原初の曲の創造者

Akaneru

第1話(完結)

「未央。俺、高校を卒業したらメンバーのみんなと東京へ行くことにしたんだ」



 まったく。無理を言って久しぶりに会えたと思ったらこれだ。



 卒業式を間近に控えた平日昼間のファーストフード店。



 店内ではあたしと同じような年頃の若者が数組だべっている。


 店員はお爺さんとお婆さんという、どこかの昔話のような組み合わせだ。



「どうして……バンド活動なら東京に行かなくてもできるじゃない」



「ダメなんだ。バンドで成功しようと思ったら、金がいる。メンバー全員でバイトをしながらシェアハウスに住むんだ。東京なら、時給も高いしシェアハウスも沢山ある。」



「……じゃあ、あたしもいく」



「未央はこっちの大学に進学するんだろ。それに、未央は頭も良いし、普通の人生歩んだほうがいいって」



「大学……落ちたし」



「え、マジ!?」



「第一希望落ちた。もう二ヶ月前だよ。LINEしたし。滑り止めのとこは受かってるけど、行く気しないし。それに頭良くないよ。偏差値56だし」



「ごめん。今初めて知ったよ。構ってあげられなくてごめん」



「いいよ。……あたしも高卒で働くから。今なら就職も楽っていうし。絶対力になれるよ」




 あたしは、彼と一緒にいたい一心で自分に嘘をついているわけではなかった。



 元々、勉強を頑張りだしたのも彼の夢を支えるためだったのだ。県で一番の大学に進学して、地元で公務員か電力会社に就職して、彼が音楽に集中できるように生活の面倒を見て……。



