第17話 万能の英雄と紫炎の魔女④


 ――一ヶ月後――


「『18年ぶり魔女認定者誕生か!? 〈紫炎の魔女〉が天防を救う! (23日、天防区)

 23日未明 天防区全域を襲った魔法障害――通称〈七篠事件〉――は神代家当主 神代夜白(16)により解決された。

 終焉の魔女こと七篠シノにより、天防区は一時ウォンドの使用不可という未曾有の危機に晒された。しかしこの危機に単身解決に乗り出したのが神代夜白だ。

 最年少国家認定魔法士の記録を持ち、若干16歳でありながら様々な事件を解決してきた神代夜白だったが、その才能は天防区をも救うこととなった。夜白は七篠シノとの長時間の死闘の末、魔法無効化が記録された式符を破壊することに成功した。

 解決後インタビューでは「魔女認定なんかどうだっていい」と夜白節が飛び出した。また「この戦いはアタシ一人で勝ち得たものじゃない。アイツのおかげだ」と、正体不明の人物との共闘を匂わす場面もあり、当社ではこの人物についても追っていく方針である。

 この功績に対し、魔法省大臣である天光寺宗親は、国際魔法機関へ夜白の魔女認定を申請しており――』」

 そこまで聞こえたところで夜白は、隣の牢に向かって刺々しい声を投げかけた。

「声に出しながら新聞を読むの止めてくれる。てか止めろ」

「魔女認定なんかどうだっていい!」

「情感を込めて読むな」

 七篠との戦いから一ヶ月が経っていた。この一ヶ月もそれなりに濃い日々だったのだが、今日に比べれば霞んでしまう。その理由は、今、夜白がいるのが兄ヶ島の独居房だからだ。

 扉正面の特等席の牢に入れられた夜白はため息を吐く。隣の牢には未だ刑が執行されない上弦がいる。アイツはどこからか手に入れた一月前の新聞を、読んで聞かせてくれていた。

「何でだよ、あんたのことじゃねえか。で、ここに書いてあるけど、魔女認定は受けたのか?」

「受けるわけないでしょ」

「もったいねえなー。にしても一月前は街の英雄だった女が、またなんでこんな場所にいんだよ? 理由言えって。折角またお隣同士になったんだからよぉ」

 そんなことはこっちが教えて欲しかった。ここ最近とある事件を追っていた夜白は、つい数時間前に手違いにより逮捕され、再び独居房にぶちこまれたのだ。

「〈普天間基地 魔法制御式無人可変戦闘機K-7強奪事件〉〈太宰府神社における英国魔法省大臣失踪事件〉〈京都国立博物館浄名玄論盗難事件〉〈久能山の惨劇事件〉。最近世間を騒がした難事件だ。あんたこのどれかの犯人か?」

「それ全部解決してるでしょ」

「そういや謎のウィザードが全部解決したって噂だったな。どの事件でも、いつの間にか拘束された犯人が警察署に放り出されてるとか。事件解決の手際の良さから、凄腕のウィザードだって言われてるな。もしかしてこの事件解決したのあんたか?」

「……違うわよ」

 上弦は適当に言ったらしく、夜白の返答を聞いてもいなかった。

「後は足取りが沖縄から徐々に東に向かってるとか言われてるよな! そろそろ東京にも来るかもな!」

 上弦が尋ねてくる。

「それじゃああれか? 最近天防を騒がしてる〈4人の吸血鬼事件〉の犯人とか?」

「その事件追ってたのは確かだけど、誓って犯人じゃないわよ」

〈4人の吸血鬼事件〉と呼ばれる事件を捜査していた夜白は、ようやく容疑者を追い詰めたのだが、すんでのところで逃げられたのだ。その場に残されたのは重症を負った被害者で、運悪くそこに警察が飛び込んできた。そして夜白を犯人と勘違いした警視庁魔法犯罪対策部の捜査官に捕らえられたのだ。迷いなく手錠をかけたアイツらのことを思い出すと、また腹が立ってくる。

