第三話 魔人(まじん)
九門真砂佳には以前のような畏まった様子は見られなくなった。
この場合は環境によく馴染んでいる、という解釈をするのが打倒なのだろう。
ゴミ箱近くの入り損なったティッシュペーパーを片付けながらそんなことを考えていた。
そして、ゴミ箱の中を見るとミカンの皮やらお菓子の包み紙などがたくさん入っていた。たしかに遠慮するなとは言ったがこれは無いだろうに。
彼女は今もコタツの上にある携帯を覗いている。
画面をなめらかにタッチ操作をしている様子からして友人とコンタクトを取っている最中なのかもしれない。
彼女をここに置いている理由というのも実は他に行く場所が無いので仕方なくというものであり、特に思い入れがあるわけではない。
俺は彼女の左側に腰を下ろしニュース番組を見ていた。
実際、普段からアニメと特撮、映画以外でテレビを観ることは無かったのだが竜に関わるようになってからは特にニュース番組は観るようになっていた。
その時に限っては市内で何かの事件が起こったというようなニュースは流れていなかった。
ふと気がつくと九門真砂佳もニュースを真剣に観ていた。
事の始まりに自分の実家が関わっているだけに気が気でないといった心境なのだろう。
切迫した状況でさぞ気落ちしていることだろう。
こんな時に身体を冷やしてはいけない。俺は気を利かせて白湯を入れてやることにした。
もちろん俺は温かい番茶を飲むつもりだ。
「飲むか?」
俺は熱いお湯の入った湯のみを真砂佳の前に置いてやった。
真砂佳は中身をよく見ないでお湯を飲んでいた。
俺は自分の為に淹れた湯気の立った番茶を飲んだ。
知り合って間もない二人の間に静かな時間が流れる。
そして堰を切ったように真砂佳の方から心の内を訴えてきた。
「お湯ですよね?ただのお湯ですよね?これ絶対にただのお湯ですよね?」
湯のみを片手にブチ切れ気味の九門真砂佳はすごい剣幕で不満を訴えてきた。
こうしている間にも地球上のどこかでは明日の飲み水にさえ困っている人々がいるというのに。
俺は淹れて間もない番茶のほろ苦い旨味に酔いしれながら苦笑する。
そもそも俺はこいつを匿ってやるとは言ったが面倒を見るとは言っていない。
真砂佳は白湯を一気飲みしてから空の湯飲みをこちらにずいと押しつけてきた。
「パワハラです。セクハラです。この訴えを取り下げて欲しかったら、私にも番茶をください。甘いお菓子の後にお番茶を希望します!」
俺は黙って真砂佳の分の番茶を用意してやることにした。
「今日な、鏑木と笹田をやっつけてきたぞ」
鏑木正弘(かぶらぎ・まさひろ)、笹田崇(ささだ・たかし)。両名共に一か月前から九重市内で発生している連続殺人事件の容疑者である。
つまり彼らは逃亡中の潜伏先として例のアパートに住んでいたのである。
二人が同じアパートを仮の住まいとしていたことを偶然の一致の一言で片づけてしまうのは些か乱暴というものだろう。
しかし、意図して一か所に集められたと考えるには材料が少なすぎる。
「その二人は我妻(あづま)の小父様の患者さんなんですよね。ということはやはり竜になってしまったんですか?」
今のところの俺たちの竜を探し出す手段は、斬龍の感知能力と真砂佳の父方の親戚である我妻光太郎(あづま・こうたろう)の持っていた大学ノートに書き記されていた名前だけである。
「俺が二人を見つけた時は竜になった後だ。わざと放置した、というわけではないが笹田が鏑木を殺害した直後に鏑木を倒しておいた。お前の兄貴のことを聞くべきだったんだろうが時間的な理由で現場を離れる必要があったからな」
持ち帰ったスーパーの袋をさり気なく意識する。
何とか間に合った特売のブラジル産の鶏もも肉。どうやら竜殺しにも神はいるらしい。
真砂佳も俺の話を聞いてから何か思うところがあったらしく黙り込んでしまった。
次の刹那、俺たちはテレビから流れるアナウンスに心を奪われた。
俺たちが他愛ない会話をしている間に鏑木、笹田の両名が潜伏していたアパートが全焼したというニュースが流れていたのだ。
特に確認はしていなかったがあの時に鏑木の吐いた火が原因かもしれない。
今後出かける時は火の元の確認は必須とすることにしよう。
真砂佳は暗い表情で俺にとんでもないことを言ってきた。
「殺した後、焼いたわけじゃにですよね。証拠隠滅みたいな感じで」
認識、とりわけ人生観の違いというものは厄介だ。
事件の渦中にある九門真砂佳は一度竜となった我妻光太郎の手によって死にかけているというのに平和的な手段で解決しようと考えているのだから。
何とか説得できぬものか、と左手に収まった斬龍に意識を傾けるがこちらについては無反応。
どいつもこいつも揃って人道主義者とは困ったものだ。
「竜に憑りつかれた者が死後どうなるか知っているのに無駄な手間など踏むものか。馬鹿らしい」
今の俺は少し立腹気味だった。
被害者は人命を尊重し、加害者は当然のように命を軽んずる。どこかで見たような図式だが、俺に限っては納得がいかない。
少なくとも最初に殺した我妻光太郎には明確な殺意があった。
己の延命の為に九門真砂佳を殺害しようとする動機があったのだ。
机の下にある握られた右手に自然と力が入る。
一方の真砂佳の方も核を破壊されて、溶解しながら絶命した我妻光太郎の末路を思い出したらしく黙り込んでしまった。
結局ニュースは事故の原因などに関しては「現在捜査中」の一言で済ませてしまった。
しばらくして真砂佳は立ち上がり、寝床として利用している俺の部屋に戻ってしまった。
こればかりは完全な主観の相違というものだから仕方ない。
「見回りに行ってくる。メシは一通り用意してあるから勝手に食べていろ」
真砂佳に聞こえるように大きな声で言ったつもりだ。
自分のポリシーを彼女に理解されようとも考えていない。
命ぜられるままに動くわけでもない。ただ一つ、心をイラつかせる我妻光太郎の言葉が耳から離れないだけだ。
あの日、あの時に。
あの死にかけの男は嬉々として忌まわしい言葉を残して息絶えた。
それは。
「やがて全てが竜に帰する。九重の地に息づく全てのいのちが、竜への捧げものなのだから」
「チッ」
あまりの胸くその悪さに舌打ちをした。
あくまで従うのは己の本能。
これが斬龍の相方である山田鉄雄(やまだ・てつお)という男だった。
竜滅魔人 斬龍 未来超人@ブタジル @0121
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