12「姉さんは、僕のために神子になってくれたの?」





「雪那」


 呼ぶと、彼は振り向いた。

 場所は図書室の奥の例の一室で、雪那は休憩のとき人払いをすると、決まってここに来るようになっていた。落ち着くらしい。

 力の使い方は、ここに来ること限定で上手くいっているようだった。


 わたしは、持ってきたお茶一式を机の上に置いて、お茶の準備をしはじめた。

 司書はここは完全に物置として扱っていて来ないため、黙って使っていた。内側からも鍵がかかるので、完璧だ。

 わたしが掃除をしておき、クッションを持ってきたりとかなり居心地を整えたことで、立派な隠れ家となっていた。

 ちょっとした逃げ場があるくらい、いいだろう。何もかもを拒絶し、立て籠っているわけじゃない。


「どうしたの?」


 お茶をすすっていたところ、視線が気になった。

 じっと、わたしを見ていた雪那は、手元のお茶にぼんやりと視線を落として、またわたしを見る。


「……姉さんは、僕のために神子になってくれたの?」

「うん、まあ、そうね。王になると、不老で長く生きる人は長く生きるでしょ? だから、雪那が寂しく思うかもしれないから神子になるのもいいなって」


 蛍火に会ったのは、我ながら現金な話だけど、そういう意味では幸運だったんだ。


「そっか。ありがとう、姉さん」


 雪那が仄かに微笑んでくれると、姉冥利に尽きる。

 けれど、ふと、雪那の笑顔は溶けていく。


「長く……千年生きるって、どういう心地なんだろう」

「……ん?」

「普通の人より長く生きるとなると、王は不老でも、周りの人はどんどん歳を重ねて、死んでいくことになる」

「……神子はいるよ」

「そうだね。でも、その他の人は全員死んでいく。それは、どういう風なんだろう、と思う。僕には想像がつかない」


 不老の身に、まだ実感が湧いていないのだろう。


「千年も王を続けた王は、千年の時の流れをどのように感じていたんだろう」


 雪那は、その王のことを考えずにはいられないらしい。意識してしまっている。


「気がついたら、時が経ってる」


 ぽつり、とわたしが言ったら、雪那が瞬く。


「何かしていても、何もしなくても、気がつけば一日が終わっているときがあるでしょ?」


 そういう風なんじゃないかな、とわたしは微笑んだ。

 でもね、雪那、とも続ける。


「目的がないと、どうしても生き辛くなるよ。だから、雪那もやることを思い描けるといいね」

「……やることは、政治だよ」


 政治ばかりやって生きていくと思うと、それだけで気が重い、と雪那は呟いたから。


「違う。政治をやる先に、何があるか。何のために会議をするのか。何のために。国を作るためよ」


 雪那、目先のものだけを見ないで。

 あなたがすることには、きちんと意味があって、それによって国はどのようにも変えられもする。


「どういう国にしたいか。それが一番大事だよ、雪那」


 でも、雪那は困ったようになる。


「この国が目指すところは常に変わらないんじゃないの。千年王国の頃、一番の栄華を極めた頃、人々が一番幸福だったと思う国の仕組みを続けていく。それが一番だから。この国は、もう完成されている」

「完成しては駄目」


 わたしの口からは、即座に否定の言葉が出てきていた。

 意図しなかったそれは、強く響き、わたしが意識する前にどんどん言葉が出ていく。


「人が住む国が完成しても、完全に保存なんて出来ない。維持はずっとは続かない。同じ国を続けようとして、続けていられていると思っても、停滞はもう始まってる」


 その時代が終わったとき、終わるべきだった。

 維持しようとすると、もう駄目なのだ。

 完成は、進歩を放棄すると同義だ。


「……でも、どうしろって言うの。停滞が始まっているなんて分からないし、始まっているとしても……」

「雪那は、この国をどんな国にしたい?」

「僕が……?」


 彼は、何も言えなくなった。

 そんなことを言われても、まだ、何も分からないことだらけで分からない、と顔に表れている。

 わたしは、弟を困らせたくはないけれど、言っておきたいことがある。


「いいから一回やってみればいいと思うよ。放棄するとしても、一回自由にやってみてからでも遅くない。わたしは、雪那の作る国が見てみたい」


 この国が、変化した先を。

 わたしは微笑みかけた。


「僕が、そんなことしていいの」

「雪那が王に選ばれたんだよ」

「でも、王だって間違ったことをすれば……弑される」

「それは、度が過ぎて、誰の言うことも無視してやり過ぎてしまった場合よ。雪那はそんな性格じゃないでしょ」


 うん、と言う声は小さい。

 どうしたの?と、思うことを言うように促すと、雪那はぽろりと溢す。


「国を壊してしまったらと思うと、怖い」


 ああ、彼は、未知の分野と規模のことを扱うことになって、恐れているのか。王という国で権力を持つ者になってしまって、自分がどれくらい影響を及ぼしてしまうのか分からなくて。


「大丈夫。国はそんなに簡単には潰れない。それに、大きなことをやらなくていいの。皆が言うことをよく聞いて、考えて、自分の考えを言うところから始めればいい」


 そこから始めて、どんな国にしたいか見えたら、全く新しいものを自分で作り上げることを始めてみるのもいいかもしれない。そんな風に考えてみたら。

 そう語った。


「頑張ってみる」


 雪那は控えめにだけれど、彼には大きな一歩を踏み出す決意を口にした。


 正式に王となり、雪那の王としての仕事が始まっていた。

 勉強と並行して、会議への出席、必要書類へ内容を吟味してのサインなど。

 大きな壁は、会議の場だろう。

 王の判断が仰がれる場面や、意見が求められることがあり、雪那に発言が求められることがある。

 ただし、形式的に王を無視するわけにはいかない場面のみで、決して積極的にではない。新王で、政治素人だから仕方ないとは言える。

 遥か昔、わたしにも覚えがある。


 だけど、何だその期待していない顔は。一生懸命どうにか話しているのに、ため息をつきそうな顔は!


「何なのあれ!」


 わたしはどん!と机を叩いた。



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