タイムリープは役立たず

クロウペリ

タイムリープは役立たず

(あーココアが飲みたい……)

 この前まで残暑で暑いと思っていたのが、夜になると涼しさを通り越しそぞろ寒くなってきた今日この頃。温かいココアが飲みたいと私は思った。……あ、そうだコンビニくじで当たった引換券があったんだっけ。ガサゴソとカバンの中を漁る。中学生になり貰った生徒手帳、1年半前の写真が恥ずかしい。その手帳のページの間に挟んでいた引換券を見つけ、私は嬉々としてコンビニに出かけて行った午後10時。

 格好と言えば寝間着代わりのジャージに、かわいいアップリケの付いたカーディガン。100m先のコンビニなんてこんな格好で十分だ。財布も持たずに、引き換えだけで何も買わないのも平気のへの字だ。

 客の空いた今の時間、コンビニの店員さんは棚の整理をしている。

 一直線に誰もいないレジカウンターに行き、棚の所にいる店員さんに声を掛けた。

「すみませ~ん」

棚整理中の店員さんが小走りでレジに来た。

「あのー、これ……」と控え目に言うと。

 面倒くさそうに……いや、無表情でココアを持ってきてくれた。

「あ、袋いいです」

 買って(買ってない)、さて帰ろうかと入口に近づくと、何やらコンビニの外に人だかりが……。しまった! 塾の終わる時間だ。近くにある学習塾から帰る中学生たちがここに寄るのだ。さっさと帰ろう。知り合いにでも会ったら大変だ、私は慌ててコンビニを出た。

 すると前から、幼馴染のリョウタがやってくるのが見えた。背が高く、髪の毛がツンツンとなっているので遠くからでもすぐ分かる。学生服のままだ。多分部活のサッカーが終わってそのまま塾に直行したんだろう、大きなスポーツバックを肩に下げている。私が今一番会いたくないヤツだ、とっさにコンビニの建物の陰に隠れた。

 リョウタがコンビニに近づくにつれて後ろに女の子が付いてきているのが見えた。あれはレイコだ、ギンガムチェックのコートを着て、頭には白いカチューシャ、コンビニの明かりで長い髪がより栗毛色に見える。瞳も大きく女の私から見ても美人だ。

 それに比べて私は、髪の毛の量も少なく伸ばせばぺったとしてしまうので、あごの下で長さを揃えている。ボブと言えば聞こえがいいが、私の場合オカッパ頭と言われるし。つぶらな瞳と言えば褒めているようだが、実際は黒目がちの小さな目。こんな私、今風に言えば、ちょうどいいブスと言ったところだ。

 そして……こんな格好、死んでも見られてはならない。


「もーついて来るなよ」

「あら、私もこっちが帰り道よ」

「嘘つけ、いっつも塾の前に親が迎えに来てるだろ」

「そんなことより、これ……」

 レイコがピンクの封筒をリョウタに突き出している。

「なんだよそれ」

「いいから読んで」

 封筒をリョウタに押し付けるレイコ。

「いらねーよ」

「女の子に恥をかかさないでよ」

 と言われ無理やり渡されてしまうリョウタ。

「それが、私の気持ちだから。返事は明日ちょうだいね」

 くるりと振り返り歩き出すレイコ。コンビニの横で棒立ちになっていた私は、見つかってしまった。

「あら、こそこそと盗み聞きしていたの?」

「……」

 リョウタもこちらを見ている。

「おうサオリ、何してんだそんなところで?」

「別に……」

 もうここは逃げるしかない、私は二人の間を突っ切り走って帰った。


 家に帰って、すっかり冷めてしまったココアを目の前に。

(レイコが渡してたのはラブレター?)

(どうしてこんな格好で行ったしまったんだろう?)

(なんで何も言わずに逃げるように帰っちゃったのだろう?)

