10 “越川流” パーマカルチャー【越川圭介】
「パーマカルチャーというのは、現代のテクノロジーによる恩恵を拒むとか、完全な自給自足を目指すとか、そんなガチガチの意気込みで取り組む必要はないと僕は考えています。あくまでも “持続可能であること” が大切なのですから、どんなことなら続けていけるのか、それは個人の性格や生活環境などで異なると思うんですよね」
そう言いながら越川が案内してくれた古民家での彼の暮らしぶりは、パーマカルチャーセミナーを具体的に企画する香菜にとって、非常に興味深いものであった。
水田で米も作っているという越川は、脱穀から精米までの過程を機械で行っている。
「さすがにここは文明利器の力を借りてます。昔ながらの手作業で一人でこなそうとすると、他のことに手が回らなくなりますから」
しかし、その過程で排出されるものは、昔ながらの農法に則って無駄なく利用される。
稲わらは敷き草や堆肥の原料として使い、籾殻は
さらに精米で出る米ぬかは、ぼかし肥料や堆肥を作るときの “発酵促進剤” となるほか、薄く土壌にまけば微生物の活動を盛んにする効果もあるため、野菜づくりには欠かせない農業資材となるのだ。
本来ならば廃棄物となるはずのいわば “残りかす” を活用している例はほかにもある。
収穫したキャベツの外葉など、野菜の
ニワトリは卵を産み、糞をする。卵はもちろん食料としていただくが、卵の殻は肥料やネキリムシの防除に活用する。そして、鶏糞は発酵させて肥料として利用する。
調理の際に出た生ゴミは、発酵用のポリバケツやコンポストへ投入。
堆肥化させて使うほか、発酵過程で出た液は液肥としての効果が高い。
風呂は薪をくべて沸かすタイプの古い風呂釜のため、薪ストーブから出る灰と共にこれも土壌改良剤や虫除けなどに使う。
「この家の裏にある里山も戸田家の所有だそうで、薪はその山から調達してます。その他にも、里山からは栗やくるみ、きのこや筍、山菜などの恵みを沢山いただいてます。僕の場合は作る野菜が少量多品目なので、一般の流通には出さずに地元の直売所や契約飲食店に野菜や山で採れたものを販売しています。パーマカルチャーの実践講座では、このあたりの収支についても参考としてお話できるかと思います」
台所や風呂場、板間の薪ストーブなどを見せながら、越川は自身の暮らしぶりをくまなく紹介していく。
生ゴミ発酵バケツは、ガーデニングを趣味にしている母に勧めるのもいいかもしれない。
発酵期間を確保するために二個のバケツを交互に使うこと、投入する生ゴミは可能な限り水気を切ること、微生物が分解しやすいよう生ゴミはできるだけ細かく刻むこと、虫害を防ぐためにもフタは必ず密閉し、容器の縁にハエやアブの卵がついていないかチェックすること。
越川から聞いた注意点はいくつかあるけれど、自分も協力して利用するようにすれば、我が家でも持続可能なゴミの減量化に取り組める気がする。
雨水タンクだって、この家に設置されているほど大きなものでなくて、あまり場所を取らずに設置できるものもあるらしい。
水やりや自家用車のタイヤ周りの軽い洗浄、夏場の打ち水などに雨水を利用できる上、豪雨の際の水害対策として助成金制度を設けて設置を推奨している自治体も多いとのこと。
セミナーの企画に大いに参考になるだけでなく、自身の生活にすぐに取り入れられそうなものもあり、香菜は越川の説明に熱心に耳を傾け、積極的に質問を重ねた。
「パーマカルチャーって未知のライフスタイルかと思ってたけど……。なんだか田舎のジジババの家に遊びに行った時みたいに肌に馴染むわね」
一通りの案内をしてもらった後に、那須田がそんな感想を漏らすと、越川は深く頷いた。
「そうなんです。僕がやっていることは、ほとんどがかつて日本の農家で日々営まれていたことの再現です。那須田さんがおっしゃるように、今でも地方の農村地域では、これと似たような暮らしをしている高齢者世帯が多いんですよ。昔ながらの日本の農家の暮らしは、まさにパーマカルチャーの理想に近いと僕は考えています」
「でも、この暮らしを一人で維持していくのって、かなりの労力じゃないですか?」
根木がシビアな質問を向ける。
「確かに、僕はまだ体力がありますから、機械の力を借りながらなんとか一人でもやっていけますが、高齢者世帯では大変だと思いますね。パーマカルチャーの基本理念である “持続可能な暮らし” を実現するには、複数の世帯で協力し合うコミュニティをデザインすることが理想的だと思います。海外はもとより、日本でも近年エコ・ビレッジと呼ばれるコミュニティが各地で作られていますが、僕の最終目標は、幅広い年代の人々が協力し合って生涯に渡り無理なく楽しくスローライフを送れるコミュニティを作ることなんです。そうしたコミュニティが広まることで、人にも地球にも優しい社会ができていくんじゃないかなって」
「すごく素敵な夢ですね! 私も将来はそのコミュニティの一員になりたいくらいです」
目を輝かせて同調する香菜に、根木がムッとしたように横槍を入れた。
「利便性の高い今の生活を捨てて昔ながらの暮らしに戻るなんて、ベンチャー企業でバリバリに働いてるキャリアウーマンの尾倉さんには出来ないんじゃないの?」
今度は香菜がムッとして根木を見返す。
「先程から言っているように、パーマカルチャーを実践すると言っても、利便性やテクノロジーを全て捨て去る必要はないんですよ。会社で仕事をするという社会活動はもちろん必要なことですし、インターネットやテレビで情報を得たり、自動車に乗ってショッピングに繰り出すのも悪いことではありません。要は闇雲に利便性を追求するのではなく、自分にとって本当に必要な利便性やテクノロジーを取捨選択していくことが大切なんです。というわけで、将来は根木さんもぜひ尾倉さんと一緒に僕のコミュニティに参加してください」
一触即発の二人の間に割って入るようにフォローを入れた越川。
だが、それを聞いた根木の顔が何故か急に赤くなった。
「なっ、なんで俺が尾倉さんと一緒にならなきゃいけないんですかっ」
「はあ!? 根木君たら何を誤解してるの!? 越川さんはそういう意味で言ったんじゃないわよっ」
「根木さんがコミュニティに入るなら、あたしも入りたぁい♡」
「アンタ、そのコミュニティの意義ってものをまるで理解してないくせによく言うわよね。……ってか、根木チャンも尾倉チャンもなんでいきなり茹だっちゃってんのよ!?」
顔を真っ赤にしてそっぽを向き合う香菜と根木。
一人で何かを妄想して体をくねらせる苺子。
そんな三人に呆れて目を吊り上げる那須田。
「皆さんがコミュニティに参加してくださったら、きっと毎日賑やかで楽しいでしょうね。さあ、パーマカルチャーについての話はこのくらいにして、いよいよ野菜の種苗を見ながら作付計画について学んでいきましょう」
一体感のまるでない四人をにこやかにまとめつつ、越川は次なるテーマへと話題を移したのだった。
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