第三十一話 検索
これで一つ片付いた。
初めからミキは僕をだますつもりだったんだ。
もちろん失望は大きい。でも不思議と怒りは湧いてこない。この手で誰かを殺したわけじゃないからかもしれない。
それよりも、彼女を信じて人を殺そうとまでした自分自身の深い闇をあらためて突きつけられた気がする。
(僕はそんなにも佐々部長から追い詰められていたのか)
いまも部長のことを考えるだけで、胃の上の辺りがキリキリと痛みだす。
会社へ行こうとするだけで足が鉛のように重くなる、あのつらい日々に逆戻りするのは嫌だ。
ミキも僕と同じ思いだったのかな。
交換殺人を持ち掛けられて見知らぬ人を殺したのに、自分が憎む相手は生きている。ここから抜け出すためにはゲームの連鎖を続けるしかないのか……。
もう一度チャットルームに入り、立ち上げていた「ミキを知っている人」という部屋を削除した。代わりに「闇サイトを教えて」というタイトルで部屋を新しく作った。
新しいパートナーを探すなら、僕が使ったことのない新しいサイトにしたい。
このサイトはもう一年以上も使っている。ログが消えていても僕のハンドルネームを覚えている人はいるだろう。
たとえハンドルネームを変えたとしても、何かのきっかけで僕だとバレてしまうことがあるかもしれない。できるだけ痕跡は残さない方が良い。
ただ、そういうサイトが簡単には見つからないことも知っている。ここ『あなたが殺したい人は誰ですか』にたどり着くまでにも二週間かかったし。
出来ることなら佐々部長が昇進する前にけりをつけたい。支店長になって僕を異動させてしまってからでは意味がない。
そう考えると残された時間に余裕はなかった。
このサイトを見つけたときと同じように、関連がありそうな単語を入力していく。まずは取っ掛かりとなるサイトを探さなければ、いきなり闇サイトへたどり着くことは難しい。
検索結果を一つずつクリックして、中身を確認する。
そのほとんどはカウンセリングが主体の期待外れなものばかりでも地道に調べていくしかない。
二十件ほど調べたところで、チャットルームへの入室を知らせるチャイム音が鳴った。時刻を確認すると十一時になろうとしている。
(ダメもとで立ち上げたのに……。冷やかしかな)
チャットルームへ移動するとyukitoという人が入室していた。『こんばんは』と表示がある。
「yukitoさん、こんばんは。はじめまして」
『闇サイトを探してるんですか』
いきなり本題に入ってきた。今まで絡んだことがない人だと思うけれど。
「はい」
『どんなサイトを探しているのかわからないけれど、俺の知っているところなら教えてもいいですよ』
「どんな感じなんですか?」
『説明するのは難しいな。自分で確かめてみて』
そう書き込むと、続けて『ブラックエンジェル』というサイトをアドレスと共に教えてくれた。
「ありがとうございます」
『俺から聞いたことは他には言わないで』
「わかりました」
僕の返信を確認すると、yukitoさんは退室していった。
あまり他人と絡みたくない人なのかもしれない。僕もどちらかというと壁を作ってしまう方なので、分かる気がする。
それにしてもこんなに早く情報が手に入るなんて。
僕の幸運はまだ続いているみたいだ。
(ブラックエンジェル――黒い天使か。意味深なネーミングだな。どこかで聞いたことがある気もするけれど……)
念のため検索してみると、似た名前の人気漫画が三十年ほど前にあったらしい。
現代版の必殺仕事人か。このサイトの感じもなんとなく想像がつく。
さっそく『ブラックエンジェル』へアクセスしてみた。
会員登録をしてログインすると、ここも掲示板とチャットルームで構成されていた。
ただ、元ネタとなった漫画を意識しているのか、殺したい相手についてその理由と一緒に個人情報もたくさんさらしてある。
(さすがにこれはマズいんじゃないの? いたずらとかでトラブルになりそう)
スレッドを追っていくと、自分ならこんな殺し方をする、というのが書き連なっていた。これも元ネタの影響かな。『あなたが――』よりも遊び度が高いというか、軽い印象を受ける。
この中から僕のパートナー、いや次の犠牲者となる人を見つけなければならない。
ミキは僕を選んだ理由を「真面目そうだから」と言っていた。いっときの激情や冷やかし半分ではなく、本当に苦しんでいる人こそ、この連鎖ゲームにふさわしいだなんて皮肉なものだ。
掲示板の書き込みを見ながら、個人情報をさらしていない人をピックアップしていく。僕ならそんなことはしないから。
自分に似た人を探していくというのも何となく気が重い。
そして五人のハンドルネームをスマホにメモした。
一日か二日経って同じハンドルネームで同じ相手への書き込みがあったなら、それは何とかしたい、して欲しいともがき苦しんでいる人の心からの声だ。
それを見きわめなければ次のステップには進めない。
もう日付も変わってしまった。
明日も仕事がある。今夜は帰ろう。
家に帰りシャワーを浴び、スエットに着替えてベッドに腰を下ろした。
枕元のコルクボードに貼った写真に目をやる。
そこには、僕が担当して成約した物件や休日にわざわざ見に行った建物が並んでいる。
その中に鋭い三角屋根の頂に十字架を掲げた、小さい木造の建物があった。県内最古の教会で聖堂の中に貼られていた言葉を思い出す。
『人を
僕はいま、交換殺人を持ち掛けてだます相手を探している。
どうしても赦せない相手にこの世から消えてもらうために。
(僕が選ぶべき道は、本当にそれしかないのかな)
この古い教会の写真を見ていると心が揺れる。
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