第三十三話 動機
僕が「交換殺人の相談を始めました」と掲示板に書き込んだりでもしない限り、そのことは相手にしか分からない。
まさか僕から報告させるつもりもないはず。あのメッセージにはそうした指示もなければ、連絡先だって何も書いていない。
ネット履歴を追うにしたって僕が前と同じサイトを使うとは限らないし、実際に新しいサイトで探している。
やはり相手はハッキング技術を持っているのかな。でも個人を特定されないためにスマホからアクセスしたことは一度もないのに。
(もしかして……僕がメッセージの意味を間違えていたのか⁉)
そうだとしたら、再び同じメッセージが送られてきたことも納得がいく。
送り主の要求を僕がまだかなえていないからだ。
じゃぁこのメッセージが意味するものは何なのだろう。
臼井老人を殺したのは僕だと、この送り主は思っているに違いない。それを前提にするとどうなる?
僕は殺した……次の番……。
ある考えに行きついたとき、すぅっと血の気が引いた。そんなことって……。
初めからこの計画には殺される側が二人。そのうちの一人がすでに死んでいる。次の番は佐々部長だ。
そして、殺す側も二人。
送り主は僕の番だと言っている。
佐々部長も僕が殺せ、ということなのか。僕がすでに一人殺している(と思い込んでいる)から、それをネタに脅迫してきたんだ、きっと。
つまり送り主――ミキの名をかたった人物は臼井老人だけでなく佐々部長とも接点があるということになる。
僕があの闇サイトを利用していることをどうやって調べたのかは分からないけれど、初めから佐々部長も僕に殺させるつもりで接触してきたのだろう。
殺したい人間として、僕が佐々部長の名を挙げるのも予想済み。つまり、ミキは社内の誰か、ということになる。
(そんなことって、本当に……)
ひとたび浮かんでしまった妄想は、考えれば考えるほど真実に思えてきてしまう。
ほんの数時間前までにもがいていた場所とは別の深い沼にはまってしまっていた。
*
せっかくの休日となった日曜日も何をすることもなく、ただベッドの上で横になって考えを巡らせているうちに一日が終わってしまった。
ミキの正体を突き止めるには佐々部長に死んでほしいと願う人物、そして臼井老人と何らかの接点があることを調べればいい。それには会社のデータベースを見るのが一番早い、というのが僕の出した結論だった。
いつもよりも少し早く家を出た月曜日、途中で誰とも顔を合わせることなく会社へ着いた。
席に座りパソコンの電源を入れる。立ち上がるのを待つあいだもなぜか緊張をしていた。モニターが明るくなり、パスワードを打ち込む。
データベースを開いて、臼井老人が会長をしていた
そのうちの二件は十年以上前のことだし、当時の担当者は僕も知らない人だ。
そして三年前に仲介をしていたもう一件の担当者は、僕が予想していた名前ではなかった。
「まさか……」あとに続く言葉は出てこなかった。
土曜日に作って提出しておいた資料について、佐々部長からいくつか修正指示があり、明日の打合せには部長と一緒に行くことにもなった。松葉杖での移動なので、荷物持ちということらしい。
仕事とはいえ、部長と一緒に行動しなくちゃいけないなんて今から胃が痛くなる。
すっかり陽が短くなって五時前だというのに外は暗くなっていた。
仕事はひと段落したので水野の席へ行って声をかけた。
「今日は残業あるの?」
「山瀬から俺の所へ来るなんて珍しいな。今日は急ぎの仕事もないよ」
「それじゃ、終わったら飲みにいかない?」
「よろこんで」
水野は座ったまま背筋を伸ばし、右手を胸にあてて執事のようにお辞儀をした。
ちょっとおどけた仕草もヤツらしい。
今夜は駅前の焼鳥屋で向かい合って座った。
お通しの春雨サラダをつまみながら中ジョッキを傾けているうちに、注文していた冷やしトマトにフライドポテト、軟骨の唐揚げがテーブルに並ぶ。
少しお腹もふくれて、一杯目のジョッキが空になったところで水野が身を乗り出した。
「で、何の話なんだよ」
相変わらず、お前の考えていることはまるっとお見通しだといった表情を見せている。その方が僕も話をしやすい。
「あのさ、変なこと聞くけどいい?」
「なんだよ」
「うちの会社で、佐々部長がいなくなった方が良いと思っている人って何人くらいいるかな」
「そりゃ全員! とまではいかなくても、多かれ少なかれほとんどの人がいない方が良いと思ってるんじゃないか」
理由を尋ねることもなく、普段と変わらない口調で答えが帰ってきた。
「その中で本当にいなくなって欲しいと思ってる人は?」
まさか、殺したいと思っている人はと聞くわけにもいかない。
「お前の他にか?」
水野がニヤリと笑う。僕は黙ってうなずいた。
「そりゃ、まずは藤崎だろう。あいつへの部長のいびりはえげつないからなぁ。正直、よくやってられるなって感心するくらい。もし俺があんな風にされたら、部長をぶん殴って会社を辞めてるよ」
「そんなことが出来そうもない人を狙ってるんだよ。佐々部長は」
不満すら面と向かっては言えない僕だからこそ、部長のやり方はよく分かる。
だからこそ藤崎君には強い動機があると僕も思っていた。
「あとは意外な所だと金井さんかな」
「えっ、金井さんが?」
まさに意外な名前が出てきたので聞き返してしまった。
「この前、話しただろ? 部長が金井さんのことを辞めさせようとしているって」
「いつ? そんなこと聞いたっけ」
「あのときだよ、お前が酔っ払って大変だったとき。なんだよ、店にいる頃から酔っていて、俺の話なんか聞いてなかったんだなぁ?」
あの日のことを言われると、色々な意味で顔が熱くなる。
「ごめん。それより金井さんを辞めさせるって、本当?」
「そうなるかは分からないけれど、辞めさせようとしているのは事実らしいよ。色々と裏まで知ってるお局様がいたんじゃ、自分が支店長になってもやりにくいと思ってるんじゃないか」
「そうなんだ……」
金井さんの会社愛というか仕事への思いは強いから、わけもなく辞めさせられるなんてことになったらショックは大きいだろうな。言うことは言うタイプだし、佐々部長を殺そうとする動機にはなるかもしれない。
「小島さんはどう?」
「美樹ちゃんはどうかなぁ。あいかわらず部長はちょっかい出しているみたいだけれど、彼女の方が
たしかに言われてみればその通り。しつこく言い寄られたとしても彼女ならばするっとかわしそうだし。
「あとは……俺、かな」
ドキリとした。
今朝、データベースを調べて出てきた名前は水野だった。三年前に臼井老人が会長をしていた不動産会社を仲介して、物件を制約させていた。
でも臼井老人と佐々部長の双方に接点があったからといって、動機がなければ……と思っていたのだけれど。
「どうして水野が?」
「おまえ、マジで言ってる?」
思わず問いただすように言ってしまった僕に、半ば呆れたようにふてくされた表情を水野は見せた。
「あのなぁ。もう少し男心というものを分かった方がいいぞ」
そう言うとヤツはジョッキを手に取り、半分ほど残っていたビールを一気に飲み干した。
(あ……ひょっとして、僕の……ため?)
また顔が熱くなった。
そうか、もし水野に動機があったとしても僕に佐々部長を殺させるようなことは絶対にしない。僕は彼を信じる。
確かめなければいけないのは二人だ。
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