を気遣い、種類の異なるいくつかの苗をトレイにのせてから立ち上がった。
根木の様子が突然おかしくなったのはなぜだろう?
確かに彼は、香菜の発言によく挑発的に絡んでくるけれど、先程の絡み方はいつもまったく雰囲気が違った。
体調不良という理由だけでは片付けられないような気がするが……。
そんな風に疑問を抱いたのは香菜だけのようで、当の根木は那須田の太い腕に抱えられるようにしてフラフラと戻っていく。
もう一度首を傾げた香菜だったが、皆の背中を追うように、ひんやりとほの暗い古民家の中へと入っていった。
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