「冤罪よ冤罪! 出せー! ここから出せー!!」

 叫ぶ声に返事はない。夜白は固く閉じられた鉄格子を見つめる。

「また脱獄か?」

 夜白は天井を見上げた。修復されたのか、綺麗になった天井と、霊装阻害の式符が貼られているのが見えた。

 それをしばらく見つめていた夜白だったが、不意に腰を下ろす。

「そんな面倒くさいことしないわよ。その内に疑いも晴れるでしょ」

 上弦が驚いたように言う。

「……あんた……膜がなくなったか?」

「変わったって言いたいなら、他に言い方があるでしょ!」

 上弦に呆れていると、不意に外に繋がる扉が開いた。入ってきたのは千翼だった。

「さすがVIPのお迎えは毎回大物がやってくるねぇ」

「夜白様! お迎えに上がりました!」元気よく入ってきた千翼は持っていた鍵で、鉄格子を開けてくれる。「ささっ、こちらへ。あいつ《・・・》のときとは違って、安心安全に出られますからね。やはりどちらが優れた護衛か一目瞭然です」

 牢から出た夜白は、千翼の言葉に曖昧に頷く。

「お荷物をどうぞ」

 千翼から白鞘の大太刀〈国崩し〉と愛刀〈夜船白光〉を受け取り、腰に差す。最後にスマホを受け取り、時刻を確認しポケットに仕舞った。13時を少し過ぎたくらいだった。

 夜白と千翼は独居房から出ていこうとする。その背中に上弦の不思議そうな声がかけられた。

「そういや〈万能の英雄〉はどこ行ったんだ?」


「学園に来い?」

 監獄の前に車が停められていた。その後部席に乗り込んだ夜白が、千翼に尋ねた。ちなみに車に乗る前に一瞥した監獄の外観はすっかり元通りになっていた。自らの爆破の痕跡が消えていて、夜白はホッと息を吐いた。

 千翼も隣り合うようにして後部席に座る。運転手は他にいるらしい。車が発進する。

「えぇ。ご隠居様がお呼びです」千翼の答えを聞いた夜白は、そう、と小さく言ったっきり、外へ視線を向けた。

 これと言って話すこともなかった夜白だったが、隣からは熱い視線を注がれる。しばらく気づかない振りをしていた夜白だったが、ついに耐えきれなくなった。

「どうしたのよ」

「いえ! またこんな風に夜白様の護衛をできるのが嬉しくて、つい! ……ご迷惑でしたか?」

 恐縮した千翼は大きな身体を窮屈そうに縮める。育ちのいい大型犬のようだった。夜白は手を伸ばし、千翼の頭を撫でてやる。

「……夜白様ぁ」

 恍惚の表情を浮かべていた千翼だったが、ふと何かを思い出したようにクスリと笑った。

 夜白には千翼が何の話題を振ってくるか分かった。嫌な予感がした夜白は口早に言った。

「アタシの疑いは晴れたのよね?」

 そう言った夜白はこれもまた藪蛇だったと後悔した。

「〈4人の吸血鬼事件〉の真犯人が捕まったんです。だから容疑者だった夜白様が釈放されたということです」千翼がいたずらっぽい笑みを浮かべた。「先程警察署の前に拘束された真犯人が捨て置かれていたのです」

