第十四話 情報

 あの後でミキは来てくれたんだ。それとも今日かな?

 まぁこの際どっちでもいい。

 大事なのは、彼女がまだを続ける意思があるってこと。そして、僕をパートナーとして考えてくれていること。

 ひょっとしたらほかの人と……という可能性も捨てきれなかったので、正直なところほっとした。僕だけでは絶対に出来っこない。でも、やると決めた気持ちも今さらごまかすことなんて出来ない。

 ずるいかもしれないけれど、ミキがいてくれなきゃ困るんだ。


 チャットルームへ移動して、また「話の続き」と題した部屋を作ってミキを待つ。

 今夜は彼女も来てくれるかな。


 昼間はずっと寝ていたから、モニターに表示される今日のニュースを眺めていく。それを見終えるまでもなく、五分ほどで入室を知らせるチャイムが鳴った。


(来たっ!)


 すぐに画面をチャットルームへ切り替える。入室メンバーの名前はミキと表示されていた。


「ミキさん、こんばんは。またこうして話ができてうれしいよ」

『こんばんは。昨日の書き込みを見てびっくりしちゃった。決めたから、ってそういうことだよね』

「うん、僕もやるよ。交換殺人」


 自分自身へあらためて確認するためにも、あえて僕から文字にした。


『私から誘っておいてこう言うのも変だけど、本当に大丈夫? お互いに半端な気持ちじゃ上手くいかないよ』

「あれから急に状況が変わってさ。あの上司が支店長になるんだよ。もうすぐ転勤になっていなくなると思っていたのに」

『そんなことがあったんだ。それで決心したんだね』


 そう、今の状況はきみと同じ。あいつがいなくならない限り、僕に自由は戻ってこない。大好きな仕事まで僕から奪おうとしているんだから。


「今やっている仕事も変えられてしまうかもしれない。面と向かって脅されたから」

『お前なんか飛ばすぞ! とか言うの?』

「うん。そう言われた」

『マジで!? ドラマみたいにそんな言い方する人っているんだ』


 隣のブースに誰かが入ってきた気配がする。


「文句があるならほかの部署へ異動させる、ほかの支店へ飛ばすことも出来る、だってさ」


 隣にいる人へ僕の存在を誇示したくてキーボードを強く叩いた。


『まさに自分の地位を利用したパワハラだよね、それ。ひどいなぁ』

「そう、だからあいつをミキに殺して欲しい。僕もミキのためにお爺さんを殺すよ」


 殺す。

 この二文字がほかよりも大きく見える。

 そう、僕がお爺さんをやらなければ佐々部長あの男がいなくなることはない。


 ふと隣の人のことを思い浮かべた。まさか薄い間仕切りを隔てたところで、交換殺人の相談をしているなんて夢にも思わないんだろうなぁと笑いがこみ上げてくる。


『それじゃ、まずは殺したい相手のことを詳しく知らないとね。その男の情報はある?』


 そうか。肝心なことを忘れていた。僕は佐々部長の名前しか知らない。

 少なくとも住所や写真がないと、ミキだって何もできない。


「ごめん、まだ手に入れてないんだ。少し待って。何とかするから」


 情報を手に入れるなら――お局様の顔が浮かんだ。


『わかった。私が殺して欲しい爺さんの話、覚えてる?』

「もちろん」

『名前は臼井順二、七十一歳。ふじみ台に一人で住んでるの』

「え、ふじみ台って、あの仙北せんぼく市の!?」


 この前の休日に木のビルを見に行ったところだ。

 もしかしたら、知らない間にすれ違っていたかも……な訳はないか。


『そうだけど、何かマズイことでもあるの?』

「ううん、たまたま先週に行ったばかりだったから」

『偶然すれ違っていたかもしれないね』


 考えることは同じか。思わず苦笑いを浮かべた。

 そのあとミキから住所も教えてもらい、スマホのメモ帳アプリを立ち上げて書き込んだ。このお爺さん、家族はいないし身の回りのこともすべて自分でやっているらしい。


「お金持ちなんだから家政婦でも雇えばいいのに」

『ようするにケチなのよ』


