2


「それでは、アナタの夢を聞かせてください」


 夢なんて見たくない。


「え?」


 私はもう、何もしたくない、だから、夢を見ることもしたくない。何も考えたくない。


「ですが、それではアナタは救われませんよ?」


 救われることもしたくない。

 ただ『何もしたくない』、それが私の望み。


「そうですか、夢を見たくない、と言われてしまったのであれば、致し方ありません。ではこれからどうされるのですか」


 だから、どうもしない。

 静かな場所でただ立ち尽くしているだけでいい。

 それが、私にとって本当の意味で死んだということだから。


「ただ立っているだけというのも疲れるのでは? でしたら、屋敷の庭にベンチがあります。そこで座りながら『何もしない』というのはどうですか?」



 ということがあって、私は屋敷の庭にそびえるクスノキの傍らにぽつんと一人ぼっちでおいてあるベンチでただただ、無為な時間を過ごしていた。

 神様は意外にも押し付けがましくなかった。

 『システム』などと堅苦しい表現をしていたから、てっきり『是が非でも夢を見ろ』と強制してくるものかと身構えたが、引き止めるどころか、あまつさえ私に『何もしない』ための場まで与えてくれた。

 神様には頭が上がらないし、これからは足を向けて眠れない。まあ、肉体はないし眠る必要もないが。


 ここを私は便宜上『死後の世界』と呼んでいる。


 どうやら、死後の世界には時間の概念が無いらしい。この世界に体感で一週間ほどいるつもりだが、一度も夜になっていない。

 さらに言うと、私のいるベンチから私もくぐった門が見え、そこから定期的に世界中津々浦々の死んだ人間の魂がやってくるのだが……世界では一日の内にたくさんの生命が生まれるのと同じくらい人が死んでいるはずなのだが。

 死んだ人間が次々送られてきているのであれば今頃、門の前は人がごみのようにあふれ大渋滞だ。

 しかしながら、門の前に現れるのは決まって一人ずつ。私を案内してくれた老人――神様は執事長と呼んでいた――が丁寧に神様の下へと案内している。

 門の前に現れる人々は老若男女千差万別、とはいえ、国ごとにある程度年代の傾向があるみたいだ。

 現れる日本人の傾向として高齢者が多い。

 ゆえにか、その少年が現れたことに私は「人のことは言えないが珍しいな」と感じた。


 いつものように門の前に現れた死者の魂は私と同世代くらい少年だった。

 詰襟姿で猫背、半開きの目に細いフレームの眼鏡。

 特徴を挙げればこんなものだが、多少の違いはあれど私が以前通っていた学校にも彼のような雰囲気の男子は何人かいた。

 いわゆるどこにでもいるような、教室の端で仲間内で趣味の話で盛り上がっている『オタク男子』のような見てくれだ。

 一瞬しか興味を持っていなかった彼の見た目をここまで仔細に表現できるのは、私に特別な才能がある。というわけではなく、なぜか目の前に当人がいるからだ。


「わざわざ、何もしていないところをお呼びして申しわけございません」


 私は今、初めてここに来たときに連れてこられた神様の執務室に再び来ていた。

 ベンチでぼーっとしているところを執事長さんに呼び出されたのだ。

 勝手に居座らせてもらっている立場なのだから、少しくらい仕事を頼まれても文句はいえないのでのこのこと神様のとこにやってきたのだが、そこに、私同様神様から自身に起きたことの説明を受けている件の少年がいたというわけだ。


「それで用事というのはですね……この方の夢を創るのを手伝ってもらいたいのです」


 夢を創る……手伝い?

 これまで神様はその夢を見せる仕事を一人でこなしてきたはずなのでは?


「確かにその通りなのですが……面目ないことに、彼の想像する世界が私には具体的に想像できないのです」


 そこにどうして私が必要なの?


「彼の生前の情報を閲覧したところ、アナタと同世代のようでしたので、感性が近いかも、と思いまして。彼と私の間にあるイメージのズレを中継ぎで修正してほしいのです」


 はあ……要するに通訳のようなものだろうか。

 私にその手のセンスがあるかどうかわからないが、居候の身である以上、主の頼みを無下には出来ない。


「それでは、彼の意識と繋げます。アナタはこの白紙の本に見たままを具体的に書き出していってください」


 そう言って差し出された一冊の分厚い本、背表紙に金属を用いたちょっとした鈍器のような本で、こんな高級そうなモノに触れるのは市販の紙製の本にしか触れ合ったことのない小市民には少々気が退ける。

 ましてや書き込むなど……


「大丈夫、アナタが思うほど貴重なものではありません。好きなように書き記し、好きなように破り捨てても構いません、それは筆を手に取ったアナタの特権です」


 神様はそう言って、私に万年筆を手渡し、左の掌は少年の額に、右の掌は私の額にやさしく撫でるように触れる。



「心を開き、受け入れ、感じ取りなさい。夢は夢をとして、現は現として、分離し、身を委ねなさい――」



 初めて聞いたときから感じていた、神様の優しい声が耳だけじゃなく、身体全体に染み渡ってくる。

 段々と私の意識は執務室から離れていき、深い、深い、海中へと投げ出されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様はご都合主義! 文月イツキ @0513toma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