知ったかぶりのLED

深田くれと

第1話 LEDと出会う

「へえ、電気をLEDに変えたんだ」

「そうなんですよ。うち、中古マンションなんですけど、突然つかなくなっちゃって」

 とある社員との雑談からそんな話が始まった。

 なんでも引っ越してから数年してリビングの明かりが壊れたらしい。

「でもLEDって高いだろ?」

「高いですねー。でも使うと色々便利ですよ。先輩のところはどうなんですか?」

「うちはまだ蛍光灯だな。別に不便は感じてないし」

 何となしに始まった会話。特に記憶に留めてもいなかった。

 興味もなかった。

 しかし、わずか一カ月後。

 早くも己の身に降りかかってきた。


 我が家の和室の明かりは蛍光灯だ。

 一昔前までは主流だったはずなのだが、今では電気店の端っこにしか並んでいない。それも奥の奥にひっそりと。

 室内灯をやむを得ず買い替えざるを得なくなり、見に行って驚いた。

 忘れ去られた遺物のような扱いの棚。これ見よがしに省エネ性能が最低レベルと表示されている。

 一目で分かった。

 店も工夫しているのだろう。

 星マークの数が他に比べて少ない。それどころか付いていない物もある。戦う前から省エネ戦力外通告を受けている。

 扱いに首をかしげざるを得ない。 

 値段が圧倒的に安く、長く実績を積み上げてきた商品が日陰者のような扱いを受けているのだ。

 嘆かわしいことだとため息をついた。

 

 主戦場に移動した。

 時代遅れの蛍光灯に代わり、我が物顔で「明かり」エリアを支配しているのは先進技術LED。


 Low Energy Daylight。略してLED。

 

 ……大嘘だ。

 その辺りだろうと高をくくっていたものの、かすりもしていなかった。

 Light Emitting Diodeが正しいらしい。


 いや、名前はどうでも良いのだ。

 要は明かり。

 部屋さえ明るくしてくれるのなら、蛍光灯だろうがLEDだろうがどちらでもOKなのだ。問題は値段。

 ぐるりと見回せば名だたるメーカーと格安を売りにするメーカーの両方がある。

 省エネ性能ほぼ互角。値段は多少違う。


 電気店の制服を着た店員に尋ねてみた。

 「LEDではそんなに違いないです」まるで他人事。わずかに説明されたのは省エネ性能や交換が不要だとか。あとはリモコンの形の違い、明かりそのものの形状とか。

 この客は説明しても分からないと思われたのかもしれない。

 それとも冷蔵庫エリアにいた店員を捕まえたのが失敗だったか。


 納得いかないまま仕方なく再び売り場をうろうろしてみる。6畳から14畳を超えるものまで種類は豊富だ。もちろん大きなものほど値段はうなぎ登りである。

 棚の下部に積まれたメーカー冊子も手に取ってみた。

 スイッチONで点灯。OFFで消灯、残りは豆球だけの機能のはずが――なぜかとても分厚い。

 数ページめくってすぐにそっと返した。リモコンボタンの絵についた説明からして多すぎる。

 ダメだ。わからん。


 逃げるように蛍光灯を見に行く。やはり安いではないか。

 ボタンも少ない。

 都会から田舎に戻ってきた気分で安らいだ。

 やはりこれだ。数が多すぎるとかえって選べないのだ。

「ねえ、決まった?」

 妻がしびれを切らしたように尋ねてきた。「決まったぞ」胸を張って言った。

「やっぱり次買うならLEDしかないよね」


 胸に強い衝撃を受け、表情が強張った。

 妻はこの狭いエリアに溢れ返る膨大な情報の中、たった一つの正解にたどり着いたらしい。

 それも短時間で、だ。

 早々に考えることを放棄して安心感を最優先で求めた自分。

 ミカンでも見比べるような気軽さで室内灯を眺める妻が偉大に見えた。

「そうだよなぁ、交換いらないし、電気代も下がるしな」

 数分前に知った知識を、さも自分で考えたように話して相槌を打った。

 遅まきながら店員に感謝した。


「でも、ちょっと高いよな」

 少しだけ蛍光灯への未練を口にした。買ったは良いが使い方がわかりませんでは格好がつかない。

 だが「交換いらないんだから高いのは当然でしょ」という言葉が一縷の望みをばっさりと切り捨てた。

「だよな。交換いらないしな」

 さっきも言った。

 LED照明の購入が決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る