08 雑草が宝物である理由【根木颯太郎】

「ふぅ~っ。ようやく畑らしい景観になったわね!」


 九つのかまぼこ形に盛り上がった畝を見渡し、那須田が満足げに呟いた。


 気がつけば太陽はだいぶ西に傾き、作業開始からゆうに三時間が経っていた。


「皆さん、今日は大変お疲れ様でした。皆さんの頑張りの甲斐あって、九つの立派な畝が出来上がりました」


「じゃあ、来週からはいよいよ野菜づくりが始まるんですね!」


 目を輝かせた香菜に、越川が少し申し訳なさそうに苦笑する。


「いえ、この畑での野菜づくりはもう少し後になります。今日の天地返しで、土壌の微生物の活動環境を激変させてしまいました。有機農法や自然農法では、野菜づくりに有用な微生物をいかに増やし、活性を高めるかが重要になります。そのために、この畝は最低でも二週間は休ませた方がいいんですよ(※)」


「そうなんですか……」


 残念そうな香菜の隣で、今日の作業で腕の感覚を失いかけている根木はほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ、五月までは畑の作業は休みってことですね」


「はい。作業はゴールデンウィーク明けまでお休みとなります。その代わり、来週皆さんには “作付計画” というものを立てていただきたいと思います。今日立てた九つの畝で、どんな野菜を育てるかという計画です」


「わー、なんか楽しそう~! あたしはマンゴーが食べたいなっ」


「アンタ、どんだけ馬鹿なのよ!? マンゴーは果樹よ! 畑で作れるわけがないでしょうが!」


「ははは。果樹は実をつけるまでに相当な年数がかかります。収穫前に御社のパーマカルチャー講座の全課程が修了してしまうと思うので、残念ながら今回の作付では見送りましょう」


 苺子の無知すぎる発言と、それに対する那須田の容赦ないツッコミを、冗談を交えて穏やかに受け流す越川。

 そんな大人の対応に、香菜の中での越川の評価はますます上がっていく。


「では、来週は御社のセミナールームで、B区画の作付計画を……」


「あのっ、越川さんのご自宅で作付計画をさせてもらうわけにはいかないでしょうか」


 僅かに頬を染めた香菜が、片手を小さくあげながら越川の言葉を遮った。

 その提案に、越川よりも根木の方が面食らった表情を見せる。


「ちょっ、尾倉さん、何言ってんの!? そんなに越川さんの私生活に興味があるわけ?」


「もちろんよ。だって、越川さんはご自身の生活の中でパーマカルチャーを実践してらっしゃるのよ? セミナーを企画する者としては、パーマカルチャーを生活に取り入れている実例を見学しておきたいじゃない」


「もちろん、自宅にいらしていただくのは大歓迎ですよ。自宅では皆さんに植え付けていただく予定の苗も育てていますので、実際に野菜の苗を見ながら作付計画を立てることもできますし。ただ、僕の現在の住まいはここよりもさらに山側に行った場所にあるので、ちょっと遠いんですが」


「わー! オシャレな薪ストーブが見られるんですね! 楽しみぃ」


「少しくらい遠出した方が、ドライブ気分が出て楽しいわよねえ、根木チャン」


「那須田さん、その言い方だと、次回も俺にドライバー役押し付けようとしてますね?」


「だってぇ、せっかく農作業デーは直帰OKって言われてるのに、運転したら社用車を返しに戻らないといけないじゃない。今日みたいにたっぷり肉体労働した日は、ここの帰りに居酒屋で飲む一杯のビールが格別に美味しいはずだものぉ」


「わあっ、確かに美味しそうっ♪ じゃあこの後みんなで飲みに行きますぅ?」


「お断りよ! アンタみたいなのと一緒に飲むなんて、美味い酒も不味くなるわっ」


「じゃあ根木さん♡ 会社まで付き合いますから、その後二人で飲みに行きましょうよぉ」


「いや、疲れてるから今日は勘弁」


 疲労困憊の状態で能天気な苺子の相手をするくらいなら、帰宅するまでビールのお預けをくらう方がよっぽどマシだ。

 それにしても、この後皆を駅で下ろし、疲労をおして一人会社へ戻らなければならないのかと思うと、根木はうんざりした。


 うんざりついでに……


「なんだよ、仕事出来る歳上の男なら誰だっていいのかよ……」


「え? 根木君、何か言った?」


「いや、なんも」


 胸に秘めていたモヤモヤまでつい吐き出してしまい、根木は慌てて香菜から目を逸らす。


「さあ、今日の仕上げです。そこに積み上げられた雑草を畝や通路に敷いていきますよ」


「ええー、まだ作業あるんですかぁ?」


「雑草を敷くというのには、どういう意味があるんですか?」


「まず、雑草を敷くことで、畝の保温と保湿の効果があります。地温を上げ、土の乾燥を抑えることで、種まきや植え付けにより適した環境を整えるんです。慣行農法では同じ目的でマルチと呼ばれるビニールを土にかぶせますが、パーマカルチャーにおいては、石油製品などの人工的な農業資材は極力用いず、畑の中にあるものを活用することが原則にあります。それに、雑草を敷くことで、草と地表の間で微生物のはたらきが活発になります。微生物が草を分解することで養分を作り出し、団粒構造と呼ばれる土が出来上がります。土の粒子が集まって小さな固まりを形成する団粒構造の土は、水分や養分を保持する力が大きい上に通気性にも優れ、微生物活性をさらに高められるという理想の土なんです。先程僕が雑草を “大切な宝” と言ったのには、理想の畑を作るために欠かせないものだからなんです。野菜づくりを進めていく上で雑草には他にも様々な活用方法があるんですが、それはおいおい説明することにしましょう」


 てっきりまとめて処分するものだと思っていた雑草だったが、それほど大切な農業資材だったとは。

(苺子を除く)メンバーは、しんなりと積もった雑草の山を感心しつつ眺めた。


「草が乾きやすいよう薄めに敷きます。なるべく根を上に向けて敷いてください。根の生命力が強い雑草だと、地面に根を再び張ってしまいますから」


「那須田サン、小さなお花が隠れたら可愛くないじゃないですかぁ。オオイヌノフグリちゃんは一番上に敷いてあげてくださいよぉ」


「こンの、脳ミソお花畑っ子! オオイヌノフグリを飾るのはアンタの頭の中だけにしてちょうだいッ」


 越川の指導のもと、四人は出来たばかりの畝を隠すように、一面に雑草のカーペットを敷いたのだった。





(※)土を耕した時のほか、施肥をして土づくりをした際にも、二週間ほどは種まきや植え付けを待つよう勧められます。この場合の理由としては、未熟な堆肥や肥料が多量に分解されることによって生じる有害ガス(アンモニアガスや亜硝酸ガス)で根が傷むのを防ぐためです。また、酸性に傾いた土を中和するために石灰を施した場合、土に馴染ませるため、また化成肥料をまく場合にはそれとの化学反応によるガスの発生を防ぐため、二週間前までに石灰を施すことが勧められています。理由は様々ですが、要は土を用意したら二週間前は野菜の種まき、植え付けを待った方が無難ということですね。

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