第2話 藤の君-前
花の香りを運ぶ風がさぁっと御簾を通り抜ける昼下がり。
「姫さま、今日は随分と空がようございますね。花見なぞいかがです。」
あたくしがそう言うと、姫さまは大変お困りになった様子で
「しかし、この部屋から花は見えぬ...。前の部屋であったならば見えたのになぁ。」
とおっしゃられる。
姫さまの生母様は物の怪付きとなり、里下がりの末に実家で亡くなられた。
その後、左大臣様は後妻を迎えらしたが前妻の子である姫さまを快く思っていないために、陽当たりの悪い部屋に変えたり、小袖や単衣を隠したりと意地悪をなさる。当の左大臣様は新しくお生まれになられた若君に夢中で、姫さまには関心なさらない。
もの哀しげな姫さまの横顔にふと胸が痛くなる。
「それならば牛車なぞで通りの花を見物に参りましょう。きっと屋敷のものよりも、うつくしゅうございましょう。」
姫さまのお心が少しでも癒されるようにと、提案したものの姫さまの瞳は滲んでらっしゃる。お目をお伏せになられたまま、いいの、いいのよ雨水、と繰り返すばかり。それにの、姫さまはおっしゃる。
「わしはこの部屋で"藤の君"を待つ。夜にしか来ないけれど、今日来るかも分からないけれども、待つ間も、物思いすらも楽しいのじゃ。」
あたくしには絶対に向けられる事のない表情で、涙に濡れた頬を赤く染め、お話になられる。どこの誰だかわからないけれど、いつも藤の香りがするから藤の君。姫さまから哀しさは消え去り、楽しそうにお話をしてらっしゃる。
あたくしは複雑な心持ちで、そうでございますね、と相槌を打つしかない。藤の君が憎らしい。けれどあたくしでは姫さまを救ってさしあげられない。世の無常から救ってさしあげられない。
...と、唐突に姫さまがあ、と小さなお声をお上げになった。
「雨水、雨が降り始めたぞ。雨水と書いて、うすいなのだから"をかし"じゃの?」
と、はやり言葉でころころとお笑いになる。あたくしは何だかそれが嬉しく、つられて笑ってしまいました。
姫君 Raz light @razlight1027
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。姫君の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます