第14話 嵐を呼ぶブロッコリー

「この日のために箒を大量に作っておいたッス」

 確かに一家に一本どころか一人一本持てるくらい大量の箒を作っては家の前に立て掛けていったけれど、箒でどうやってオロチを退治しようというのだろう。

「箒の起源は魔除けっていう話を以前したと思うんスけど」

「したね」

「箒は魔を避けるものであり、水を掃くものでもあるッス」

「……そうなの?」

 確かに水切り箒とかあるけどさ。

 少し悩んで、会話の内容を思い出す。


「ああ、掃晴娘の方の話か!」

 てるてる坊主のモチーフになっている掃晴娘だが、その手には箒が握られている。

 雲を掃き、晴れにするための箒だ。

「つまり洪水のモチーフであるヤマタノオロチにはもってこいの武器ってことッス!」

 武器。

 魔女とか巫女とか、武器っていうかアイテムとして持っているけど。


「てりゃっ」

 ナタを振り下ろすがごとく、マナちゃんの一太刀がオロチへと落とされる。

 スパッと。

 首が落ちた。

 そりゃあもう深夜の通販番組の包丁みたいな切れ味。

「  」

 断末魔を叫ぶこともなく、地面に落下した頭だったものはゲル状に溶解し、やがてクラゲのように軟体化して、最後はアメーバ状に地面へと溶けていった。

 洪水のメタファー。

 オロチの正体見たり肥河の洪水といったところか。


「さあ、その手に武器を持ち戦うッスよ!」

「「「うおおぉぉぉ!!!」」」

 マナちゃんの掛け声に呼応して村人たちも咆哮を上げる。

 箒を掲げて突撃する様子はさながら忠臣蔵で討ち入りする赤穂浪士の如く。


「お掃除大作戦って感じッス」

 一気に現実に引き戻される。

 あれだよね。

 男子は傘一つあれば勇者になれるし、箒が二つあれば決闘が始まるけれど、女子にそのロマンは伝わらない的な。

 いいからさっさと掃除して、と窘められるのが世の常。


 ちょっと天井のホコリを払う、みたいな感覚で箒を掲げる集団によるヤマタノオロチ退治の幕が上がる。

 というか、一方的な虐殺だった。

 身動きの取れないオロチ相手に何十人という村人が襲いかかり、首が切り落とされるどころかキャベツの千切りみたいに細かく刻まれていた。

 人間など一呑みで飲み込んでしまいそうな首を持つ巨大な大蛇も、数の暴力の前では無力であった。


 鱗一つ残さず綺麗サッパリ切り刻まれ、個体を維持できずに液状化して地面に染み込んでいった。

 オロチであったものは跡形もなく消え去っていた。

 龍の頸の玉とか、もしかしたらあったのかもしれないのに。

 あったところでって話ではあるが。

 これかぐや姫じゃないし。


「や、やった、やったぞ!」

「俺たちの勝利……なんだな?」

「おいおい、肩透かしもいいところじゃないか」

 村人はまだ信じられないといった様子で互いに顔を見合わせる。

 先陣を切って箒を振り回していたマナちゃんにその視線が集まる。


 彼女は振り向き、満面の笑みでそれに応える。

「大金星を挙げたッスね。さあ、今こそ勝鬨をあげる時ッス!」

「「「うおおおおぉぉぉぉ!!!」」」

 この雄叫びを同じ話の中で再び聞くことになるとは。

 勝利に沸く民衆というのは勢いが凄い。

 そしてマナちゃんは民衆を導く自由の女神のようだ。

 三色旗じゃなくて箒を掲げているのが滑稽でもあり、らしくもある。


「まるでレンブラントの『夜警』みたいッス」

「あれ。ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』じゃないの?」

「そっちだと上半身裸の女神様ッス。裸になるのはお相撲さんだけで十分ッス」

 なるほど。

 さすがマナちゃんの言葉には押しが効く。

 相撲だけに。


「――おい」

 野太い声がする。

 沸き立つ観衆を他所に、その声の方を振り向くと鬼の形相でこちらを睨みつける酒呑童子の姿があった。

 ……あ。

 忘れてた。


「お前達、あの化け物を倒して随分と浮かれ気分だなぁ? この俺のことなんて眼中になかったかぁ!? ああぁ!?」

 童子は大きく唸る。

 そして力を込めると、絡みついていた稲をいとも容易く千切って抜け出す。

「そ、そんなっ!」

「俺はあいつと違って小回りがきくからな。八又の首で身動きが取れなくなることもない」

 残った稲を手で払い除け、足首に縄のように絡みついたツルも、か細い稲穂のそれのように千切ってみせる。


「まずいな……相当気が立ってる」

「怒りによって潜在能力が引き出されるパターンッスね。ヤマタノオロチという自然を愛する男が倒されたことでリミッターが外れたッス」

 オロチは人造人間だった……?

 しかも自然を愛するっていうか自然現象そのもの……。

 ていうか、こいつ見た目的に怒りで変身できるブロッコリー的な方のヤツだろ。


「さあーて、仕切り直しといこうじゃないか、ええっ!?」

 首を回し、これから暴れると言わんばかりに体をほぐす。

「ひ、ひえぇっ」

「あわわわ……」

 村人たちの歓喜はどこへやら、一気にお通夜モードに。

 などと楽観視しているが、いや本当どうするのこれ。


 相変わらず余裕のマナちゃん。

 やはり何か秘策があるのか……?

「所詮、他人の褌で相撲を取るような卑怯者ッス。凄んだところで怖くないッス」

「うぇぇえ!? マナちゃん何煽るようなこと言ってんの」

 ピクッと童子のこめかみが反応した。

「ほほう、この期に及んでそんな軽口を叩けるとは大した度胸だ。その無謀とも言える勇気に免じて、お前を最初に叩き潰してやるわっ!!」


 酒吞童子が両手を握りしめ、まさしく鬼のように全身を紅潮させながら駆け出してくる。

 大きく振りかぶるその姿は巨大なオロチにも負けないほどの迫力だった。

 獣のごとく突進してくる鬼を前に、仁王立ちで立ち向かう少女。

 それは勇猛果敢な戦士か。

 暴虎馮河な向こう見ずか。




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