本山らの誕生日記念ノベル
ラノベの王女様
第1話
「――らのちゃんさ、この本の内容もレポートに盛り込んでみたらどうかな? あの教授、参考文献多いレポートに単位あげがちだから」
「なるほどなるほど……」
ここはとある神社。
畳が敷かれた和室の中で、俺はらのちゃんこと本山らのに日本文学演習のレポートをアドバイスしている。
彼女は丸メガネを掛けて典型的な文学少女っぽい顔をしているが、肩まで届くサラサラな黒髪が陰キャのイメージを一切感じさせず、そこが可愛い。
何より目を引くのが、握り拳ほどの大きさがある二つの狐耳と、枕にできそうな位もふもふしている尻尾だ。コスプレ用のイミテーションではない。ちゃんと毛が生えているし、触ればらのちゃんの柔らかい肌と体温の暖かさを感じられる(最初出会った時に半信半疑で触らせてもらった)。
おまけに着ている服もすごい。キャンパス内ではその辺の女子学生と代わり映えしないファッションなのに、今着ているのは黒を基調としたミニの和服。裾が膝上二〇センチほどもあるため、パンツが見えてしまいそうなのだ。大学にこんなのを着ていったら、男子が魅了されること間違いなし。
胸の膨らみだってただでさえデカいのに、帯で締め付けているせいでますます大きさが強調されて、まるでメロンのように存在を誇示している。
「これで単位取れそうだね!」
「先輩のおかげで何とかなりそうです! 私、ぽんこつ狐だから人間界の学問は苦手なもので……」
そう、らのちゃんは人間ではない。
文学部で勉強している大学一年生というのは仮の姿。
この神社に住まう巫女であり、ラノベの面白さを広めるために人間界に舞い降りたラノベ好き狐こそが彼女の正体なのだ。
ラノベが好きなあまりついにはVTuber活動まで始めてしまい、らのちゃんの生放送はプロ作家やラノベブロガーが何人も集まる有名配信になっているほど。
信じられるか? まだ活動一年経ってないのにこれだぜ!?
そんな有名人であるらのちゃんとは文芸サークルでたまたま一緒になり、ラノベの話をするうちに意気投合し、なんやかんやで彼女の正体を知るに至ったのだ。
俺が一学年上の先輩ということもあってか、こうしてらのちゃんのいる神社で(大学だとらのちゃんの正体がバレる危険性がある)何度か勉強会をしている。
らのちゃんは外見が可愛いだけじゃなくて声も癒し系だから、二人だけで会話しているこの時間と空間は至福だ。
「よし、終わりました! 先輩の教え方はお上手ですね!」
「いやいや、らのちゃんが勉強熱心だからだよ!」
「えへへ~」
この短時間でレポート終わらせたのか。全く、ぽんこつどころか賢い狐だ。
前々から思っていたことだが、らのちゃんは文化資本がとても高い。単に勉強ができるってだけじゃなく、あらゆる要素が完璧で非の打ち所がない。減点しようにも減点すべきポイントがない。要するに、育ちが良いのだ。
外見にも声にも恵まれてる時点で勝ち組なのに、性格もいい。リアルでもネットでも人をバカにするようなコメントなんて一切しない。
いつどこで学んだのか分からないが、言葉遣いだって丁寧だ。彼女の生放送は毎回見ており、マナーに疎い俺でも敬語の使い方がしっかりしていると分かる。まるでテレビ局のアナウンサーだ。
生放送からもう一つ推測できるのは、おそらくらのちゃんがお金に困らない生活をしているだろうということ。
毎月数回、金曜や土曜の夜決められた時間に配信するだなんて、バイトに追われてたら到底不可能なスケジュールだろう。俺なんてしょっちゅうバイト先で「この日シフト入れない?」って聞かれるぜ? そもそもらのちゃんから「バイトしてる」という言葉を聞いた試しがない。twitterも検索してみたが、やっぱり言ってない。
俺が時間を切り売りして金に換えることを余儀なくされている一方で、らのちゃんは授業以外の時間をラノベ読んだり動画編集したりできる。twitter見てると一日数冊ラノベ読んでるっぽいんだよな。話題作もマイナーな作品も当然のように読破してるし。こっちは一週間に数冊だってのに。格差社会の極みだ。
「文化資本の高い人間はカップ麺を作る必要に迫られない」ならぬ「文化資本の高い狐はバイトをする必要に迫られない」だな。
文化資本だけじゃなくて、経済資本もハンパない。
お嬢様っぽいから薄々そうなんじゃないかと感じていたが、大学の前は私立の中高一貫校に通っていたらしい。おいおい、学費だけで年間一〇〇万以上かかるんだぞ!? 中学受験関連の費用も入れたら合計一〇〇〇万は金掛けてるんじゃないのか!? 俺は中学も高校も公立出身だってのに!