 千翼が強調するように言った。

「どこの《・・・》の手によるものか分かりませんが」

「……ふーん」

 だが夜白は興味なさげにポケットからスマホを取り出す。手慰みにスマホをいじり、また外へと視線を戻す。

「夜白様」

 視線を外に向けたまま夜白は言った。

「今からは『と』、『だ』、『ら』、『た』抜きで喋ってくれる。もし使ったら……そうね。今日のアンタの仕事は休みよ」

「万能の英雄の話です」

 クスリと笑い夜白は振り返る。『とうぎ』も『ただとら』も『おとうと』も使えないようにしたのに上をいかれた。それほどまでに話題にしたいのか。

「護衛に相応しいのはあいつでは?」

「あの代戸千翼が護衛で何の文句があるってのよ」

「そういう意味ではなく」

 千翼はじっと夜白を見つめる。千翼の潤んだ眼差しは、むしろ彼女の方こそ万能の英雄の心配をしているのではと思わせるほどだった。

 夜白は何も気づかない振りをする。

「アンタは何を心配してるの。ねえ、千翼。アタシが間違ったことあった?」

「……結構」

 千翼が困ったように答えた。そう言えば結構あったな、と思った夜白は言い方を変える。

「何も心配なんかいらないわ。アタシを誰だと思ってるわけ?」

「神『だ』い夜白様です!! ………………あっ」

 ニヤリと夜白は笑って、外へ視線を向けた。

「はいアウト。話は終わりよ」


 六星機女学園の校門前で車は停まった。車を降りた夜白は恨みがましくこちらを見つめる千翼を置いて、さっさと校門をくぐった。昇降口へ繋がる通りを歩いていると生徒たちから声をかけられる。「相掛戦やろうぜ」とか「一緒に鍛錬しませんか?」そんな言葉にぶっきらぼうに返事をしつつ、足は裏庭へ向う。

 やがて目当てである花壇にたどり着く。一ヶ月前に夜白の手で燃え尽きた花壇には、青々とした若葉が並んでいた。

「…………よし」

 辺りを見回し、誰もいないことを確認してから夜白は小さく詠唱する。発動させたのは花壇に降り注ぐ小さな雨。まだ幼い若葉が気持ちよさそうに水に揺れる。

 空を見上げた。今日は淡い青色が広がっている。日差しもジリジリと暑い。今年も夏がやってくる。

 夜白がしばらく無言で立ち尽くしていると、

「あっ! いたよ! 皆! ヤシロだぁ!!」

 唐突に騒がしい声がする。夜白が振り返ると校舎の角の辺りで幼等部の女の子たちが、キラキラした目でこちらを見ていた。先頭には鯉川の妹である詩空がいた。爛々と光る多数の瞳を見ていると、猫の集団に狙われたような気分がした。

 駆け寄ってくる女の子たちを見て、夜白は小さく唱える。黒い靄を残し、女の子たちとは反対側の校舎の角へ跳んだ。右手には中庭があり、何人かの生徒がいたが、こちらには気づいていなかった。

 夜白がホッと息を吐こうとした時だった。

「〈紫炎の魔女〉は幼等部の子たちにも人気みたいっすね」

 正面に視線を戻せば、ニヤリと笑う鯉川がこちらに近づいてくるのが見えた。

「アタシはそんな大層なご身分じゃないわ」夜白はむすっと答えた。

 上弦にも言ったが、夜白はその話をきっぱりと断っていた。魔女認定者など自分には未だ身に余る。そもそも認定の理由である七篠撃退の功績も、一人でなし得たものではない。

「そうっすね。えっと今序列何位でしたっけ?」

「……1431位」

「wwwwww」

「アンタマジでぶっとばすわよ」

 夜白が威嚇すると鯉川は少しだけ真剣な表情で答えた。

「やれるもんならやってみろって奴っすよ」鯉川の口調が熱を帯びる。「最近のあなた序列戦全部不戦敗じゃないっすか。だから折角上がった序列も、そんなことになるんすよ。あの《・・》がいなくなって龍の牙も抜けきったんすか?」

 真っ直ぐな鯉川の言葉に、夜白は罰悪気に顔を背ける。

「……別にアイツは関係ない――」

 だが鯉川はグッと夜白の肩を掴み、無理矢理に正面を向かせた。

「鯉川美々美は神代夜白に相掛戦を申し込むっす!」

 夜白は首を傾げる。本来相掛戦とは下位の者が、序列を上げるために上位者に挑むものだ。上位者が自ら相掛戦を申し込むメリットはない。

「随分いきなりね。……と言うかアンタに何の得があるのよ」

「あるっすよ。私が強い敵と戦えるっていう理由が。それに……」

 と思いきや鯉川は急に言いづらそうにする。

「何よモジモジして気持ち悪いわね。中庭で愛の告白とか止めてよね」

「違うっすよ! あぁもう! 私はただライバルがヘコんだままだとこっちもアガらないっていうか!」鯉川が半ばやけっぱちで続けた。「というか気持ち悪いって言うっすけど。そもそもあなただって、毎朝校門の前で誰か待ってるの噂になってるんっすからね! 本気で怖いって!」