 彼と一緒にいられなくなるなら、大学なんてどうでもよかった。



 ◆◇◆




 卒業式へと向かう通学路。


 高校の3年目をともに過ごしたクラスメイトとはあまり仲が良くなかった。


 というより、いまいち盛り上がりに欠けるクラスだった。


 みんな受験勉強で、クラスの親交を深めるどころではなかったのかもしれない。



「まさか未央が大学落ちるなんてね……。あんなに頑張ってたのに」



「そーでもないよ。後半は勉強にあんまり集中できてなかったし……」



「え!? そうなの??」



「うん。なんか、彼のことばっかり考えちゃってさ」



「あー……全然会えてなかったって言ってたもんね。で、結局その彼は引き留められなかったんだ」



「……うん」



 2年まで同じクラスだった友人、初美は反応に困ったのか、2人の間に少々の沈黙が流れた。



「あ、そういえばタイムカプセルに入れるやつ。ちゃんと持ってきた?」



「うん」



 あたしは鞄の中からチラリと『タイムカプセルに入れるやつ』を初美に見せた。



「……おおう。てかそれ、ほんっとに入れるの?」



「うん」



 それは、卒業式が終わった後、各クラスごとにタイムカプセルに私物を入れ、将来この場所にみんなで集まって開けようという企画だった。


 誰が提案したのか知らないけど、頭の古い教師達が考えそうなことだ。



「……まぁ、吹っ切るっていう意味ではちょうど良いかもね。未央ならすぐにいい人見つかるって!」





 卒業式は無難に終わり、あたし達はクラスごとに校舎裏の庭に集められた。


 クラスメイト達はそれぞれ、タイムカプセルに入れる私物を手に持っている。



 担任の教師があたしの手に持っているものを見ると、少々眉をしかめた。



「桜木、ちょっとなぁ、そういう高価なものじゃなくて、もっと他に……なかったのか?」



「いいんです。このMP3プレイヤー、壊れてますから。高校時代を共に過ごしたやつなんで」



 無論、壊れてなんていない。


 このMP3プレイヤーには、彼との交際初期に彼が私に宛てて作ってくれた楽曲のデータが入っているのだ。



 バックアップなんて取っていないから、曲のデータが入っているのはこれだけ。


 つまり、これをタイムカプセルに入れて埋めてしまえば、永久に封印できることになる。




「……じゃあ、こないだ説明したとおり、タイムカプセルの鍵は委員長に預けておくからな」



 密閉性を上げるためなのか、盗掘を防ぐためなのか、入れ子細工になったタイムカプセルの施錠を終えたあたしは、鍵をそのまま鞄の中に入れた。


 ディンプルキーという種類の鍵で、防犯性が高いらしい。


 カプセルもミサイル攻撃に耐えるよう作られているそうで、無駄に頑丈だ。



 このタイムカプセル企画……施錠、発掘、開錠までを委員長に一任するという無茶ぶりなのだ。


 当然発掘にあたっての人集めなども委員長が行う。



 だけど、今のあたしには好都合だった。


 なぜなら、委員長は自分なのだから。あたしがタイムカプセルの存在を忘れてしまえば、未来永劫開けられることはない。



 クラスメイト同士のお別れの挨拶もそこそこに、あたしは校舎を後にした。




 もうどうでもいいや。


 この先の人生は分かり切ってる。


 滑り止めの大学に親から言われるまま進み、どうでもいい大学生活、どうでもいい男と付き合い、しょぼい就職をする。



 いや、正社員になれたらまだいい。やる気のないあたしは就活もロクにせず、卒業後は派遣社員に。


 派遣先で5歳年上の冴えない男と妥協婚して、生活臭満載の下流生活を送るんだ。



 いっそのこと、水商売にどっぷり浸かってしまおうか。


 何でもいいから、このぽっかりと空いた穴を埋めたい。



 ……キャバクラの時給っていくらくらいなんだろう。このまま制服で行ったらまずいかな。



 ――その瞬間、あたしの周囲は光に包まれた。




 ★☆★




 気がつくと、室内にあたしはいた。



「外にいたはずなのに……ここ、どこ?」



 思わず発した独り言が、室内に共鳴する。どうやら石造りの建物のようだ。


 こんな場所、近くにあったっけ。



 足元を見ると、赤のペンキで雑に描かれた魔方陣のような絵があった。



 そして人の気配を感じたので右を向くと、グレーのぼろ切れを頭からかぶった老人の男が立ってあたしを見ていた。



 ようやく周りの状況に意識を振り向けられるようになると、老人だけではなく、王様のような格好をした初老の男、さらに槍や剣で武装した兵士のような男たちの存在に気づいた。



 その誰もが、とても現代日本とは思えない風体である。


 あたしの脳裏には、一つの可能性が浮かび上がってきた。



「あれ、これってもしかして、異世界に召喚されたの??」



 異世界召喚。もしくは異世界転生。


 若者向けのネット小説で流行のネタ。


 彼(元だけど)が最近ハマっていて、時々あたしにも無理矢理読ませていたあれだ。



 大抵は主人公が唐突に文明の劣る異世界へ飛ばされ、女神とかにもらったチート能力や元々持っていた知識で無双する。


 そして何故か、主人公は自分が異世界に飛ばされたという不条理な展開に、大して疑問を持たないまま物語が進んでいく。



 昨今の小説ではそれがお約束らしい。


 そんな都合良すぎる展開に、まさに今この瞬間あたしは立ち会っているのだろうか。



 けど、これは小説ではなくてリアル、現実だ。


 こんなところに呼ばれて、私は一体どうなってしまうんだろうか。



「ほう、自分がここに召喚されたと分かっているのか!」



 ぼろ切れを被った老人が意外そうな様子で声を上げた。


 なんとなく、そんなに悪い人じゃなさそうな声に感じる。


 続けて、



「ならば話は早い! 我が国は今戦争中だが、戦況が泥沼化していてな。そこで過去史の人間から戦況を逆転する画期的なアイデアを得たいと考えた。過去史の人間を、我々の世界に呼び寄せる召喚魔法をずっと研究していたのだ」



「過去史? アイデア?? 召喚魔法???」



 どういう設定の世界に召喚されたんだろうか。



「君たちの文明、第6人類は遙か昔に幕を閉じた。ここは未来の世界、第7人類暦3413年なのだよ」



「ええ……。って、戦況を逆転するアイデアなんて、あたし分かりませんよ。こんな女子高生(もう卒業したけど)より、もっと色んな事知ってそうな偉い人を呼べばよかったんじゃないですかね……」