 そんな考がとりとめもなく頭の中でグルグルしてしまう。


 次の日。

 ろくに眠れなかった。学校へ行く道すがら、ひどい顔してるんだろうなと思った。リョウタとどんな顔で会えばいいんだろう……。

 校門をくぐり、靴置き場に向かう。やばい! あそこで靴を履き替えているのはリョウタだ。その傍らにはこれまたどんな顔をして会っていいのか分からないレイコもいる。昨日のコンビニ前の再現のようだ。遠くから見ても、レイコがリョウタに何か詰め寄っているのが分かる。

 私は歩く速度を緩め、二人が靴置き場から居なくなるのを待った。


 靴を履き替え重い足取りで教室に向かっていると、教室前の廊下でリョウタが男子と話している。私を見つけると、ひとの心配をよそにリョウタは「よっ!」と、昨日のことなんか忘れてしまってるかのように、短い挨拶だけしてまた男子との会話に戻る。

 私はニッと笑って応えたが、きっと目は笑ってなかったはずだ。


 授業の間の休み時間も座ったまま、昨日ことを考えていると、廊下でリョウタを追いかけているレイコが目に入った。慌てて立ち上がり、教室の窓からのり出し廊下を覗くと、レイコが。

「ねえ、ちょっと待ってよ!」

「るっせーなー」

「昨日の返事聞かせてよ」

「オシッコ警報発令中~!」と言い男子トイレの中に消えていくリョウタ。

 慌てて男子トイレの入口で立ち止まるレイコにくすりとする私。気配を感じたのか、レイコがぱっと振り向き私の方を見た。慌てて知らん顔する。


 昼休みは、開放された屋上で弁当を食べるのがいつもの私の日課だ。なぜならリョウタを含む男子グループも屋上で昼食タイムだから。そのリョウタを視界の隅に置きながら、私たちも女子だけで集まってお弁当を開く。今日も向こう側でリョウタはふざけて遊びながら焼きそばパンを食べている。

 そこにまたもやレイコが取り巻き2人を引き連れて、リョウタの所に詰め寄っている。声は聞こえないが、言っていることは大体分かる。

 それを周りの男子たちに冷やかされて、ばつの悪そうな笑い顔を浮かべている可哀そうなリョウタ。お構いなしに捲し立てているレイコを見て、なすすべもない私。


 放課後。みんなが帰った教室、窓から部活のリョウタが見える。

 そのサッカー部の練習をグランドの隅で見ているレイコも見えた。さすがに部活中は気軽に近づけないようだ。しばらくして休憩に入ると、スポーツドリンクを飲んでいるリョウタにレイコが近づき、何か言うと帰って行った。

