第12話 オロチ丸相撲

「鬼だー、鬼が出たぞー!!」

「う、うわぁぁぁ!!」

「逃げろーーーっっ!」

 相変わらず村人はこんな状況でもパニック映画のように逃げ惑う。

 エキストラとして完璧すぎる。

 ここは絶対に笑わない古事記24時の世界なのだろうか。

「シショー、あっちに黒い雨雲が見えるッス」

 マナちゃんが指差す方を見ると、青空の中に一箇所だけ黒い雲の塊が見え、異常気象と言える速さで移動している。

 恐らく、ヤマタノオロチなのだろう。

「へっ、ヤツもお出ましだな」

 謎のマッスルポーズをとりながら酒呑童子もその方向を見る。

 ふざけた雰囲気になってしまっているが、冷静に考えたら危険な状態である。


「なんだか特撮映画みたいッス」

「VSシリーズの第二弾みたいって言いたいんでしょ」

「でも、VSシリーズならヨナグニサンの方が見たかったッスけど」

「双子の妖精を用意しなくちゃいけないから駄目」

 そんな無為なやり取りをしている間にも雨雲は近づき、周辺は夜かと思うほどに暗くなり、雨音も激しくなってくる。

 台風襲来。

 洪水のモチーフでもあるオロチは、つまりのところ台風そのものなのだ。


「赤コーナー、スサノオの体に鬼の顔、泣く子も黙るボディービルダー、童子-S~、ッス!」

 何故かマナちゃんがリングアナウンスを始める。

 あ、酒呑童子もご満悦。

「青コーナー、俺が通り過ぎた後にはぺんぺん草も生えないと豪語する八ツ俣、嵐を呼ぶ怪物、ヤマタノオロチ~、ッス!」

 ちょうどマナちゃんの紹介とともにヤマタノオロチも姿を表す。

「おい」

「ちょっと聞き捨てならねぇな」

「どうして俺たちが青コーナーなんだ?」

「まさか赤鬼と青大将で適当に色を分けたんじゃねぇだろうなぁ!?」

 オロチが次々に喋りだす。

 そういえば気性の荒いやつが一頭居たな。

「しまった、赤コーナーはチャンピオン、青コーナーは挑戦者ってのが基本的なルールだったッス。土着のオロチが赤コーナーで、他所からやってきた童子-Sが青コーナーなのが正解ってことッスね!」

「そういうことだ」

 そういうことだ、じゃねえよ。

 なんでヤマタノオロチから格闘技の基礎知識を教えられなきゃいけないんだ。

「おいおい、まさか今更挑戦者に格下げってことはねぇよなぁ?」

 あ、こっちもこっちで怒ってる。

 まさに般若の面。

「むむぅ……どうしたもんッスかね」

「いや、どうもしなくていいよ」

「……ああ、そういうことッスね」

 ぽん、と手を叩いて何か思いついたマナちゃんの手には、行司の軍配が握られていた。


「ひがぁ~しぃ~、スサノオ関~。にぃ~しぃ~、オロチ丸~」

 相撲かよ。

 よく見ると、村の中央にあった円形の台の前で二人、いや一人と一匹、正確には一匹と八匹……? が見合っていた。

 アイドルのお立ち台かと思ったら、本当に土俵代わりになるとは。

 いやまぁ正確に言えばオロチは初めから土俵に収まりきらないから居るのは酒呑童子だけなんだけど。


「見合って見合って~~、はっけよーい……のこった! ッス」

 マナちゃんの合図で二人の壮絶な取り組みが始まった。

 酒呑童子の倍以上はあろうかという巨体を振り回し、オロチは縦横無尽に暴れ回る。

 一方の酒呑童子は防戦一方といったところで、反撃の機会を伺うように攻撃を受け流している。

 ……なんで解説者みたいなこと言ってるんだろう。

「コレ自体が壮大なプロレスってオチだったりするんスかね」

「えっそんなお話? ……まぁ、酒呑童子の方はオロチを退治することが目的ってわけじゃあ無いからなぁ」

 あくまで鬼に効く酒を作らせないこと、になるのか。


 しかし困った。

 奴らが取っ組み合っているうちは良いが、一方が押し出されたり、オロチが尻尾を振り回したりするたびに周囲を暴風が襲いかかる。

「おいおい、これじゃ見物できねーぞ!」

「座布団もってこいコノヤロー」

 村人はすっかり観客気分だ。

 雨に濡れても気にしない……というか、この時代って雨に対して不快感はないのだろうか。

 気の問題かもしれないが、サラサラした雨で嫌な感じがしない。昔だからホコリとか酸性雨とか無縁ってことか。


「オラァ!」

 と酒呑童子がみぞおちにパンチ。

 いや反則じゃない?

 土俵の外に出たら負けっていうルールすら無視してるから気にしちゃ負けか。

「やりやがったな、このぅっ!」

 今度はオロチが二本の首を絡めて太い棒のように編み上げ、延髄チョップのように童子の首へ振り下ろす。

「ぐへぇっ」

 地面に突っ伏す童子。

「ワン、ツー、スリー……」

 何故かカウントするマナちゃん。

 これ総合格闘技だろ。

 見たことないけど絶対そういう部類の試合だろ。

「まだまだぁ!」

 腕立てのように体を持ち上げ、片膝を付きつつそのまま立ち上がる。

「長いよ、1ラウンド3分とかじゃないの」

「総合格闘技は5分ッス」

「ああ、そう……」

「ちなみに相撲にも制限時間があるッスけど、番付によってまちまちッス。だいたい2分から4分ッスね」

 ムダ知識がまた増えてしまった。

 ちなみに作者も今知った。

「もちろん今回は時間無制限のデスマッチ、どちらかが倒れるまでの勝負ッス」

「マナちゃん手に汗握ってるけどこういうの好きだっけ」

 知らなかった。ちょっと意外。

 びゅうびゅう風が音を立て、周辺の物を散らしていくので早く決着をつけてほしいものだ。

 小石やら枝やら、こっちに飛んできて地味に痛い。


「……シショー、早く終わらせたいッスか?」

 目にゴミが入ってこすっているところにマナちゃんが話しかけてくる。

「う、うん……。流石にそろそろなんとかして欲しいところではあるね」

「じゃあそろそろ終演ッス。十分堪能できたから満足ッス」

 やっぱり楽しんでたなこの娘。

 しかしそんな発言をするということは、終わらせる算段があるというのか。


「ふふん。千秋楽ッス」

 参戦するような勢いでマナちゃんが仁王立ちになり、童子とオロチの取り組みを見据える。

 このラスボス感。

 風になびく巫女装束が無駄に雰囲気を出している。


 カツンッ。

「だっ!」

 小石がマナちゃんの鼻を直撃した。

「あう~」

「ああもう、急に動くから」

 涙目で鼻を押さえるマナちゃん。

 珍しく弱気で可愛い。

 痛がってる本人を前にそんな感想を抱くのも失礼ではあるが。

「シショーに『痛いの痛いの飛んでいけー』ってやってもらったら治るッス」

「あれで本当に治るとは思えないけど……」

「気持ちの問題ッス! 誰かに守られてるって思えばこそ、痛みも和らぐッス!」

 まあ、そうなのか。

 とりあえず本人がそれで満足するならそれでいいか。

「痛いの痛いの、飛んでいけ~」

 わたしは適当に後ろに向かって手を振った。


「あだっ! ですぞっ」

 誰かに何かが当たった。気にしないでおこう。

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