大きな疑問があった。


「でもなぜ俺なんだろう?」


「我々のAIが選んだのだ。理由はわからない。多分パルスだと思う。ゆえに私もたやすく君にたどり着いた」


「どういうこと?」


「この星の人類は原住民と火星からの移民で構成されている。交配とカスタマイズの末にできあがったのが今の君たちだ。移民の末裔の中で特にその血を濃く受け継いだ者には宇宙に向かうパルスを発する者が多い。ということは基本的な思考を我々と同じくする種族ということになる。話が通じやすい」


「俺の祖先は火星人なのか?」


「そうだ」


信じがたい。しかし不思議とポジティブに受け入れる自分がいて、そうした自分自身の感覚に彼は静かな感動を覚えた。


「思いあたることがあると思う。そして実のところ混乱や戸惑いは起きないはずだ。君にとっては長い二一年だったことだろう。摩擦と抵抗と挫折に満ち溢れた歳月だったはずだ」


「簡単に言うね」


「簡単に言うさ。馴染むわけがない」


いま胸を覆う思いは、自分には何も遺すものがない、ということだった。


「せめて両親に……俺が何をやったかを、あんたから伝えてくれないか」


「それはできない。多分アフターワールドにて知らされることだろう。あなたのご子息は云々と」


むろん憤りはある。


──なんてえ理不尽な立場に置かれてるんだ俺は。


死への恐怖もある。死の先には何があるのだ。しかしそれよりも自分が火星人の末裔であることの詳細が知りたかった。第三惑星に旅立つまでの経緯。たどり着いてからの真の歴史。そしてある種の、初めて感じる誇り。

──そうだったのか。


彼としても一応は問うてみた。


「地球を救う方法は他にないのか」


「唯一の方法だから私はここにいる」


右手に握り込んだ小さな兵器の感触を確かめながら、琉は自身の人生を確かめていた。


自分には愛国心があるわけでもなくましてやこの星に忠誠心があるわけでもない。


「君のような若者に犠牲を強いるのは心苦しいが」


「よしてくれ、犠牲なんてのは。犠牲というのは納得いかねえな。言ってみれば自分で自分の人生にケリをつけるのさ」


──宇宙の塵と化す、な。


「移動したらすぐに押さなくてはならん。気づかれたらそこでおしまいだ」


「ああ」


なんてえ人生なんだ。胸のうちでそうつぶやくと琉は言った。


「時間がないんだろ…、飛ばしてくれ」


「わかった」


次の瞬間、視界に飛び込んできたのは白色と銀色だった。白と銀に包まれた空間に琉は立っている。数体のアンドロイドたちの後ろ姿が見える。ここは艦橋のようだった。


青い星が目の前のスクリーンに広がっていた。それを目にして彼は晴れやかな気分だった。


《地球、地球よ》と胸で叫びながら琉はスイッチを押した。


《それでもお前が俺の故郷なんだ》


青い星と太陽のはざまで、小さな輝きがきらめいた。







                了

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故郷は地球 北川エイジ @kitagawa333

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