 再びリョウタが練習に戻る、私はそれを見届けて下校した。


 その日の夜。自宅の2階の自室に戻り、窓を開けて隣の家の2階の窓を見る。

「ねえ、リョウタ居る?」

 リョウタの部屋の灯りが見える。リョウタの家とは隣同士で、2階のお互いの部屋が向かい合っている。

「今、勉強中~」

「ウソ、何か鉄砲撃ってる音、聞こえるんだけど」

「あ、待って! あと6人」

「……」

「やったー! ドン勝だぜ」

 リョウタが窓から顔を出してきた。

「今日、高梨さんと何を話してたの?」

 こんなストレートな質問をするなんて、自分でもびっくりしたが聞かずにはいられなかった。

「あーあれかー。ほらお前も昨日見てたじゃん、俺が手紙貰ったの。……そういえば、あの時のお前、笑ったよな。成長した座敷わらしかと思ったぞ」

「そんなこといいから! なんの手紙なの?」

 私、なんてことを聞くんだろう? 普段では決して口にしないことを、今日は次から次へと出てくる。

「あー付き合ってくれだって」

 それは何でも隠さず、フランクに話してくれるリョウタのせいかもしれない。

「ふ~ん……、で、付き合うの?」

「高梨は美人だからなー。それに積極的だし。俺ってさ、意外と引っ込み思案だからさ、あんな積極的でポジティブな性格にあこがれるんだよな」

「そうねー、あんた押しに弱いもんね。おまけにケンカも弱く、泣き虫で――」

「おいおい、今それ関係ある?」

「で、どうすんのよ」

「わかんね。あんな調子で毎日来られても、困るしさー、断れば逆ギレされそうだし……」

 その時、階下から私を呼ぶお母さんの声がした。

「サオリー!」

「はーい、……じゃあね」

昨日の手紙らしき白い紙を眺めているリョウタを横目に部屋を後にした。


 私が階下に降りると母親から用事を頼まれた。

「さおり、ボディソープが切れてたから、買ってきてくれない?」

「えー、後ででもいい?」

「いいわよ。あとそれと、これも引いてきて」とドラッグストアの福引券を渡された。

 さっきの話の続きをしようと自分の部屋に戻りリョウタの部屋を見るが、灯りも消えリョウタは居ない。仕方ないので、先にドラッグストアにお使いに行くことにした。


 コンビニ前を通り過ぎ、行きつけのスーパーに隣接したドラッグストアに入り、詰め替え用のボディソープをひとつ買う。

「あ、袋はいいです」

「ありがとうございます」

 レジの先に大きながガラガラがあるが誰もいない。福引は終わったのかな? レジに戻り「あの、これ……」とレジの女性に福引券を見せると、その人が対応してくれた。

 ガラガラ……回すと白い玉が出てきた、ハズレだ、ポケットティッシュを受け取った。するとダブルチャンス賞と言われ、住所と名前を書いて応募すると温泉旅行などが当たるというハガキ大のカードを渡されたので、特に何も考えず、備え付けのボールペンで記入した。応募の箱に入れるとき裏を見るとA賞・温泉旅行やB賞・お米の他に[Z賞・一日戻れる云々」と書いてあるのがチラリとが見えたが、気にしないで箱に入れた。


 ドラッグストアの帰り道。例のコンビニの前に、レイコとリョウタがいる。えっまた今日も? と私は思った。リョウタはトレーニングウェアだったが、レイコは昨日と同じコート姿だった。別に私も今日は普通の格好だし堂々と通り掛っていいのだが、なぜかこっそりと近づきコンビニの陰から2人様子をうかがうことにした。声が聞こえる。

「もうタイムリミットよ、さあ返事をちょうだい」

「ああ、いいよいいよ。俺は女の子の友達いないからさ、友だちで。それとも彼女がいいの?」

 それを聞いて、私は驚きのあまり、辺りが暗くなったような気がし、手の力抜け持っていたボディソープを落とした。

 カランカラン――

 ……落ちたのはココアだった、缶のサイズに似つかわしくない大きな音が響いて聞こえた。

 あれ? 手に持ってたのはボディーソープだったはず、しかもいつの間にかコンビニの看板も点灯し、すっかり夜だ。

 足元に転がるココアの缶から、視線を2人に戻すと、リョウタは学生服姿でピンクの封筒を持っていた。それに私の服が、……ジャージにカーディガン。これって昨日の夜の格好だ。どういうこと?


 わけも分からず、隠れることも忘れていた私をレイコが見つける。

「あら、こそこそと盗み聞きしていたの?」

「私は……」

「おうサオリに何してんだそんなところで?」

 2人とも昨日と同じことを言っている。私は昨日ここで「別に……」と言って走り去った。だが混乱で立ち尽くしていると。

「どうしたんだよ、サオリ」

 リョウタが近づいて来る。

「別に……」

 私も昨日と同じセリフを言って、2人の間を抜けて走り去った。


 一体どういうこと? さっき私はドラッグストアにボディソープを買いに行ったはず。でも持っているのはココアの缶、格好も昨日のままだ。

 今は何時だろう? スマホの時計を確認する。ドラッグストアに行ったのは8時ごろだが、今は10時過ぎ、ちょうど昨日ココアを買いに行った時刻だ。日付も、木曜……、やっぱり昨日だ。

(何がどうなっているの? 昨日に戻ったってこと?)

わけも分からないまま、自宅に戻り布団に潜り込んだ。リョウタの部屋の電気は消えている。

 もし前の日に戻っているなら、明日はレイコがリョウタの後を追い回すはずだ。そして最終的には、さっきのコンビニ前で半分OKのような返事をリョウタがしてしまう。なんとしてもそれを阻止しなければ、リョウタにレイコは似合わない。

 なぜ私はこんなに焦っているのだろう? 幼馴染としてのリョウタとの関係でいいじゃない。レイコがどうしようと、私とリョウタはずっと仲良しでいられるはずだから。はずだから……。はずだから……。


 次の日、私は朝早く登校することにした。昨日のことを思い出すと、まず靴置き場でレイコがリョウタに返事を迫っている場面に出くわすはずだ。先回りしてそれを妨害する、我ながら性格悪いなと思う。でもそうしなければいけないような気がする、リョウタにレイコは合わない。私はどうなのかというと……、正直分からない。

