23 「我が儘、優柔不断、根性なし、自業自得」
紫苑がわたしをここから出さないのは、以前に普通にこの国を後にしたと思ったら、死んだから。
何の前触れもなく、突然。
わたしは二度と会えない覚悟をしていたけど、紫苑には本当に突然だっただろう。
余程のことがなければ、会う機会は高い確率である。それどころかあのときは、わたしの国での即位記念式典が予定されていて、紫苑は来る予定だったと思うから余計に。
会える予定があったはずが、その前に死の知らせを受けることとなり、見たのは死体。意味が分からないだろう。
今のわたしには死ぬ理由もないし、死ぬつもりは微塵もないのだと言っても、説得力に欠けることになる。
理由は、以前急に死んだ理由が不明だから。現在の主張がひっくり返されない確証がない。
無理だと思った。
理由を話す覚悟は、そんなに簡単にできない。今世で関わるつもりはなかったから覚悟を決める必要もなかったというのに……。
これだから蛍火と再会するのと、紫苑と再会するのとでは心にくる箇所が違うと言うのだ。
話すとしても、一度紫苑から離れて、しばらく考えて、覚悟を決めたい。
死んだ過去。情けない理由を知られることはこわい。別のことを知られるのも。だからと言って、隠し続けて側にい続けるのは、無理だ。
「……我が儘、優柔不断、根性なし……自業自得……」
宗流がいなくなった場で、一人呟く。お茶は冷めた。
どちらにも転べない。再会したならしたで、縁は最悪な形では切りたくない。我が儘、優柔不断、根性なし。こうなっているのは自業自得。
「ああ……もう、最悪」
知ってしまった。
わたしがいなくなった後の紫苑と、今の紫苑。
最悪なのは知ってしまったから、じゃない。自分が最悪だ。もう道がない。今の道を正すには、もう……。
「どうやって距離を置くか……。紫苑に出してって言っても、無理だろうし……」
紫苑がいる環境では、ろくに考えられない。覚悟を決められない。
無断で出ていくのは、以前の二の舞かもしれないけれど、こうまで閉じ込めたのは紫苑だと、自分のことは棚にあげる。
しかし無断で出ていくとしても、どうするか。
一番の方法とすれば、蛍火からもらった鏡なのだけれど、起きたときにはもうなかったし。
まず、それを取り戻すところから始めるべきか。いいや、時間の無駄だし、こっそり取り戻すことは困難だろう。
「……自力でやってみようか」
冷えきったお茶を覗き込み、自らの内にある神秘の力に集中する。水面に意識を向け、内から力を今いる場所から、内界に……。
……あれ?
わたしには、遠すぎて一から繋がりの糸を作っていくには無謀にもほどがある距離の内界。
けれどわたしは、ふと気がついた。内だ。内に、何かある。
今まで結界だと、外に力を出すことに集中ばかりしていて、分からなかった。
──これは。
「鏡」
大きなものが必要だ。国々に置いてあるような、出入りできるくらいの大きな鏡。
もしかすると、出られるかもしれない。
姿見を探そう。
「水でもいっか」
水鏡。姿が映るなら、それでもいい。
要は姿が映る『鏡』であることが重要だ。
まず、下の床が目に入った。
次に、卓の上のお茶。その次に、廊下に飾られている花瓶が目に入った。
どちらかと言うと、花瓶の中の水の方が色がついていなくて良さそうだ。
思うや、わたしは花瓶まで歩いていって掴んだ。花を避けて中を見ると、まあ、ここの床にさっと広げるくらいはあるか。
早速試しておくだけ試してみようと、水をそっと床に広げる。
透明な水は、すーっと床を滑り広がっていった。
うん。内界の特別な水鏡ではないものの、ぎりぎりいける。神秘の力を使えば補える、はず。
「睡蓮?」
床に広がる水をじーっと見ていたわたしは、とても驚いた。
「──紫苑」
「何してる?」
そこの角から出てきた紫苑は、床に広げる水と、わたしを見比べる。普通に不思議そうな様子で、首を捻っている。
「あー、水溢しちゃって……」
と、言いかけたわたしだが、やめた。
逃げることを考える自分が嫌で、こうやってごまかさなければいけない状況も嫌だ。
ちょうどいい。
黙って出ていくのも何だと思って、書き置きにするかどうか悩みながら試行に及ぶところだったのだ。
「わたし、やっぱり一旦紫苑と離れたい」
いきなりの言葉に、紫苑の歩みが鈍った。
「死なないから。一旦、考えたいだけだから。絶対また会いに来る。話、しに来るから」
「睡蓮、何を──」
どんな覚悟が決められるかは分からない。話をしたとしても、その先にわたしが紫苑といられるかも分からない。
でも、以前黙って死んで、紫苑をねじ曲げてしまったなら。どんな形であってもけじめはつけたい。
そのために、一度、紫苑から離れる。覚悟をするために、整理しにいきたい。
「──蛍火!」
蛍火!
実際に外に出した声よりも重要なのは、心の中の声。
力は外に出そうとすれば指輪に阻まれるし、外に出す必要もない。
彼ならば、わたしの微々たる力を拾い、手繰り寄せるだろう。
もしも神子の印がなかろうと、わたしがかつての睡蓮である限り、彼との繋がりは糸一筋でも残る。
ここから、一から内界に意識を向け、蛍火を探さなくても、元から繋がっていた繋がりがある。
試行の心積もりは、確信に変わった。
床に、歪な境界線を設けている水が光る。
『呼ぶのが遅いですよ』
声が聞こえて、
『待ちくたびれました』
水の中から手が伸びてきたから、わたしは水の中に飛び込んだ。
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