「うむ、もっともな疑問だな。実は召喚魔法はまだまだ未完成でね。過去の世界の同じ座標に存在する人間しか呼び寄せることができないのだ」



「ええとつまり、ずーっと昔のこの場所に、たまたまあたしが居たってことですか……」



「その通り!」



「で、あたしがあなた達の役に立つ情報を提供できたとして、元の世界に帰してもらえるんですかね……」



「残念だが、現時点では君を元の時代に帰す魔法は開発されていないのだ」



「そんな適当な! ちゃんと帰す魔法を確立させてから召喚してくださいよ!!」



「すまない。我々の戦況は非常に苦しいもので、時間がないのだ。だが、君を元の時代に戻す魔法は戦争が終わった後で研究すると約束しよう」



 戦争が終わったら……ね。


 いつの時代も戦争戦争。


 人類史とやらが変わっても、人間の本質というやつは変わらないようだ。



「そんなこと言われても、なぁ……」



 戦争を終わらせる方法。


 あたしの脳裏に、苦手な歴史の授業の光景が映し出される。


 と同時に、



「か……」



「か?」



 核兵器作ればいいじゃんと言いかけた。


 しかし、何か開けてはいけない箱を開けてしまうようで、あたしはすぐに口をつぐんだ。


 取り返しのつかないことになってしまいそうで。



「どうした? 何か思いついたのかね?」



「か……かばんの中でも見てみようかなっ」



 必死にごまかしながら、肩に担ぎっぱなしだった鞄を下ろし、ファスナーを開けた。


 鞄の中からはハンカチ、手鏡、化粧品などが入ったポーチや財布が出てきた。


 ここまではこっちの世界の人にとってもさして珍しいものではなかったようで、スルーされている。



 鞄の中身のうち、人々の関心を集めたのはヘッドホンだった。


 老人はヘッドホンをひったくると、色んな角度から舐めるようにそれを観察し続けた。



「これは……呪具か? 何かの儀式に使うもののように見えるが」



 全然違います。



 腕にかけたり首にかけたり、腰に巻き付けようとしたり(壊れるからやめて!)しているうちに、ようやく耳に当てる物だと気づいたようだ。



「それはヘッドホンといって、耳に当てて音楽を聴くための道具です」



「……音楽? 音楽とは何だ? 何かの呪文かね」



「え、いや呪文じゃなくて。こっちの世界にもあるでしょう?楽器とかで色んな音を組み合わせて奏でるアレです」



「むう……分からぬ。だが興味深い。音楽とやらを奏でて、どのような効果を得られるのだ」



「ええと、まぁ心地よさとか高揚感とか……。自分の想いを言葉にして、音に乗せることで気持ちを伝えるとか」



「面白い。兵達の士気を高めることができるやもしれぬな」



 王様っぽいおじさんが乗ってきた。


 どうやらこの世界には、音楽が存在しないらしい。



 当然だけど、音楽を見せて欲しいと言われてしまった。


 バンドマンと付き合っていたとはいえ、あたしには音楽の才能や作曲はおろか、楽譜を読むことすら全くできないのだ。


 そもそも、楽器も何もない。



 周囲を見回す。


 このまま彼らに何も提供できなければ、元の世界に帰れないばかりかこの場で何をされるか分かったものじゃない。



 何とかして彼らに音楽を聴かせることはできないだろうかと頭を回転させた。


 真剣な表情と意思が彼らにも伝わったのか、辺りはしーんと静まりかえる。



 ふと浮かんだ思考。


 ここが紛れもなく地球ならば、あのタイムカプセルはどうなっているのだろうか。



 鍵を持っているのはあたしだ。


 そのあたしが元の時代から消えた時点で、あのタイムカプセルを開けられる人間はいないはず。


 誰も開けられないのなら……、あのタイムカプセルは今でも。



 永久に封印するつもりであのMP3プレイヤーを入れたはずなのに、一時間かそこらで決心を覆すとは。


 まぁ、一時間というのは体感時間であって実際には途方もない年月が経過しているのだろうけど。


 開けないと自分の命が危ないから、仕方ないよ。



 となると、問題はタイムカプセルの場所だ。



