5 マツール島 2日目 ⑧

 落ちていたスマホは、確かにパズズのものだろう。

 だが、一応本当にパズズのものかどうか確認しようということになった。動画を確認すれば、彼のモノかどうか、判断できる。

 それに、もしかすると、動画の撮影中に何かがおこり、ここにスマホをおとしたのかもしれない。だとすると、スマホをおとした原因が、動画に収められているかもしれない。


 山崎はスマホの電源を入れた。するとすぐに起動した。だが、何かの衝撃で故障したのか、モニターの調子がよくない。画面が明るくなったり暗くなったりで、落ち着いて画像確認ができない。

 何か写したい被写体があれば、すぐに撮影にうつりたいためか、スマホはパスワードなどでセキュリティ保護されていなかった。確認するとアドレス帳やメーラーなどには個人に関する情報は一切入っていないようだ。つまり、これは動画撮影用の一台に過ぎないらしい。


「おとしても痛くもかゆくも無いわけか・・」


 山崎はまた皮肉を言うと、動画アプリを探し、開いた。


 動画アプリを開くと、この島についてから撮影されたと思われる動画のサムネイル画面の一覧が出てきた。

 山崎は、一覧から直近のものを選択した。動画が画面に映し出される。しかし、スマホの調子が悪いせいか、撮影した当時のカメラの調子が悪いのか、何が写っているのか判別がつかない。音だけが、鮮明に流れる。


「こうやってやればいいのか?これを、うん。」


 パズズの声だ。誰かと何かについて話しているらしい。


 すると、一瞬画面が鮮明になった。どうやら撮影されているのは、まさにこの場所のようだ。


「ビンゴ!」

 山崎が言った。だが、また画像は不鮮明になり、先ほどよりも見づらくなっているようだ。


 スマホから音声だけが相変わらず鮮明に聞こえてきた。


 ギィィィ、ギィィィ・・


 この音!?

 涼香は聞き覚えのある音に驚く。これはさっき、枝についたロープを引いたときの音。枝が引っ張られきしんでいる音にそっくりだ。涼香は、何が行われていたのか、画面を凝視した。しかし、あまりに不鮮明でわからない。


「来い!走れ!はしれぇぇぇぇ!!」


 狂ったように叫ぶパズズ。

 すると

 ビュン!!バシ!!

 枝が空気を震わせ叩きつける音、そう、さっき涼香とフランソワが実験した、弧を描いた枝が加えられた力から開放されたときに放った音と同じ音が録音されていた、


 しかし、その後


 ギャッ!!という女性の叫び声とともに、

 ドスン!!という鈍い、何かが地面にたたきつけられたような重い音が録音されている。


 何の音だ!?

 その場にいる全員は、その音に驚いた。


「女性の叫び声?」

 鈴木が声を漏らす。


 スマホからは

「ウウウウウ・・・」という女性のうなり声と、

「おいやっちま・・!!」という何か言いかけた、そして興奮とも驚きとも取れる男の声が聞こえた。男の声は明らかにパズズだ。女は誰だろう・・。


「コレッテ、サッキノロープノ罠ノ音・・・」

 フランソワが驚いて言った。


「そうとしか考えられない。」

 涼香も納得した。


「走れとかなんとか・・。あれはユーチューバーの声だよな・・。」

 高田が確認した。

 そこにいた誰もが、録音された男の声は明らかにパズズの声であると思った。女性は一体誰なのだ?パズズは誰と話していたのだ・・・。


「もしかすると・・」

 先ほどから推理を頭の中で張り巡らせていた山崎は、分かった!といわんばかりの表情を浮かべた

「めったなことはいえないが、ありえないことでもない・・。あの罠が、簡単に人をを傷つけるだけの力があるというのなら、あの罠を作り、怪物を装ってナホさんをおびき寄せ、近づいてきたところを、罠に仕掛け、見事しとめて怪我をさせた、普通の人間がいる、ということだ。そして、その普通の人間が・・」


「あのユーチューバー?」

 涼香は言った。

「じゃあ、あのうめき声は、ナホ・・?」


 山崎は首を縦に振った。

「ありえないことじゃない。彼の動画作りのために、島に謎の怪物がいると信じさせ、ドキュメンタリーっぽく動画を作る。フェイクドキュメンタリーをね。そうして、毛皮か何かを着て、不気味な生き物を演出して、本多さんとナホさんを目撃者にしたて、ナホさんが、未知の力を持った生物に襲われたという筋立てにするために、この罠を作った。そして、実行に移した。」


