愛の使者作戦。
タッチャン
愛の使者作戦。
通りのベンチにこの世の終わりの様な顔をして座っている女がいた。
彼女の目には泣いた後がハッキリとわかるほど赤く腫れていた。
消費期限を過ぎた牛乳を飲んでお腹を痛めたという類いの涙ではなかった。
その涙は最愛の人から裏切られた悲劇や憎悪が含まれている種類の涙であった。
紳士的な男ならそっとハンカチを差し出して、慰めるか、あるいは彼女の身の上話を辛抱強く聞くかのどれかをするだろう。
だがこの世界から紳士的な男は絶滅したのではないかと疑う程、彼女の前を一人、また一人と足早に通りすぎるのである。
10分ほどそれが続くと彼女の目は一人の男に釘付けになった。
その男は綺麗にスーツを着こなし、整った顔の中に少しだけ険しい表情を残し威厳を持って、彼女の前を通り過ぎて10メートル程離れたベンチに座った。
彼は連れの男に言った。
「向こうのベンチに女がいるだろ?彼女に伝えてほしい事があるんだ。頼まれてくれるか?」
連れの男は言った。
「あぁ、それって、アレでしょ?何だっけな。
作者を度忘れしちまったな。
題名が愛の使者ってのはわかってるんだが…」
彼は男を睨んでため息をついた。
「やるのか、やらないのかどっちなんだ?
余り長居出来ないんだよ。分かるだろ?
50分後には法廷でお前を弁護しないとなんだ。
まったく、飲み屋で喧嘩はするなとあれほど言ったのに。幼なじみじゃなかったらお前を切り捨てて、喜んで刑務所に放り込んでやるのに。」
連れの男は言った。
「解ってるよ。反省してるよ、本当に。
まぁ俺の事はいいけどよ、あの女がなんだ?
お前の女か?不味いことでもしたのか?」
彼は左手の薬指の付け根に収まっている指輪を見つめた後、スマホを取り出し彼女の写真を連れの男に見せながら嘆いた。
「僕はやましい事は何もしてない。
彼女が勘違いしてるだけなんだ。
先月、仕事仲間を家に招いて小さいパーティーを
した時にーーーいや、いい。話す気になれない。
とにかく第三者の力が必要なんだ。
僕は今日、お前を助ける。だからお前は僕を助け
なきゃならない。そうだろ?」
連れの男はベンチに座っている女と、写真に収められた女を目を丸くして何度も交互に見た。
「いや、これ、お前ーー」
「いいから早くしてくれないか?時間がないんだ。
頼むから、やってくれるのか?」
彼は苛立ちを隠しきれず、連れの男の言葉を遮った。
連れの男はとびっきりの笑顔を彼に向け言った。
「面白そうだ。大丈夫だって。俺に任せろよ。
俺があんたらの愛の使者になってやるよ。」
彼は財布から千円取り出し男に渡した。
「些か心配だが頼んだよ。
内容はこうだ。
君は大きな誤解をしている。
僕の気持ちに嘘偽りはない。
あの夜、酔った後輩を介抱しただけなんだ。
彼女との間にやましい事は何ひとつない。
僕がそういった事をしないのは君が1番よく知って
いるだろ?
いい加減、帰ってきて欲しい。
君が恋しいよ。さぁ言って来てくれ。
頼むから、ふざけないでちゃんと伝えてくれよ。」
連れの男は10メートル歩いて女の前で止まった。
「あのーすみません、向こうに座ってる男がですね
貴女に伝えて欲しい事があるみたいでして。
もちろんあの男をご存知でしょう?
それじゃあ、今から言いますね。
一目見た時からあなたの事が忘れられない。
君のことが心から好きなんだ。と言ってます。」
悲しい事に彼の伝言はこの大柄の、愛の使者と呼ぶには些か抵抗がある男によって彼女の耳に、頭に、心に、届けられることなく遠い世界を漂う事になる。
「私の事を?あの人が?なんで……」
顔を赤くしてオドオドしてる女に男は言った。
「返事を下さいな。あの男はなにせ時間がない
みたいでしてね。あんたの返事は?」
女は言った。
「伝言を使わず直接話したいです。それだけです。」
男は10メートル歩いて彼の前に止まり、昔から格闘技を習っていたせいで太くなった腕を胸の前で組んで内から沸き上がる自信を隠すことなく言った。
「伝えたぜ。そんで彼女が直接話したいとよ。」
それを聞いた彼は立ちあがりゆっくりと女の方へ歩いた。
そのスピードは5時間かかるのではないかと心配になる歩みだった。
両手をポケットにいれ、地面を見つめながら彼女の前で止まった。視線を自分の足元に落としながら男は言った。
「伝言を聞いたと思うけど、僕の気持ちに嘘偽りは
ないよ。僕と一緒に帰ろう。」
彼はそう言うと彼女を抱き締めた。
女は彼の背中に手を回した。
「ありがとうございます。嬉しいです。でも私ーー」
その女の声を聞いて彼は勢いよく後ろへ飛び上がり顔を真っ赤にして叫んだ。
「誰だ!?この女は!」
その様子を見守っていた愛の使者は膝から崩れ落ち、腹を抱えて笑い、転げまわった。
物語はこれで終わりだが本当のオチはこの後です。
筆者は大好きなOへンリの好きな作品をカッコつけて、気取って真似をした過去がある。
物語に出てきた「彼」は他ならない筆者自身である。
「彼」と僕の違う所は職業だけで、あとは一緒です。
あの時は本当に恥ずかしかったのを今でも鮮明に覚えてる。二度とあんな事はしないと誓った若き日の思い出です。
愛の使者作戦。 タッチャン @djp753
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