狐だってのにそれだけの金がどこにあるんだ!? 葉っぱを錬金してるのか?
テレビに出てる東大生が完璧超人であるように、らのちゃんも全ての行動が最適化されている。「要注意! これが当てはまったら貧困予備軍!」みたいなことをしない。ちょうど、アクション映画の主人公が死亡フラグを避けるかのように。
外見も、内面も、住む世界も、何もかもが違いすぎる。普通だったら、らのちゃんと俺なんて水と油。決して交わることのない階級だ。
もし俺がラノベ好きでなければ、一生接点なんてなかっただろうな。
「そういえば、この間一九歳になんだってね! おめでとう!」
「ありがとうございます! 平成最後にティーンエイジャーの最後を迎えました!」
嬉しそうに語るらのちゃん。そうだよな。祝福されまくってるもんな。
誕生日配信にはラノベ界隈の有名人が駆けつけて、みんなお祝いしてた。
投げ銭するリスナーもいて、ちょっとした祭りっぽくなってたっけ。
俺の誕生日にはこれといってイベントなかったのに……。
らのちゃんといるのは楽しいのだけど、時々コンプレックスを感じて苦しい。
らのちゃんはVTuber活動一年経たずに『このライトノベルがすごい!』で協力者に選ばれている一方、俺は五年以上ラノベ読みをしていてもオファーの気配がない。
俺はいつまで経ってもただのラノベ読みなのに、らのちゃんはどんどん有名になっていく。どうしても嫉妬してしまう。この感情を抑えきれない。
このまま彼女との差が広がっていくのが怖い。焦りを感じる。
「今日はありがとうございました!」
「また困ったことがあったら言ってね!」
こういう生活がいつまで続くのだろう。
来年になれば俺は就活だ。上手くいくとは思えないけど。
らのちゃんも再来年になれば就活……するのか? 狐なのに。
だけど、仮に就活してもきっと持ち前の文化資本で難なく乗り越えてしまうのだろう。もしかしたらラノベの編集者になって、そうしたらますます有名になるのか。
今はたまたま同じ空間を共有しているけれど、大学を卒業しても一緒になれる気がしない。多分、数年したら俺のことなんて頭の片隅にも残っていないんじゃないか。
そう考えると憂鬱だ。らのちゃんの前で笑顔を作るのが辛い。
「……先輩、どうされたんですか?」
「どうもしてないよ。俺もレポート書かなきゃって」
こうやってごまかすしかできない自分。
らのちゃんの周りにはポジティブなことばかり集まってるのに、どうして俺の周りにはネガティブなことしか集まらないんだ。
「本当に大丈夫ですか? その……目が潤んでますけど……」
「え? 気のせいだよ……」
後輩の前で泣きそうになってたのか、俺。情けなさすぎる。
認めろよ! 俺ごときじゃ、らのちゃんと釣り合わないって! 深海魚と鳥のように、本来は出会うはずのない二人だったんだ! 諦めるしかないんだよ!
考えれば考えるほど涙がこぼれそうになる。堪えろ!
「元気出してください、先輩!」
「え、ちょ、らのちゃん!?」
らのちゃんが俺の両手をグイッと引っ張り、彼女の胸に押し当てる。
柔らかな手触りを感じる前に、俺の脳は突然の出来事に戸惑う。
「どうしたのらのちゃん!?」
「私では先輩の悩みを解決できないかもしれません。ですが、先輩を癒やすことならできます」
俺の目を見て真剣に語るらのちゃん。
その気迫に圧倒されて、俺は身動きできない。
「困ったときはおっぱいが解決してくれます。これぞラノベの知恵!」
「で、でもこれじゃセクハラに……」
「先輩は、私の胸が嫌いですか……?」
上目遣いで尋ねてくる。
畜生、そんな表情されたら俺も野獣になっちまう!
「そんなわけないよ。らのちゃんの胸はメロンの入ったメロンパンさ」
「褒めていただきありがとうございます!……一八禁展開でなければ、何をしても構いませんよ?」
本山らの誕生日記念ノベル ラノベの王女様 @ranobe_no_oujosama
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