最終話 誕生

 設置は簡単だった。

 昔は苦労した記憶があったのだが、中心部を設置して右だか左だかに回せば完了。そこにLED灯をはめてコードを繋げば終了だ。


 あの真ん丸の輪はどこに行ったのだろう。

 大きな丸と小さな丸、そして豆球。

 しげしげと眺めてみる。無い。

 小さな四角が無数についているだけだった。

 あれが光るのだろうか。

 十年くらいした後、交換が必要になった時には、あの四角を取り外してパズルのようにはめ込むのだろうか。

 訪れるかも分からない未来の想像に、得体のしれない不安を抱いた。


 壁のスイッチを押した。

 無事着いた。

 もう一度押した。

 消えた。

 UFOのような奇妙な形をしているが基本的な性能は同じか、と安堵した自分に「室内灯なんだから当たり前だろ」と突っ込む自分。

 内心で苦笑いしたとき、ぱっと光の色が代わった。白色から暖色へ。つまりオレンジだ。

「あっ、結構いい色だね」

 設置したばかりのLED灯にリモコンを向けては何かのスイッチを押す妻。

 その度に色が代わる。

 蛍光灯ではありえない光景だ。何度か試したあと、自分もリモコンを受け取って明かりに向ける。

 白。

 オレンジ。

 明るく。

 暗く。

 自由自在だ。

 とても簡単。あの分厚い説明書は何だったのか。これなら二ページで説明は済んだろうに。

 だが、この程度の違いなら、数万円も出して交換する必要はなかったのではないか。色が変わることは分かるが、蛍光灯でも良かったのでは。

 もやもやした気持ちが消えなかった。


 しかし、翌朝――


 なぜかすっきりした気分で目覚めた。寝所は和室だ。

 例のLEDが設置されて一日目の朝だ。

 毎朝、布団に糊付けされたように動かない体を、必死の思いで剥がしては倒れ、剥がしては倒れするのが日課なのだが、あり得ないほどに簡単に布団を這い出せたのだ。


 ふと、気づいて天井を見上げる。

 和室に似つかわしくないUFOライトが「目覚めよ」とばかりに煌々と輝いていた。

 てっきり誰かが点けたのかと思いきや、

「『目覚ましライトアップ』っていうんだって」

 妻が嬉しそうに笑みをこぼした。

 話を聞くと、どうやらそうではないらしい。時間を設定しておくと、その三十分前からゆっくりと朝日が昇るように明かりが点灯していくのだそうだ。


「はぇぇ」感心のあまり、数年来出したことのないような変な声が漏れ出た。

 カーテンを開けて、朝日を浴びる作業を室内で完結させてしまうとは。

 なんという技術革新。

 蛍光灯には真似できない芸当が、LEDへのひねくれた考えを見事に改めさせた。

 これはすごい。

 ボタンをちょっと操作して設定しておけば、目覚めを促す明かりが毎日点灯する。「大きく説明書に書いてあるけど」冷ややかな言葉も余裕で受け止められた。

 

 次の日も、時間に目覚められた。以来、布団との格闘が嘘のように無くなった。

 LED信奉者へとあっさり鞍替えしてしまった。

 

 そして――

 

「おっ、今度引っ越すのか。ちょっと職場から遠くなるから朝も早いだろ」

「そうなんですよ。今より三十分は……」

「そうかそうか」

 ため息をついた後輩の肩をぽんと軽くたたいた。

「そんな君におすすめの商品があるぞ。実はな――」


 こうして、鬱陶しい「知ったかぶり」が一人誕生した。

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知ったかぶりのLED 深田くれと @fukadaKU

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