インフルエンザ君
海魚
第1話
午前5時。
そいつは突然俺のもとにやってきた。強烈な寒けと、震え、仕事は山積みの上、2歳の娘と妊娠している嫁を手伝ってやらねばならない。いま、ここで休むわけには…。
午前6時。
仕方なく起き上がり、体温計で熱を測ってみた。あぁ。38.5度。近年見たこともない数値を見てしまった。もうダメかもしれない。あぁ。どうしたものか。
午前6時15分。
これ以上悩んでいても仕方ない。今となっては、シャワーを浴びて会社に行くなどしたら、逆に顰蹙を買ってしまうほどの青白い顔をしていることだろう。鼻水だってダラダラだし、咳も数分に一回のペースで激しく出る。あぁ。なんでこんなことになってしまったのか、思えば先週、会社に来たお客さんが、風邪気味で辛そうだったな。しかも上司がインフルになったとか言っていた。あぁ。絶対あの時にうつされたよな。あぁ。もう考えるのをやめよう。この時間なら上司には電話じゃなくて、メールの方が良いだろう。病院には最低でも行かないと出勤出来そうもない。
【メール】
お疲れ様です。
明け方から寒気があり、熱を測ったところ、熱がありました。忙しい時期に大変申し訳ありませんが、今日はまず、病院に行ってきます。9時になったら今日会う予定の取引先様には連絡を入れておきます。
よろしくお願いいたします。
【保存】
よし。頭がガンガンする中では割とよくかけたのではないだろうか。もう迷っている暇はない。さっさと送って自由の身になろうではないか。あと少しで、別部屋で眠っている子供と嫁も起きてくるだろう。あぁ。予防接種もちゃんと打ったのに、なぜこうタイミングよくかかってしまうのだろう。あぁ。困ったものだ。もっと暇な時にかかってくれればいいのに。ああもう全てが面倒だ。送信ボタンをおもむろに押した。
午前7時。
嫁と子供が起きてきた、俺は昨日からなんとなく体調が悪かったため、いつもの寝室ではなく、リビングの端っこに布団を敷いて小さく眠りについていた。子供は相変わらず元気そうだ。
「おはよー」
最近やっとおはようの意味を理解したらしい。おはようと返そうとして、声があまりでないことに気がついた。あぁ。俺体調悪かったんだ。
「体調どう?」
昨日調子が悪いといったせいか、嫁が聞いてくる。つわりで大変だというのに、本当にできた嫁だ。こういう時は非常にありがたい。
「あぁ。もうダメだ、さっき熱はかったら38度5分だった。」
「ありゃま。そりゃ今日はお休みだね。」
「どっちにしろもうそのまま会社行くのは無理だから上司にメールしておいた。朝、病院に行ってくるわ。」
「わかったー。行くならいつものあそこかな。あれ?今日って水曜日だっけ?今日あそこお休みかも。ちょっと調べてみるね。」
うん。と返すのがやっとな俺、本当によくできた嫁だ。
「やっぱりさっきのところはやってないね。一応駅のところはやってるみたい。ハセガワクリニックだって。行ったことある?」
「いや、ないけど、とりあえずそこに行ってみるわ。ありがとう。」
「うん。なんか朝ごはん食べる?お茶漬けとか?」
「うん今はまだいらないけど、少ししたら食べようかな。」
あぁ。なんてよくできた嫁だ。
午前8時。
どうやら病院は8時半からやっているようだ。正直しんどいながらも、嫁が出してくれたお茶漬けを啜る。体が熱い。無駄に生きている実感が湧くとか思って、しんどくなって考えるのをやめた。
「おい。聞こえるか?」
ん?何か聞こえたような気がした。いや、こんな時に男の声などするはずもない。
「おい。聞こえるか?」
尖ったような声。頭の中から響いてくるような不思議な感じ。え?なに?幻聴?
「どうやら聞こえているようだな。ようやく、お前と話せるレベルまで進化できたようだ。よかった。」
あ、やばい。俺マジで幻聴が聞こえてる。あぁ。体調が悪いとはいえ、俺もうやばいんじゃないか。
「おい。聞いてるのか?俺はお前の中に寄生したインフルエンザだ。おい。なんとか言えよ。」
は?インフルエンザ?俺ってそもそもインフルエンザだったの?あーもうよくわからない。あー病院も行かなきゃいけないし、幻聴まで聞こえ出してしまった。あぁ。憂鬱だ。体もだるいしもうダメだ。
「まぁそう気を落とすな。俺たちもここまで進化できることは珍しい。まぁ、少なくとも何千年もかけてゆっくり進化するお前らなどと比べたら、進化のスピードは桁違いだけどな。」
ん。ま。そういうことにしておこう。なんというかもう考えるのがめんどくさいし。早めに病院に行かなきゃ。インフルエンザさん早く弱ってお願い。
「すまんな。そのつもりは毛頭ない。久しぶりにこれだけ増えることができて、ようやく脳の細胞も一部奪い取れるようになったんだ、ここまできたらこのままお前の体ごと頂く事にする。まだ神経を扱えるところまでは出来ていないが、お前の脳内細胞から、お前の記憶と、思考までは読み取れるようになった。俺は急速に進化している。お前が思っているより早く、お前そのものを奪い取るつもりだ。」
え。まじ。俺このままインフルエンザに乗っ取られちゃう感じなの。いやーそれだけは本当に勘弁してもらいたい。まだ子供も育てなきゃいけないし、大変なんだ俺は。頼むよ、インフルエンザさん。
「そうは言っても、俺も同胞を増やして生き残っていかなければいけない。お前たちが動物を殺してたべて生活しているのと同じようなものだ。俺たちは、お前たちに寄生することでしか生きていけない。そもそもお前だって、何億という細胞の集まりでしかないだろう。つまりお前と俺は同等の存在、いや、俺の方が進化するスピードが早いから、より優れた存在ということになる。だからお前には申し訳ないが、この体、頂いていくぞ。」
これは本当に幻聴なのか。俺はいま、インフルエンザに体を乗っ取られようとしているのか?
「ああ。まさしくそうだ。もうお前の脳内細胞もほぼ俺が支配しつつある。お前の記憶を元に学習をさせてもらった。だから俺は日本語が話せるし、お前の記憶も全部見ることができる。残念だったな。もうお前にできることはなにもない。このまま乗っ取られて、消えていくのだ。俺は今既にお前と同等の思考を有している。つまり、おまえと同等の生命体。もう一つの人格といったところか。そもそも、おまえの体とおまえの思考は別々であり、お前も自分の体に寄生すること手間しか意識を保つことができない。ということはお前と俺は、いま同等ということになる。」
あぁ。話がややこしくなってきた。只でさえ頭が痛いというのになぜこんな小難しい話を永遠と聞かされなければならないのか、箸が全く進んでいない俺を見かねて、嫁が心配そうに大丈夫?と聞いてきた。
「あぁ。なんか頭痛い。」
そう返して、またお茶漬けを啜る。
長い1日の始まりだった。
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