11 「お前の口はよく動くな」
風が唸る音が、耳元でうるさい。
上空から、規則正しい街並みを見下ろす男がいた。服装は、どこかの国の高官の一人……と言ったところか。ただし、外見から推測出来る年齢は、国の一般の高官の位置にいるには若い。国の高官と言えば、そこそこ年を取っているのが当たり前だ。少なくとも、若くとも二十代ではあり得ない。
特別な身分の例外を除いては。
けれどやはり服装は間違いなく神子ではなかった。神子の服装をしている者は、男の側にいた。お決まりの青い衣服は風に靡いている。
「西燕国はそれほど変わりませんねぇ、紫苑様」
神子は目を、眼下から、少しだけ前に立つ男に向ける。
男──
「しかし、百年前は行かなかったのに今回行くのはどうか致しましたか」
「百年前の王は、数年の玉座だったそうじゃないか」
「だそうです。次は、面倒でも見てあげようと?」
神子は返事を待たずに、「そうですよねぇ」と再び眼下の国を見る。
「紫苑様も、西燕国の先代……のそれまた先代王には世話になりましたからねぇ。二百年振りの、国間の恩返しといったところですか」
「
「通常運転でございます」
わざとらしいくらいに、神子が礼をした。簡略礼である。
「ところで、そろそろ合流した方が良いかと思いますよ。首都に入ってしまいます」
「……ああ」
「しかし他国への使者が地道で行かなければならないのは大変ですねぇ。まあ我々はこうして行けますが」
紫苑が、これから使者の一行の一人に扮して向かう国の名を『西燕国』と言う。
別名──『千年王国』とは、西燕国の一時代を指す呼称だった。
他国にも轟く一時代があった。
その時代を作った王の名を、『睡蓮』。女王だった。
黒い髪、満月の色をそのまま写し取ったような色をした瞳をした女。
少女と女の間の外見をしていたが、彼女の時代は、紫苑が王になった頃にはもう六百年続いていた。
隣の国ということもあり、色々世話になった。聞くところによると、うちの国のいつかの王が祖父に似ていたとか何とか。そんな理由で、毎代の王の顔を使者の振りをして見に来ていて……最早どうでもいいか。
紫苑が国の玉座に就いたとき、国は大層荒れていた。歴史に稀な規模の内乱が各地で盛大に起こり、地は、国の首都から離れるほど荒れ地かというくらいだった。
最悪の状態で、王になった。
他国との縁なんて、利用するしかないと色々利用──もとい助けてもらった経緯で、国が落ち着き、整い、栄えていっても関係があった。
王なんて、けっこう孤独なものだ。
元々家族がいたとしても、家族は歳を取って死んでいくし、臣下も同様だ。
伴侶を迎えれば、一人増えたのだが、紫苑がそう考えることはなかった。
思えば、そうありたい存在はとうに不老の身を持っていたからだろう。そして、同じ時を生きられるのなら、それで充分だと思っていた。
だが、甘かった。異なる国の王なのに、同じ時を生きられるはずはなかった。
睡蓮の時代は他の王が到達した最大の年数を大幅に越え、誰も到達したことのない域が目前に迫ってきていた。
千年。
とんでもない王だと、紫苑自身感嘆していた。
同時に、悔しさもあった。王として彼女を越えたいと思っても、年数は縮まらず、自分が重ねた年数分、彼女の方も年数を重ねるのだ。
だが、それは、彼女の方も居続けることを無意識から前提とした考えだった。
最早伝説の域となる千年の節目の年、彼女は死んだ。
突然、死んだ。
少し前に会ったときには元気だった。病気ではなかった。民や臣下に恨まれることもなかっただろう。
では、なぜなのか。
──自害だと、その国の臣下は青ざめた顔で言った。
彼女の遺体は、自らの胸を貫いた短剣の柄を握っていた。
それから百年、西燕国の玉座は埋まらなかった。
通常、遅くとも次の王は十年と開かずに選ばれるのに、王を選ぶ神はうんともすんとも言わなかったようだ。
百年経ち、ようやく王が選ばれたが、王は数年で
結果、数年を挟み、玉座はさらに異例の長さ空のまま。
そしてついに再び百年振りに、かの国に、神に迎えられた王が立つ。
即位の儀式自体は、国の者のみでするのが通例だ。
他国が関わるとすれば、そのあと。祝いを述べる書簡なり、使者なりを送る。ただし、他国にそうするべきという常識も強制もない。
だが、この国には多くの国からの使者が来るだろう。
先々代の王の繋がりで、世話になった王がまだ生きているなら、その関係ゆえ理由の一つにはなろうが、そんな国含め他国も純粋な気持ちのみではない。
大きなところは、と言うと、興味の一言に尽きるだろう。
「……睡蓮……」
お前がいた玉座に就く者が現れた。その玉座に座り、あの宮殿の主となる者が。
前方には、空高くそびえ立つ宮殿が見えていた。
以前は何度も来た。ここ二百年は一度も来なかった。
記憶は全て、彼女と共にあるものばかり。
「……」
百年、飛んでまた百年もの間、王がいなかった国は、そうとは思えないほどに美しく見えた。
首都の景色のみならず、ここに来るまでに見てきた周囲の街も。
千年という時を治めた王の影響が残り続けているのか。普通に考えれば、期間がほぼ二百年ともなれば、想像も出来ないような有り様になると予想は難くない。
間に一つの時代が挟まり、二百年経ったとは思えないほど、変わらない街並みだ。
「この国を次に治める者がどんな者か、見てやろう」
彼女が座った玉座に座る者を、見てやろう。
そして、あまりに頼りないようであれば後日恒月国の王として改めて押しかけて、お節介をしてやろう。
彼女が、そうであったように。
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