 何をするともなく靴置き場で待っていると、先にレイコが現れた。慌てて階段の所に身を隠す、レイコもリョウタを待っている様子だ。待ち伏せしたのはいいがノープランだった……。レイコに何か言って気を逸らせるか、リョウタがここに来るのを阻止するか。レイコと話すことが思いつかなかったので、急いで校門の方へ行ってリョウタを足止めする作戦にした。だけど待てど暮らせどリョウタはやってこない、変だ……。昨日のシーンを思い出せと、焦る私。……あ、そういえばサッカーボールを持ってた! 部室に先に寄った可能性が、だったら校庭側の裏門から入ったかも。慌てて靴置き場に戻ると、昨日と同じ場面が展開されていた。あー間に合わなかった。気落ちしている暇は無い、次は休み時間の接触を阻止しなくては。


 昨日の休み時間はというと、廊下でリョウタがレイコから追いかけられていた。あの時リョウタはトイレに行きたがっていたから、私が先回りして私が急かせばいいんだ。

 授業時間が終わるや否や私は教室を飛び出し、隣のリョウタのクラスに向かった。ちょうどリョウタが教室を出てきたところだった。

「あんた、トイレ行きたいんでしょ」

 リョウタの背中を押して廊下を行く。

「おいおい、ちょっと待てよ! 俺トイレなんて行きたくないよ」

 お構いなしに私はグイグイとリョウタを男子トイレに押しこむ。勢い余って私もそのまま一緒に中へ。慌てて飛び出す私を見て、廊下の向こうでくすくすと笑うレイコが見えた。何だか昨日と立場が逆だが、今回は阻止できたのでよしとしよう。

 次の勝負は昼休みだ。でもリョウタは昼食の時は男子たちと行動するので、私の入り込むスキがないし……。レイコも取り巻き連中がいるから近づけない。考えろジブン、昨日は確かリョウタは購買の焼きそばパンを食べていた、そこに突破口があるはずだ。


 昼休み。私は混雑する購買部の前でリョウタを探した。すると列の先頭で今まさに焼きそばパンを受け取っているのが見えた。買い終わりこちらに来るリョウタに私は言った。

「その、焼きそばパン売ってよ」

「へっ?」

「焼きそばパンが食べたいの」

「お前はいつも弁当だろ」

「いいのよ。食べたいの」

「食べたいなら、並べよ」

「今、食べたいの」

「お前、今日変だぞ」

 私は100円玉をリョウタに押し付け、奪うようにパンを取り上げガブリとかじりついた。

「あーおいしい!」

「もー、しょうがねーなー」

 リョウタはそう言いながら、購買部の長い列を見渡した。先頭にサッカー部の後輩のユウトがいる。

「おーいユウト! 俺の分も買ってくれ、焼きそばパン!」

 手に持った100円玉を振って合図する。

「分かりました、先輩!」

 こうしてリョウタはあっさりと焼きそばパンを手に入れ、さっさと屋上へ向かって行った。

 残された私は、焼きそばを喉につかえさせながら慌てて後を追った。


 屋上では昨日と同じリョウタとレイコの光景が展開されていた。昨日と違うのは私のお弁当が全然減らないこと。ずっとリョウタを見ているからではなく、さっきの焼きそばパンが胸につっかえ食が進まないのだ。

 もう何も考えられないまま、時は過ぎあっという間に放課後となった。


 放課後。誰もいなくなった放課後の教室の窓から、昨日と同じ光景を眺める。もうグラウンドまで行ってふたりの間を妨害する気力がない。

 今日一日、結局何も変えられなかった。唯一休み時間のトイレ押し込み作戦は成功したと思ったが、よく考えてみると、昨日はリョウタがトイレに逃げ込んだから、結局レイコはその時何も話せてなかったんだった。

 過去は変えられないのかな? バック・トゥ・ザ・フューチャーは過去を変えて、未来に影響を与えていたのに。現実のマイケル・J・フォックスは過去に戻りたいだろうな、病気になってない未来を選ぶために。そんなとりとめのないことを考えてしまう。


 自宅に帰って、夜また昨日と同じ会話を繰り返すのかなと、窓の向こうのリョウタに話しかける。

「ねえ、リョウタ居る?」

「今、勉強中~」

スマホのゲームの音が聞こえる。

「今日、放課後、高梨さんと何話してたの?」

 ささやかな抵抗をと、昨日と少しセリフを変えてみる。

「見てたのか? ……付き合ってくれって。レイコが」

「ふ~ん……、で、付き合うの?」

「今日さ、あいつなんだかしおらしくてさ、やっとちゃんと話せたとか言って。毎日、学校で会ってんのにな」

 ヤバイ、会話の流れが昨日と違う。

「で、どうすんの?」

「わかんね」

 ここは昨日と同じだ。

 そして私を呼ぶ母さんの声がする、ボディソープのお使いのためだ。昨日はここで、リョウタと続きの話をしようと、後で買いに行くと返事をして、部屋に戻ってみるとリョウタが居なかったからすぐにお使いに出掛けたのだった。