「あの。地図……ありますか?」



 王様の指図を受けた兵士が、息を切らしながら駆け寄ってきて地図をあたしに手渡した。


 地形からして日本列島にしか見えない。



 本当にここは未来の世界なんだ……。



 けど、さすがにこれでは役に立たないので、もう少し縮尺の大きい地図を要求した。



 手渡されたのは、日本で言う関東地方の地図だった。


 海岸線の形からも明らかだ。


 同じ座標に存在していたあたしを呼び寄せたというのもどうやら嘘ではないらしい。



 とすると、タイムカプセルを埋めた場所と今いる場所はそう離れていないことになる。


 あたしは学校の正門を過ぎたところでここに連れてこられたのだから。



 何年経過したか分からないけど、掘り返されていないとしたらその間に地層が降り積もって、遙か地下にタイムカプセルが存在しているのかもしれない。




 ★☆★




 タイムカプセルはあたしが召喚された城を建設する時に発掘され、過去史遺物館に保管されていることが分かった。


 今まで何度かカプセルを開けようとしたらしいけど、どんな錠前を作っても開かなかったそうだ。



 あたしは召喚魔法を開発した老人と王様、王様直属の上級士官という数人の護衛と共に過去史遺物館に向かった。


 さすがに元々の服装では目立ちすぎるということで、こっちの衣装に着替えさせられてしまったけど。



 展示されていたそれは、ひどく痛んでいたが紛れもなく卒業式の日に埋めたタイムカプセルだった。



「……じゃ、開けます」



 さすがに年月が経過しすぎて、MP3プレイヤーが起動するのかどうか不安だった。


 もし起動しなかったら……。



 あたしはポーチからディンプルキーを取り出し、カプセルの鍵穴に差し込んだ。


 さすがにひどく滑りが悪かったが、しばらくすると手応えがあり、カプセルが開いた。


 入れ子細工になっていたので、同じ作業を3回繰り返すと、ようやく中身を確認することができた。



 もう二度と手に取ることはないと思っていたのに……。



 電源ボタンを長押し。


 起動しない。さすがに放電しきっているんだろう。と信じたい。


 あたしは鞄からモバイルバッテリーと充電コードを取り出した。


 そもそも充電できる状態にあるのだろうか、電池が使い物にならなくなっているんじゃないか。


 プレイヤーにコードを接続すると、充電中を示すランプが点灯したことで、あたしは安堵した。



 そして、少し躊躇しながらもヘッドホンをプレイヤーと接続し、改めて電源ボタンを長押しした。



「……生きてる」



 プレイヤーの製造メーカーのロゴが表示されると、老人たちから驚きの歓声が上がった。



 起動準備の時間がとても長く感じる。


 ようやく起動が完了すると、あたしは曲選択画面を開いた。


 選択する曲はもちろんあの曲だ。


 ……というか、あの曲しか入っていないんだから。




 ――音が流れてきた。



 彼が、あたしのために作った曲が。




 恥ずかしいからやめてよと言っても、彼はあたしへの曲作りを止めなかった。



 あの手この手の表現で、あたしへの愛しさとやらを表現した曲。


 よくこんな恥ずかしい詩を……。




 気づくと、あたしはぼろぼろに涙していた。



 あたしだけではなかった。


 ヘッドホンで音楽を聴いた老人、王様、護衛たちも、一様に涙していた。




 ――そして、あれから数年の歳月が流れた。



 この第7人類史に『音楽』が産まれ、数々の楽器が発明され、彼の曲が再現された。




 その曲は国境を越えて広がりを見せ、ほどなくして戦争は破局を迎えないまま終わり、各国は共存への道を歩んでいる。




 その曲は原初の曲と呼ばれ、様々な音楽が派生し、世界は優しい音に包まれた。




 あたしはというと、召喚魔法の開発者の老人の下で魔法の猛勉強中だ。




 夢ができた。



 召喚魔法をもっと進化させ、原初の曲の創造者をここへ呼びたい。



 ――そして、彼と一緒に。

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