第13話 マジックに該当

「吹けよ風、呼べよ嵐……」

 マナちゃんが謎の詠唱を始める。

 呼応するかのようにオロチが連れてきた暗雲がさらに勢いを増していく。

 風の音とともに不気味なBGMが流れ出す。

 低い唸り声とか聞こえる。

 気のせいかもしれないけど、悪役レスラーの入場曲のような雰囲気。

 気のせいだけど。


「立てよ国民……」

 それ違う。

 それ民衆が蜂起しちゃうやつ。

 ジーク酒呑。

 ジークオロチ。

 赤勝て青勝てって運動会の声援みたいだな。


「怒れ有権者……」

 矛先が急に変わった!

 世間をかき乱すだけ乱しといて結局議員辞職した方の演説に変わった!


「燃えよドラゴン……」

 考えるな、感じろと。

 まあドラゴンっぽいオロチは嵐だから燃えないんだけどね。

 相撲からプロレス、ここに来て少林寺拳法まで加わったか。


「……ズ」

 応援歌にされた。

 あれ、もともと入場曲から始まった一連の流れだから原点回帰したことになるのか。

 じゃあ、そろそろ話を進めても良いかな。

「いいですとも! ッス」

 そこは、いやどっちにしろ古いなこのネタ。


「こんな詠唱みたいなこと、必要ないッスけどね」

「あれ、そうなの?」

「ただの時間稼ぎッス」

「何かすごい魔法でも使うのかと思ったよ」

 その言葉に、少しだけ考えてから

「魔法みたいに見えるッスけど、魔法じゃないから種も仕掛けもあるんスよ」

「……? ふーん?」

 よくわからないままに相槌を打つ。


「そんなわけで、そろそろ仕込んだタネが芽吹く頃ッス」

 そう言って足元を見つめるマナちゃん。

 しばらくして、一人と一匹が戦っている場所から地鳴りと地響きが起こる。

 最初は気付かなかったが、その音と振動は次第に大きくなる。

 周囲も気付いてざわつき出し、互いに顔を見る。

 そして下を見る。

 何も変わった様子はない。

 ただ、何かが地下でうごめいている。

 そんなただただ気持ち悪い感覚だけが続く。

「いやあ、さすが出雲国は肥河ひのかわたまものッスね」

 マナちゃんだけが一人頷いていた。


「そろそろ一体何が起こるのか――」

 わたしが尋ねようとしたところ、土俵を中心に大きく地面が隆起する。

 戦う両者も手を止め視線を足元に向ける。

「イッツ・ショータイム! ッス」

 マジシャンさながらに指を鳴らす。

 その一瞬だけはシルクハットにタキシードを着こなす本物のマジシャンのよう。

 というか、実際そんな衣装に変わってるんだけどね。


「…………!?」

 何が起きたのか。

 あえて感じたままを述べるならば。

 が現れた。


 雨後の筍のごとく次々に何かが地面を突き破って姿を出し。

 破竹の勢いのごとく謎の物体は勢いを増し天に伸び。

 それが植物のツルのようなものであると気付いた時。

 それは縦横無尽に地面を埋め尽くし氾濫していた。

 その正体が稲だと気付いた時。

 それらは絡み合い、対峙していた鬼と蛇を捕えていた。


「これは……稲みたいだけど。何でこんなことに」

「ジャックが一晩でやってくれたッス」

「……あれ、本人が豆の木を育てたわけじゃないからね」

 しかもジャック本人は何の罪もない巨人の家から強奪を繰り返す卑劣な窃盗犯なのだ。

 そもそもこんな作品がもてはやされるのはおかしい。

 これでは桃太郎と同じじゃないか。

 実は鬼は悪くないのに、罪なき者から金品を強奪したとあっては都合が悪いから『悪い鬼』に書き加えられたみたいな。


 ……そんなことを言い出したら酒吞童子や茨木童子も、鬼が悪いのではなく、大江山に潜むならず者を鬼ということにして退治するだけで、鬼そのものが悪いわけではなかったというのに。

 だからこの酒吞童子も『人々の作り上げた悪人としての鬼』というだけであって、物語の役割から離れたら、凶悪でも何でも無い普通の鬼なのかもしれない。


 ――少しだけ、そんな真面目なことを考えてみた。

 なんて、目の前で起きている光景から目を背けたくて現実逃避をしてみたが、そろそろ限界のようだ。


「そう、酒吞童子も実はただの酒好きで人さらいのおっさんだったかもしれない――あ、いや、人さらいは駄目じゃんやっぱ」

「何言ってるんスか。酒好きの幼女ッスよ。神社に頻出するひょうたんぶん投げて遠距離攻撃する幼女ッスよ。大事なことだから二回言ったッスよ」

 残念ながらミョウガタケ生やしてる方はマナちゃん認めないらしい。

 他にマナちゃんが知ってる方のゲームの酒吞童子はただの鬼だからね、仕方ないね。


 稲の勢いは衰えず、オロチの八又の首根っこに巻き付き、動かなくなるほどに締め上げる。

「燃えよドラゴン。邪王何とかドラゴン波ッス」

「よーし中二病製造器の話はそこまでだ」

 どちらかというと植物の領分は南野さん。

「魔界の植物ならぬ神話の植物だね。つまり何でもありだと」

「さすがシショーは察しが早いッス」

 神話に常識を求めるな。

 それが今回の件から得るべき教訓だ。


「もう十分ッスね」

 いつの間にか巫女服に戻ったマナちゃんが振り返り、ぐるりと村人の方を見渡す。

「さぁさぁお立ち会い、ここに取りい出したる陣中膏――あ、間違えたッス」

 ガマの油売りの口上のような勢いで語りだす。

 その右手に握られていたのは薬ではなく箒だった。


「では改めて……立てよ村民! 今こそヤマタノオロチ退治して、真の勝利を得る時が来たッス!」

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