第2話 病院

午前9時。喋り続けるインフルエンザ君を無視して、病院にやってきた。いつもの病院がしまっているせいなのか、ただ単に風邪が流行っているのか、待ち合わせ室は大混雑だ。


「初めてきたんですが」


「それでは保険証の提示をお願いします。あとこちら問診票となりますので、お掛けになって記入してください。」


受付のお姉さん、いや、おばさんも人が多くて疲れたのか、非常にだるそうである。悪態をつく元気さえないため、言われるがまま座って問診票を記入する。病院ってやつはなぜこう毎回毎回体調悪いってのに文字を書かせるのだろうか。もっと患者に気を使ってもよやそうなものだが、個人情報の取り扱いとか取り決めが厳しいのだろうか。ま、今は言われると売りにするしかない。


「あぁ、ここは落ち着くな。俺ほどに進化できた奴はいないようだが、同朋の気配をたくさん感じる。俺たちは基本的に一人で増えることができるから、パートナーがいらない。本来は喋ることも、お互いに感じることもできないが、お前の脳を乗っ取ったことで、俺にも想像力というものが備わったかもしれないな。俺たちが流行して、お前達の体を乗っ取っていく。なんという快感だろう。ははははっ。笑いが止まらんな。」


俺の気分は最低だが、インフルエンザの機嫌はすこぶる良いようだ。くそ、ムカついてきた。というかムカつく気力さえない。無心まま問診票を書き終えて、正に最後の1席となった椅子に座り、名前が呼ばれるのを待つ。。。。


待つ。。。。。


遅い。全然呼ばれない。あぁ。頭もまた痛くなってきた。意識が朦朧として、倒れそうな頭を手のひらでかろうじて支えながらただ耐える。いつまでこの苦行は続くのか。


午前11時。


「神田さん、神田正樹さん、どうぞ診察室にお入りください。」


やっと呼ばれた、俺の名前だ。意識が朦朧としすぎて聴き逃すところだった。返事をすることもなく立ち上がり、奥の診察室へ進む。


「はい、こんにちわ。今日は発熱に鼻水、喉の痛みね。熱は38度5分と。じゃ、まず喉を見ますので開けてくださいね。」


忙しすぎて面倒になってしまったのか、淡々と診察が進められていく。普段ならこの医者ちょっと無愛想だなとか思うのだけれど、コレだけしんどいと無愛想な方が良いとまで思ってしまう。


「はい、じゃあインフルエンザの検査しますからね。ちょっとくしゃみが出そうになりますけど、我慢してね。」


「あ、はい。多分インフルエンザだと思うんですけど。」


言った瞬間、医者は怪訝そうな顔をしたが、面倒なのかそのまま無視をして綿棒のようなものを取り出しおもむろに俺の鼻に突っ込んだ。


「うっ。」


いっ、痛い。非常に痛い。マジで痛い。正にうめきたくなる痛さである。左側が終わったら引き続き右側へと移行し、さらにグリグリされる。あっ。あああっ。もう本当にやめてくれっ。痛すぎるっ。と思った瞬間に綿棒が引き抜かれた。


「はい終わりねー。検査するから出て右側のベンチで座って待っててください。」


痛すぎて涙でベシャベシャの状態でティッシュももらえずに外に一人放り出される。なんかすごく自分が惨めな気がしてきた。クソ野郎め。と、ただ真面目に仕事をしているだけの医者に対して思ってしまうほどに。


「ああ、俺の同朋達が一部旅に出たようだな。誰かに寄生できれば良いが、この環境下では厳しいのだろう。一瞬、ものすごく脳の刺激が高かった。これが痛みというやつか。俺はまだ感じることができないが、認識することはできるようだな。まあ、俺がいることでお前が痛みを感じているのだから、俺が痛みを嫌悪したら意味がないのだが。」


なんかもうインフルエンザさん解説がすごく多いよね。とりあえず涙を拭きたいと思い、ポケットからポケットティッシュを取り出し、ついでに鼻もかみ直した。あぁ。左ポケットがもうすでに使用済みティッシュだらけで大変なことになっている。ゴミ箱に捨ててしまいたい。ティッシュについたインフルエンザウイルスをインフルエンザの人格はどう思っているのだろう。そんなことをつい思ってしまうと、即座に反応が帰ってきた。


「まぁ。お前でいうと切った後の爪のようなものかな。いや、少し例えが正しくないな。誰かに感染できる可能性もあるわけだから、出し終えた精子のようなものか。」


あぁ。考えたことが伝わるって、大変だな。サトラレはしんどいな。そう思ってまた無の境地に落ちた。


午前11時30分。

検査終了との呼び出しを受け、再度病室に戻る。もうこれだけインフルエンザ自体が話しかけてくるのだから、幻聴というのももうこれ以上、逆に信じられない。さぁ。告げてくれ。お医者さんよ。俺はもはや仕事とか子守とか言っているレベルではない。疲弊し切って今にも倒れそうだ。


「インフルエンザです。A型ですね。今までなったことはありますか?」


やっぱりか。わかってはいたのだけど改めて告げられるとなんか本当にもう一度凹みたくなるな。本当は仕事に行きたいんだよ俺だって。


「いや、小学生以来くらいです。」


「ああ。それでは薬の使い方わかりませんね。こういうやつで、口から吸うタイプです。帰ったらすぐ吸ってください。咳はひどいですか?」


「出ますが、出続けるというほどではありません。」


「じゃ、軽い咳止めと、解熱剤、鼻の薬も出しておきますね。で、解熱してから2日間は外に出てはいけません。その後別にもう一度くる必要はないですから。自己判断で仕事も復帰してください。はい、じゃあお大事にしてください。」


一方的に喋られてすごく適当に帰らされた感じだが、ま、逆に都合が良い。さっさと金を払って薬をもらって帰ろうじゃないか。そう思って再度待合室に戻ってから、支払いの呼び出しまでさらに15分以上待たされたのだった。

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インフルエンザ君 海魚 @kagerou13

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