「でもこの音を聞く限り、自分たちで仕掛けの種明かしを録画してるんじゃない?だとすれば、やらせだって分かってしまわない?」

 あの少年が、動画のためにそこまでするとは、にわかに信じられない鈴木が山崎の仮説に疑問を投げかけた。


「いや、もしかしたら、そこが狙いなのかも・・。私たち大人をすっかり、島の神の呪いとか、謎の生物とかを信じ込ませておいて、最後に種明かしをして、だまされた我々を笑いものにするという動画を作ろうとしていたんじゃないか?私たちは、あの仕掛けを見るまで、すっかり謎の怪物を信じ込んでいたからね。ナホさんの怪我といい、朝方にはおあつらえ向きに、動物の内臓で大騒ぎ・・。まんまといっぱい食わされたってワケさ・・。」


「いや、さっき言おうと思っていたんだが、ナホさんの胸のアザを見てもらえれば分かるけど、あの罠の枝の大きさと、アザの跡の大きさが、どう見ても合わない。ナホさんはやっぱりもっと太い木でやられたんだと思うんだ・・。」

 高田がずっと疑問に思っていることを言った。


「そんなこと言っても、現に罠はここにあったし、試してみて、ナホさんを傷つけるには十分の威力があるって、分かったじゃないか。おまけに、証拠の動画もここに収められている。は写っていないが、音だけでも推測するに十分だろう。アザの跡だって、勢いをつけて枝がぶつかってくるんだ。ナホさんの身体に当たったときに、枝がこう振動でナホさんの身体にあたって広がって、実際の大きさよりも大きなアザを作ったって事くらいありえるだろう?」


 山崎の言っていることはすべて推測に過ぎないが、状況証拠と、山崎の説得力があれば、信じるに足る推測となった。


「ユーチューバーは、誰と話をしていたのかしら?」

 鈴木がさらに疑問をぶつけた。


「サチ・・。サチだわ・・。」

 涼香が、なんてこと・・、と目をつむりつぶやいた。

 他のものたちは一様に驚いた。


「サチは彼の助手みたいに動いていた・・。」

と、涼香。


「でも彼女はナホさんとは親友だろ?彼女がそんなことするなんて、まさか・・」

 高田がそういったが、涼香は首を左右に振って否定した。


「親友のように見えるけれど、恋愛のもつれでいろいろわだかまりが二人にはあるの・・。プライバシーにかかわることだから詳しいことはいえないけど・・。それに、ユーチューバーにぞっこんだったサチなら、見境がつかなくなって、友達を売ることだってありえる。心の底に、何か引っかかるものを持っていたら、どんなことがきっかけで恨みを晴らそうって感情が湧き出てきてくるかわからないでしょ・・。」


 涼香を中心としたサチとナホは、何か複雑な事情を抱えているようだ・・。

 高田はそう感じ、それ以上の詮索はしなかった。


「それじゃ、そういうことで決まりだといいたいところだが、一体彼女たちの間に何があったっていうんだい。そこんところのわだかまりがはっきりしないと、ユーチューバーと、彼を手伝った女の子の犯行だと断定できない。」


 一体どうしたんだろう。もっと山崎は冷静沈着なはずなのに、ずけずけと人の心の中に土足で踏み込むようなまねをして・・。それに、はなからユーチューバーが犯人と決め付けている。事件を早くなかったことにしたいのだろうか・・。それとも、山崎も隠したい何かでもあるのだろうか?


「まぁまぁ、こうなったら、とにかく早くユーチューバーとサチさんを探しましょう。あとレイさんも・・。」

 これ以上、山崎が涼香に失礼な追い込みをかけないよう、鈴木が助け舟を出した。


「そうしよう・・。」

 山崎は、ちらりとフランソワの方を見た。フランソワはずっと気まずそうな表情をしたままだった。


        *******************


 涼香は、まだサチとナホの間のわだかまりが解けていなかったのか、ということを思い知らされ、この旅行に二人を誘ってしまったことを心底後悔していた。

 二人は同じ演劇サークルの後輩だった。サチも、ナホと同様に、涼香に憧れ、涼香の相手役をやりたくてサークルに入会したのだ。しかし、サチはナホとの相手役の争奪戦に破れ、あきらめてその役を手放した。うわさではナホは、その役を獲得するために、汚い方法でライバルを蹴落としていったとされる。その仕打ちはすさまじく、そのせいでサークルをやめていったものが多い。しかし、サチはナホとは仲がよく、早々に配役レースから降りたたため、言われるほどひどい仕打ちはうけなかったらしい。

 役を手放してからのサチは、行動や服装が派手になり、恋愛対象も男に走り、男好きと思われるようになった。

 涼香としては、この旅行で、自分を含めた3人のいろいろなわだかまりの手打ちをしたかったのだ。

 しかし、いろいろなことが裏目に出てしまった・・。


 涼香は二人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった・・。

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無人島にて @OhshimaZubaki

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