 事象の大まかな流れは変えられなくても、自分の行動は変えられるはずだ。だからすぐに出掛けることは止めて、少し時間を遅らせて買いに行こう何かが変わるかもしれない。また自室に戻りベットにゴロリと横になった。

 すると姉のショウコがやってきて。

「サオリー、ボディソープ買ってきた?」

「いや、まだだけど」

「お願い、今から買ってきてくれない? 私、今日一日営業で歩き回ってもうクタクタなのよ。シャワー浴びたいから、お願い」

「うん、分かった」

 やはり事象の流れの大幅な変更は出来ないようだ。私は起き上がりお使いに出かけた。


 てくてくと歩いてドラッグストアに行きボディソープを買う。

「あ、袋はいいです」

「ありがとうございます」

 そして昨日と同じく福引をする、ハズレでポケットテッシュをもらえるはずだ。前回とは違い福引カウンターに白いひげを蓄えたドラッグストアの制服が似合わない老人がスタンバっている。ガラガラと抽選器を回す。

 カラン!カラン!

「当たりです! 特別賞。賞品は不思議な壺です」

「えっ?」

 昨日と違う……。どうなってるんだろうと疑問を感じつつ、壺の入った20㎝四方の白い箱を受け取る。それを抱えて帰路についた。

 帰り道の途中、コンビニの前でリョウタとレイコが話しているのが遠くに見えた。やはり昨日と同じだ。思わず自分の服装をチェックする、ジャージでもないし、ココアではなくボディソープを持っている、それと白い箱。私は意を決した、あの時は思わず隠れたけど、今度はちゃんと言わなくちゃと思い駆け出した。

「ハッキリ聞かせてよ!」レイコの声が聞こえてくる。

(ちょっと待って、リョウタ! オーケーしないで!)と心の中で叫ぶ。

 コンビニまであと少しというところで、何かにつまずきコケてしまった。腕の中から飛び出した箱が宙を舞い地面に落ちた。

「ガチャン!」箱の中で壺が割れる鈍い音が響く。

 その音でリョウタが気付き、こちらを見て笑いながら言った。

「おうサオリに何してんだそんなところで? 派手にこけて――」

 背を向けていたレイコは振り返りもせず。

「あんな子どうでもいいから、返事を聞かせてよ」

「あんな子? あんなドジっ子でも俺の幼馴染なんだよ。さっきの返事はノーだ」

「何ですって?」

 レイコが振り返り、倒れている私を睨む。

「絶対、後悔するわよ」

 まるで私に言っているような捨て台詞を残し、逆切れしてレイコは帰っていった。私は寝そべったままそれを見送った。

「おーコワッ。おーいサオリー、大丈夫か?」

 リョウタが近づいてきながら、転がっている壺の箱を拾ってくれた。それから私に手を差し伸べてくれた。

「ほら、立てよ」

 私は一瞬躊躇したが、しっかり手を握って立ち上がった。

「ありがとう」

「ケガはないか?」

「うん大丈夫」

 手渡された箱を開けてみると見事に割れてしまった壺と、一枚の紙が入ってた。その紙にこう書いてあった。

 ”願い事を思いながら壺を割ると願いが叶います”

「アハハ、何だ~、よかった」

「何がよかったんだ? 割れちゃったんだろ、大事なものじゃないのか?」

「いいのよ、福引で当たったやつだから。最初からハズレだったと思えばね」

「ふ~ん、そんなもんか~。じゃあ帰ろうぜ」

 くるりと回れ右してリョウタが歩き出した。

 レイコはリョウタのことを諦めたのだろうか? 私も幼馴染の関係から一歩進まなきゃ、今はふりだしに戻っただけ。頑張らなくては。でもさっきコケながら「リョウタ! 私を選んで!」って思えば一気にアガリだったのになとちょっと思ったりした。


 私たちは並んで歩いて帰る。ブラブラしているリョウタの左手に、少しだけ自分の右手を近づけた。








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