姫君
Raz light
第1話 序章
タ、タタ...とお屋敷に響く美しい音。不意に聞こえたものだから少し驚き、そちらを見やった。音の正体は姫さまのお筝。姫さまはあたくしの目線に気がついてうふふ、と可愛らしく照れていらっしゃる。振り返りざまに目に入った女房らは碁を打ったり、寝転んではやりの物語を読むなどしていた。もう夜も更け、白光の月がゆらゆらと雲にはばられながらこの世を照らしている。
突然、お筝の音が途切れた。
「姫さま、もう夜も深くなってございます。物の怪の寄り付かぬうちに眠られて頂きたく存じます。」
女房のひとりが眠気が限界に達したらしく退出を申し出たのだ。いち女房が姫さまに意見するなど、と腹が立ちそうになるが、この姫さまは大層内気で人見知りでいらっしゃる。うん、それはすまぬ。わしももう眠る。各々、部屋に戻るが良い。と咎めるどころか謝ってしまっている。あたくしも退出しようとしていると姫さまが
「あ、...すまぬ、雨水(うすい)だけ残ってくれぬか…?」
とあたくしを呼び止められた。
「存じました。」
他の女房が退出するのを待ち、姫さまがあたくしを寝台へ招き入れられる。姫さまは左大臣の父君を持たれるご立派なお家の御方ですが、まだ裳着の儀もすましておられない幼い姫君。たまにあたくしを寝台へ招き入れては、この世の不安、さきの不安、後悔をその白い頬に涙を滴らせ、訴えるのです。あたくしはただ抱きしめ、涙をお拭きして差し上げるだけです。...泣き疲れたのでしょうか、眠ってしまった姫さまを横たわらせ、赤く腫れ上がった瞼に指を滑らせました。無垢な姫さま。このような世でなければ苦しむ事もなかったものを...。来世では、きっと幸せにもなりましょう。体の奥が締め付けられるのに堪え、ふ、と微笑む。指で姫さまの瞼を撫で、その上にそっと口付けました。誰にも内緒のあたくしだけの秘め事。...愛しい愛しい、あたくしの、姫さま...。
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