「ほっとけ!」夜白は顔を赤くする。「っていうか、結局何を言いたいのよ!」

「あなたのらしくない落ち込んだ姿とか見たくないんすよ!」

 ハッと夜白は息を呑み、真剣な顔をした鯉川を見つめる。

「……何っすか黙って。面白ければ笑えばいいじゃないっすか」

 違う。言葉がすぐに出てこなかっただけだ。……一月前から冷え切っていた心の一部分が熱を持った気がした。

 さすがの夜白にも理解できる。彼女は自分を励ましてくれているのだ。それに気づいた時夜白の口からは自然と言葉が溢れていた。

「ありがとう……美々美」

 美々美が鼻を鳴らした。

「……お礼を言われる筋合いはないっす! それは相掛戦を承諾したと思っていいっすね?」

 夜白が頷くと、美々美は不敵に笑った。

「男のことばっか考えてたら、すぐに追い抜いてやるっすよ」

「よく回る口をここで閉じてもいいのよ?」

 二人は同時に吹き出した。

「それじゃあ私は行くっす」美々美が中庭に向かって歩きだすと、夜白は早く行けと雑に手を振る。反対側の手でスマホを取り出そうとした時、声が響く。「そうだ!!」

 もう一度こちらを振り返り、美々美は叫んだ。

「あの人が帰ってきたら絶対教えてくださいっすよ!」

「…………」

「あの時あの場にいた皆は、あの人の存在を夢だと思ってるみたいっすけど、私は信じてるっす」

 美々美が確信を込めた口調で言った。

「万能の英雄は確かにあなたの隣にいたって!!」


「は? ……しばらく休め? それがアタシを呼んだ理由?」

 学園長室。ソファに腰を下ろしていた夜白は、向かいに座る夜々からの言葉に首を傾げる。

「そうです。あなたこの一ヶ月全然休んでいないでしょう。講義に訓練に勉強。この街で起きている事件にも首を突っ込んでいますね」

 夜々の言うことは全て事実だった。何かに集中していないと、思考に隙間を作ると、すぐに頭の中にがやってくる。

「あなたの頑張りは誰もが認めるところです。少しくらい休息したところで、誰も咎めはしませんよ……夜白?」

「…………」また皮肉かと言おうとした夜白は、名を呼ばれて固まった。

「どうしたのです? 驚いた顔をして」

 夜白は目を丸くする夜々に向かって言う。

「……お祖母様に褒められたの初めてだから」

「そう……でしたか?」

 今度はなぜか夜々が動揺し始める。本人は気づいていなかったのだろうか。いつもいつも厳しい祖母は夜白がどれだけ上手く魔法を扱おうと、手柄を立てようと。決して褒めることはなかった。決して夜白と呼ぶことはなかった。

 それがいじわるなどではないことは分かっていた。それでも歯がゆい想いをしていたことも事実だった。

 夜々がふと何かに気づいたように笑う。

「あなたの成長は事実です……けれど。もしあなたがそう思うのであれば」その笑みは恋する少女のようだった。「どこかの誰かにアドバイスをもらったからかもしれません」

 夜白は今日何度めかのため息をつく。またしてもアイツだ。まったくもうあの男はどれだけ自分たちに影響を与えているのだ。

 眼の前の人も同じ結論に至ったらしい。夜白と夜々は互いに笑い合う。こんなこと何年ぶりだろうか。遠い昔、まだ母が元気だった頃にまで遡らなくてはいけない。

「了解。お祖母様の言う通り、少し疲れてるのは事実よ。だから今日は休ませてもらうわ」

 話は以上だろう。夜白は立ち上がり、扉に向かって歩きだす。

 その背中に声がかかり、夜白は振り返る。

「夜白」

 改めて実感した。そう呼ばれるに足る力はあるらしい。夜白はにやけそうになるのを必死に堪え、何てことないと言う表情を作った。

「夜光の目が覚めたらご飯でも食べに行きましょう」

「それは願望?」

「その内届くであろう確かな現実です」

 夜白は腰の国崩しを見つめる。未だコイツは神代夜白を認めておらず、願いを叶えることはできていない。心して精進していかなければならないようだ。

 扉へ手をかける。外に出た夜白はぐっと背伸びをする。スマホを取り出し通知を見るが、特にめぼしいものはなかった。

「……さて、どこに行こうか」

 ふと思い浮かぶ場所があった。どうせ今日は暇なのだ。行ってみようか。

 黒い靄を残し、夜白は虚空へ消える。


 もうお馴染みの天防タワー屋上へと跳んできた夜白は、フェンスへと身体を預けていた。

 ボーっとただ天防の街並みを眺める。一月前の大事件など、この街にとっては遠の昔の話だ。七篠により壊されたいくつもの建物もすでに復興している。天防タワーの解体工事も再び進められている。ここでこうして景色を眺めることができるのも、そう長くはないだろう。街は留まることなく前に進む。

 ふと天防駅の南口でひったくりが起きるのが見えた。犯人は自らの身体を犬に変化させ、驚くべきスピードで逃げていく。反射的にウォンドに手をかけた夜白だったが、犯人を追いかける警察の姿を見て、肩の力を抜く。

「……休みって言われたばっかりじゃない」手元に視線を向ける。「今日はアンタたちの出番はないわよ。国崩し、シロ」

『『…………』』

 白光はともかく、国崩しも何も言わない。あの戦いの最中、偶然受け取り、返す間もなくあの男は消えた。それ以来ずっと自分が持っている。隙あらば消えようとする国崩しを怒鳴りつけることを何度繰り返しただろうか。とりあえずは夜白の元にある。

 それが成長なのか分からない。国崩しに足る人間になったのか。容易に認めるほど傲慢でもないし、安易に否定するほど自らを卑下もしない。

 ただアイツに文句を言われないくらいの努力してきたつもりだ。それだけは事実だった。

「……って、アタシはバカか」

 自然とアイツのことを思い返している自分がいた。皆に文句を言おうと、結局のところ自分自身で思い返していれば世話はない。

 夜白はスマホを取り出し、暇つぶしに適当にアプリをいじる。だが、それこそがわざとらしい自分へのごまかしのようで、スマホを開いた本来の目的を果たす。

 発信履歴。全て同じ名前で埋まった文字列を眺める。その一つをタップしようとして、指が止まる。

 しかしそれはほんの数秒にも満たない短い時間だった。恐れと期待を乗せた逡巡の秤は、呆気なく期待へと傾く。

 タップ。スマホを耳へ。コール音。コール音。コール音。

 繋がらないことは分かっている。あの別れの後に何度かけたところで、アイツが電話に出ることはなかった。

 最悪は現実へ成ったのだ。そう認めるべきなのだ。

 それでも。

 夜白は何度も何度も電話をかける。

 それが届かない現実であろうとも、絶対に諦めることはしない。

 だって、

「アタシは神代夜白だから」

 ふとどこからか音が聞こえる。耳を澄ませ、雑音を排除し、遠く遠く、小さな音を聞き取れ。

 まだ遠い。近づく。音が大きく。次第にはっきりと。

 もう聞こえる。

 それは何度聞いてもダサくて古臭い軍歌だった。

 夜白は笑った。電話を耳に押し当てたまま。いつまでも途切れない軍歌は心を踊らせてくれる。

 音が止まる。あちらが切ったのだ。夜白もスマホをポケットに仕舞う。

 振り返ることなく夜白は尋ねた。

 もっと言うべきことが、言いたかったことが、言えなかったことがあったのに。

 下らないことを夜白は口にする。

「何で電話出ないのよ」

 弱くて強い少年は答えた。


「――また貴様の声が聞きたくてな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法士とウィザード @kagemaru3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