 納得。そんな奴だからこそ、遊んで暮らせるほどのお金を貯めることができたんだろうな。


「一番の問題はどうやって殺すかだよね。誰かに見られちゃったら意味ないし」

『あの爺さんを殺すにはいい案があるよ』


 ミキは事故に見せかけて殺す方法まで考えていた。もう、彼女は本気だと信じていいだろう。


 お爺さんの家はふじみ台駅から歩いて十分ほどの高台にあって、すぐ近くには木々に囲まれた古くからの神社があるそうだ。

 そこには駅の方へ下っていける長い石段がある。毎週水曜の夜に駅前の囲碁教室へ通っているお爺さんが、近道だからと必ずそこを通るらしい。

 囲碁教室の帰りに待ち伏せをして、石段を上ってきたところを突き落とす。

 境内は外灯も少ないし、高台だから人の目にもつかない。

 老人が暗い中で階段を踏み外した事故。そう処理されるはず、というのがミキの提案だった。


「これなら僕でもうまくやれそうだ」

『女性でもできるでしょ』


 たしかに簡単に出来そうな気がしてきた。


『カオルさんの上司って単身赴任だって言ってたよね。行きつけの店とかありそうかなぁ』

「結構飲み歩いているみたいだけれど、そこまでは探れないと思うよ」

『分かる範囲で構わないから、情報を集めてみて』

「わかった」


 次にミキとこのサイトで会うのは三日後の夜、九時に決めた。

 いよいよ僕たちの交換殺人が動き出した。



「こんな感じでいいかな」


 いつもよりも少し早く起きてお弁当を作った。

 金井さんに取り入るにはお昼休みが一番いい。佐々部長に文句を言われるリスクはあるけれど、彼女のほかには誰もいないだろうし二人だけで話ができるチャンスはこのときしかない。


 十二時前に掛かってきた電話の応対で少し遅れて会議室へ行くと、やっぱり金井さんが一人でお弁当を食べていた。


「あら、山瀬さん、またお弁当を作ってきたの?」

「はい。この前ここで金井さんと一緒に食べたのも楽しかったので」

「まぁ。なかなかお世辞も上手いじゃないのぉ」


 お局様は大きな目をぎょろッとさせて上目づかいにニィッと笑った。

 ここ数日で急に秋らしくなってきたこと、清純派で売っていた女優が不倫で大炎上していること、息子さんが高校受験を控えていて自分の方が緊張していること、もちろん部長が支店長昇進となることも話しながら食事を終えた。


「実は金井さんにお願いがあるんですけれど」

「なによあらたまって。なんでも相談しなさいって言ったでしょ」


 金井さんは目をキラキラさせて身を乗り出してきた。


「この前、部長にお歳暮とか贈るのもいいんじゃないかって言われたじゃないですか。今年からやってみようかな、と思って」

「あら。いいんじゃない。あの部長には意外と効果があるんじゃないかと思ってるのよねぇ」

「それで、部長に直接聞くのはハードルが高いので、住所を教えていただけないかと思って……」


 住所を聞きだすにはこれが自然な方法だというのが、寝る前に考えた結論。

 お局様なら話に乗ってくれるはずだけれど。


「今どきは個人情報の管理ってうるさいのよねぇ。そんなことだから人と人との付き合いが薄くなっていっちゃうのよ。よし、わかった。後でこっそり教えてあげるわ」

「ありがとうございます」


 心の中で小さくガッツポーズ。ついでにもう少し甘えてみよう。


「部長の好みとか知ってますか。食べ物とか、どうせなら喜んでもらえるものを贈りたいので」

「んー、やっぱりお酒が一番いいんじゃないの? 特にワインが好きらしいわよ」

「そうなんですか。いろいろとすいません」

「なに言ってんのよ。またお弁当作ってきてね。独りで食べるよりは誰かと一緒に食べた方が美味しいんだもの」


 会議室を出ようとしている僕に向かって、座ったまま声をかけ続けている金井さんへお辞儀をしながら扉を開けた。


「うわっ!」


 前をよく見ていなかったので人にぶつかってしまった。藤崎君だった。

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